第75話:シスター(体験)入団する
ネグロさんから依頼を受けてから十日後。
つまり、今日は体験入団する日となる。
聖書の方は受け取って直ぐに半数が売れ、スフィーリアへ布教用に二十冊だけ渡した。
ベルダさんには追加で五十冊頼み、一応在庫として教会に置いておいた。
聖書をスフィーリアに渡す際、オーレンも居たのだが、申し訳なさそうに謝られた。
やはりスフィーリアの件は本人の暴走の様なものであり、オーレンとフィリアには相談しないで、勝手に俺の所に来たのだ。
オーレンとフィリアは一応デルカリア教の信徒だったが、スフィーリアの件もあり辞めてしまったが、そのままイノセンス教へと加入した。
それと奉仕活動についてミランダさんに相談したら、ギルド前のスペースならいつでも貸せるので、好きにして良いよと言われた。
なのでちょっとした怪我の無料治療や、聖書の販売をスフィーリアにお願いしておいた。
原価以外はスフィーリアの懐に入れて良いと言ったので、頑張って売って欲しい。
女神像の試作はルシデルシアからダメ出しがあった物の、とりあえず順調となる。
完成するまで十日から一ヶ月程度掛かるとの事だが、現代に比べればかなり早い方な気がする。
日本で石像を頼むなんて事はなかったので、どれ位の納期が普通かなんて分からないが、早いはずだ。
続いてパーカーだが、それなりの物が出来た。
フードはかなり大きめに作ってもらい、目元まで覆える。
ファスナー部分は、金属部分が見えないように布が縫い付けてある。
流石に真っ黒なのは不審者と思われそうなので、軽く赤い線が入っている。
それとズボンもお願いしていたのだが、渡されたのはスリットが入ったロングスカートだった。
嫌がらせなのかと思ったら、嫌がらせでした。
事情を聞いたところ、スタイルが良いのだし、ズボンを穿くなんてとんでもないと口を揃えられた。
ルシデルシアは爆笑するし、事情を話したライラとシラキリは、スカートの方が良いと口を揃えてくるしまつだ。
確かにシスターの時は泣く泣くスカートを穿いているが、出来ればズボンの方が良い。
スカートだと、どうしても気になってしまう。
一応ズボンも買える事には買えたが、多分穿ける機会はほとんどないだろう。
ライラとシラキリの視線が痛いからな。
そんなわけで今日はいつものシスター服ではなく、パーカーとロングスカートを穿いている。
髪は角が隠れるように、横に盛る感じで結んだ。
どうやれば折れた角が隠れるように結ぶか苦労したが、シラキリの助けもあって何とか良いのが見つかった。
さてと、行くとするか。
「おはようございます。今日から数日空けますので、後の事はよろしくお願いします」
礼拝堂に行くと、ライラ達三人が俺を待っていた。
三泊四日予定なので、何も起きなければ会うのは四日後となる。
俺の護衛兼金づ……頼もしい仲間としばしの別れだ。
シラキリとライラの武器はドーガンさんから返ってきており、パワーアップ済みである。
実際どのように戦うかを見る機会はあまりないだろうが、本人たち曰く中々素晴らしいみたいだ。
特にシラキリはトリッキーな動きが出来るようになり、近接戦の腕で言えばライラより上になってしまったそうだ。
シラキリ…………末恐ろしい娘である。
「はい……」
「うむ。最近はあまり会えていないとはいえ、少し寂しくなるな」
シラキリの耳はぺたんと頭に張り付き、ライラも覇気が無い。
アーサーは何も言わないが、若干しょんぼりしているように見える。
「四日間なんて直ぐですよ。それと、もしもの時は各自の判断で行動してくださいね」
スフィーリアを迎え入れて以降、変な視線。分かりやすくいえば、ストーカーが増えた。
直接手を出してきた奴は今の所居ないが、不穏な空気をヒシヒシと感じる。
俺が居ないからと何かしてこなければ良いが……まあ物理的な手段ならば返り討ちに出来るだろうし、問題ないか。
ライラとシラキリの頭を撫で、機嫌を取る。
