第74話:困ったら人任せ
さてと、これでスフィーリアに加護か渡ったはずだが、どれ程の物かは俺には分からない。
分かっていた事だが、脱力や力が抜ける様な感覚も襲ってこないので、俺の能力に比べれば、スフィーリアの加護は微々たる物だと思うが……。
「何分初めての事でしたが、大丈夫ですか?」
「問題ありません。わたくしめに加護を授けて頂き、ありがとうございます」
立ち上がらせたスフィーリアは目礼をするが、妙に様になっており、違和感を感じさせる。
「加護は問題なさそうですか?」
「はい。これからはサレン様の元、イノセンス教を広めていこうと思います」
うん。やっぱり可笑しくないかな? さっきまでさん付けだったのに、どうして様になってるのかな?
そう言えばミリーさんが叫んでいたが、大丈夫だろうか?
一言言っておけば良かったなと思うが、気づいた時には遅かったのだ。
ミリーさんの方を見ると、両手で目を押えて蹲っている。
きっと光を直視してしまったんだろう……ドンマイ。
「大丈夫ですか?」
「ううぅ……何とかね。まさかこんな目に遭うなんて思わなかったよ」
「私も初めての事でしたので、こんな事になるとは思ってもみなく……すみません」
多分凄い光が出るとは思ったが、目が眩むほどとは思わなかった。
次があるか分からないが、やるならば個室でやった方が良さそうだな。
アーサーの方は特に目をやられた素振りをしておらず、普通に立っている。
多少被害がでたが、どんな加護になったか確認しないとな。
いや……一応ミリーさんが居ない所で、確認した方が良いか。
不安材料を与えたくはないからな。
それに加護を与える時にルシデルシアが何か言っていたし、聞けば分かるかもしれない。
「一先ずこれにてイノセンス教の神官となりましたので、イノセンス教の内情を説明しますね」
「内情ですか?」
「はい」
此処で話すのも何なので、大通りまで戻って適当な喫茶店に入る。
当たり前のようにミリーさんも付いてくるが、ライラの件でホロウスティアを離れる事以外ならば、聞かれても問題ない。
流石に喫茶店に酒は置いてないので、コーヒーを頼んだ。
基本的にブラックで飲むのだが、残業中などの疲れている時は砂糖を多めに入れたりする。
そう言えば身体が変わっても、食べ物の好き嫌いが変わったりしていないな。
酒も飲めるし、コーヒーもブラックで問題なく飲める。
ありがたい限りだ。
アーサーは俺と同じくコーヒーを頼み、ミリーさんとスフィーリアは紅茶を頼んだ。
コーヒーを少し飲んで一息ついたし、話すとするか。
「前に話したと思いますが、イノセンス教はまだ新興と呼ぶに相応しい、小さな宗教です」
「はい。本登録をしたばかりなんですよね?」
「その通りです。見て頂いた通り、あの教会もスラムの一角を借りているに過ぎません」
「スラ……ム?」
おや? もしかしてあそこが何処か分からずに付いて来たのか?
スフィーリアに詳しく廃教会の立地について教えると、少しだけ顔を青くしたが、直ぐにすまし顔に戻った。
スラムと言ってもホロウスティアのスラムは、閑静な住宅街って感じだからな。
少々いわく付きな場所に住んでいる関係で、スラムの住人とは一度も会っていないが、マフィアの子分には気を付けるように言われている。
とは言っても暴力的な面では心配ないし、仮に毒を使われても俺が居れば問題ない。
唯一人質を取って脅迫するなんて方法があるかも知れないが…………シラキリとライラが人質になる事はないだろう。
気を取り直して、スフィーリアに色々と教える。
俺用に持っていた聖書を渡し、治療の際に貰う喜捨や、寄付を貰う際の注意事項を話す。
イノセンス教は皆で仲良くをスローガンとして掲げており、喜捨についても貰う所から貰うと言った感じだ。
それもありイノセンス教だけの収支で言えばほとんどないが、ひな鳥の巣の店長の尽力により、食うに困らない生活を送れている。
ついでに、聖書の原価と売値についても話しておいた。
様々な人が宗教の恩恵を受けられるように、聖書の値段を最大限安くしていると…………まあこれは建前であるがな。
話しを聞いているスフィーリアは終始感心していると言った感じに頷き、納得している感じだった。