「それと、アーサーはスフィーリアの事をお願いしますね」
「承知しました」
いつもは俺の護衛のアーサーだが、俺が居ない間はスフィーリアに付き添ってもらう事にした。
向こうは学園があったり、オーレンとのパーティーとして活動もあるが、アーサーなら邪魔にはならないだろう。
さて、そろそろ向かうとしよう。
俺も少し寂しいが、今回の体験入団にはミリーさんが居る。
何も起こらないと思うが、もしもの時は力を貸してくれるだろう。
「それでは行ってまいります」
「行ってらっしゃい……」
「気を付けてな」
「ご健闘をお祈りします」
三人に見送られ、東冒険者ギルドを目指す。
若干アーサーの言葉が気になったが、まあ無視で良いだろう。
何故東冒険者ギルドに向かうかだが、単純に赤翼騎士団の北支部が遠いからだ。
もしも直接向かおうとした場合、五時間から八時間位掛かってしまう。
しかし冒険者ギルドの転移門を使えば、三十分から一時間位で着くと、ミリーさんが教えてくれた。
またミリーさんと冒険者ギルド前で待ち合わせしている。
大通りへ出る前にフードを深くかぶり、一人寂しく馬車に乗った。
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「おはよー。今日もいい天気だねー」
「おはようございますミリーさん。今日からよろしくお願いしますね」
朝だろうと夜だろうと冒険者ギルドは混んでいるが、ミリーさんは結構目立つ。
それは俺にも言える事だが、神官服じゃない分マシだろう。
「やっぱり神官服じゃないサレンちゃんは新鮮だねー。フードは取らないの?」
「此方の方が、視線が減りますので」
顔を隠した人間なんて不審と思われるかもしれないが、素顔を晒している時より視線を感じないのだ。
それに騎士団の支部に着けばどうせ脱がないといけないのだし、今位は被っていたい。
ほら、暗くて狭いと落ち着くじゃん?
「ふーん。まっ、いっか。それじゃあ行こうか」
「はい」
……そう言えば、三泊四日で何をするか、詳しく調べてなかったな。
いかんせん他の事が忙しかったせいで、すっかり失念していた。
一応パンフレットは読んだので最低限の日程は分かるが…………まあネグロさんの依頼内容はしっかりと覚えているし、あくまでも体験での入団だから大丈夫だろう。
ミリーさんと一緒に転移門で北冒険者ギルドへと行き、そこから馬車に乗って赤翼騎士団の北支部へ向かう。
「そう言えば、ミシェルちゃんはどんな格好をしているのですか?」
「ミシェルちゃん? うーん……」
依頼内容で思い出したが、俺はミシェルちゃんの事を何一つ知らない。
恰好は勿論性格なども何もだ。
一応見守れば良いと言われているが、近くに居るには話す必要がある。
なので、知れる事は知っておいた方が良い…………既に直前だが。
「年齢は十五歳で髪と目は母親譲りの青だね。背はそこそこ高いかな。素直ないい子だけど、若干プライドが高いのは父親譲りかな。それと、年相応にむっつりだね」
「むっつり……ですか?」
言葉の意味は分かるが……むっつり……か。
「うん。よく私のおへそや太股をちらちら見てくるんだよ」
「はぁ……そうなんですか」
まあミリーさんの格好は中々刺激的なので、見てしまうのは分からなくもない。
ホットパンツに、へそ出しの服。
防具もちゃんと付けているが、本当に最低限だ。
唯一の欠点は、ミリーさんが所謂幼女体型と言われる姿であり、つるんすとーんである事だろう。
何がつるんすとーんかは、ミリーさんのために明言しないでおく。
「まあ良い子だから、直ぐに仲良くなれると思うよ……多分」
最後の最後で何故かミリーさんは視線を逸らし、こっそりと呟く。
気になるが、最悪仲良くなる必要はないし大丈夫だろう。
さて、今回の体験入団だが、俺を含めて二十人の参加者となっている。
ついでにミリーさん達冒険者は三人だ。
冒険者はあくまでも予備であるのと、索敵要員なので特に気にすることも無いだろう。
騎士団側の人員は不明だが、多分そこまで多くは無いのだろう。
『次は赤翼北支部前~。赤翼北支部前~。お降りの方は車内にお忘れ物は御座いませんよう、確認願います』
現代でも聞き馴染みのありそうな放送が車内に響き、馬車が停まる。
正式名称ではなくて略しているが、長いから仕方ないのだろう。
「着いたようだね。それじゃあ行こうか」
「はい」
馬車を降りると、目の前には城壁の様な立派な壁があり、長々と続いている。
高さも結構あり、中を覗くことは出来ない。
ミリーさんと一緒に、壁沿いに歩いていると、入り口と思われる門が見えてきた。
門の両脇には人が立っており、背筋を伸ばして立っている。
「どうもー。体験入団の補佐の依頼を受けたミリーですよー。ついでにこっちは体験入団するサレンちゃんね」
「確認するので少し待て」
門番にいつもの調子でミリーさんが話しかけると、嫌な顔をせず対応する。
フードを被ったままの俺にも嫌な視線を向けて来ないので、しっかりと教育が行き届いているのだろう。
少し待っていると、先程の門番が帰ってきた。
「お待たせしました。確認が取れましたので、ミリーさんは第一副団長室にお願いします。サレンディアナさんは俺に付いて来て下さい」
此処でミリーさんと別れるのは、当たり前であるだろう。
俺は教えられる側であり、ミリーさんは教える側? になる。
「んじゃサレンちゃんまたねー」
「はい。またお会いしましょう」
門番に付いて行くと、支部の中に入り、会議室の様な部屋に通された。
既に十名以上が椅子に座って待っており、椅子の前にあるテーブルの上には、本が置かれている。
軽く見渡すと、青い髪の少女が居た。
確定は出来ないが、おそらくミシェルちゃんだろう。
「名札の置かれた所にお座りください。また、机の上のノートとペンは好きに使っていただいて構いません」
「分かりました」
俺の席は後ろの方であり、全体を見渡す事が出来る。
男だった頃はメガネが必要だっただろうが、今は裸眼で問題なく見える。
『ふむ。そう言えば今日が騎士団とやらに行く日だったか』
(起きたか。見ての通りだ)
ルシデルシアはたまに話しかけてくるが、俺の事を気遣う事が殆ど無い。
それは俺もだが、寝ようと思ったら話し掛けてきたり、飯を食べている時に話し掛けてきたりする。
逆に俺はどうしても用がある時は、ルシデルシアを叩き起こしたりする。
正確には大声で念じるだけだが、結構煩いらしい。
『余の時も神聖騎士団だか国連騎士団だかがあったが、有象無象だったな。デカい口だけを並べて消し飛んで行ったわ』
世界を滅ぼそうとした存在なだけあり、スケールが大きい。
まあ生きているのもかなり長いのだし、倫理観も俺とは違う。
人殺しーと言った所で、ルシデルシアは鼻で笑うだけだろう。
(流石ルシデルシア様ですねー。スケールが大きい)
『そうであろう。まあ、もうやる事も無いだろうがな。これは余の私見だが、あまり目立たないようにな』
(厄介事はこれ以上いらないから、目立つ気はないさ)
ただでさえライラやシラキリ。教会やギルドなどで色々とあるのだ。
これ以上は本当に勘弁である。
『そうならば良いが、人間は理解の範疇に収まらないモノを、排他する生物だ。たとえそれが、努力によって得たものだったとしてもな』
妙に実感が籠っているが、過去の話を聞くと、何度も脱線して長くなるので止めておこう。
いくら身体が特殊でも俺はただの一般人だ。小市民であり、長い物には巻かれる。
その程度だ。
ルシデルシアへ適当に相槌を返している内に人が集まり、ミリーさんを含めてギルド員と思われる人と、騎士が数名入って来て扉が閉められる。
これから、体験入団が始まる。
シラキリ「寂しいです……」耳ペタン
ライラ「何事もなければ良いが……」
アーサー「スフィーリアさんには頑張って頂かないとですね」