最後に、今の目標は金を稼いで、教会周りの土地を買い取る事と話した。
因みに神官服を後日支給すると言ったらかなり驚かれた。
服は安いものではないし、装飾品や構造が複雑になればどうしても値段が上がる。
一々支給してたら、教会の出費もバカにならない。
仮に百人一斉に増えれば、支給するなんて事は無理だが、スフィーリア一人分くらいならば問題ない。
それに俺の着ている神官服はシンプルな物なので、そこまで高くならない。
ダンジョンで服が破れた際に、服屋で修繕と新しく同じ服を作ってくれとお願いしたので、値段は覚えている。
一番問題になるだろう給金は、また後程となった。
いかんせん相場が分からないし、現在使える金はあるにはあるが、後々の事を考えると使いたくない。
ライラの復讐が終わるまでは、いつ金が必要になるか分からないし。
そう言えば、今更だが一つになった事があったな。
「ところでオーレンさんとフィリアさんには、イノセンス教に入る事を話したのですか? 加護が変われば、戦闘の方法も変わってしまうと思うのですが?」
元々の加護がどんなものだったか知らないが、加護によって使用できる奇跡が変わる。
中には回復魔法が使えない宗教もあったりするし、俺みたいに全く攻撃系の奇跡が使えない宗教もある。
個人だけの問題なら良いが、パーティーを組んでいるのならば、問題となるだろう。
「……後で話します。一応パーティーでは回復と補助を担当していたので、戦闘については大丈夫です」
「そうですか……あっ」
ふと思い出したというか忘れていたが、体験入団で数日帰れない日があったな。
折角だし、その間はスフィーリアに頑張ってもらうのもありかも知れない。
教会での仕事は今の所ないが、ミランダさんに言えばギルドで何かやらせてもらえるだろう。
この前の懺悔室でも良いし、奉仕活動と言う事で軽い怪我などを無償で治すのもありだ。
金が無いので炊き出しは無理だが、見張りにアーサーを付ければ問題も起きないだろう。
「どうかしましたか?」
「いえ。何でもありません。教会での奉仕活動は今の所ありませんので、何かある時は冒険者ギルドを通してお知らせしますね」
「分かりました。改めて、これからよろしくお願いします」
何となく握手を交わし、これでイノセンス教の加護持ちが二人となった。
人が増えること自体は本当にありがたいのだが、スフィーリアの加入はよく乾燥した薪に火種を放り込んだ様なものだ。
後はもう、燃え上がるのを待つしかない。
喫茶店から出てスフィーリアを見送り、ミリーさんと目を合わせる。
「良かったの?」
いつもと変わらない微笑みを浮かべるミリーさんだが、少しだけ硬く感じる。
「人を救うのが、私の役目ですから。断る理由もありません」
本当は断ってしまった方が、イノセンス教としては良いのだろう。
まだまだ木っ端であるイノセンス教は、吹けば飛んでしまう。
上から圧力を掛けられた場合、抗うのは難しい。
「サレンちゃんが良いなら良いけど、これから大変だよ?」
そっとミリーさんが視線を変え、その視線を追うと、不審な人物が居た。
間違いなく、俺を探っているのだろう。
三つの……三大宗教が俺を取り込もうと画策するのか、それとも排除しようと動くのか……。
「私には心強い味方が居ますから。ねえ、アーサー」
「今の所殺意は感じられませんが、此方を探っている気配が四つあります。有事の際は、お任せ下さいませ」
……えっ、そんなに居んの?
俺が思っている以上に、ピンチなのだろうか?
「大丈夫だと思いますが、その時はお願いしますね」
「やれやれ、サレンちゃんったら本当に人が良いんだから……」
まあスフィーリアを受け入れた時点で、取り返しのつかないレベルなわけだし、腹を括るとしよう。
なんやかんや時間は過ぎ、既に夕方である。
聖書の受け取りと、女神像の確認。それから体験入団に着ていく服の受け取り。
直近の予定はこんなもんか。
今日は朝から本当に疲れた。
ライラとシラキリも居ない事だし、今日は呑みに行くか。
「今日はもう用事も終わりましたし、これから一緒に食事でもどうでしょうか?」
「……単にサレンちゃんが呑みたいだけじゃないの?」
「いえ、お世話になっているミリーさんと、食事がしたいだけですよ」
「ふーん。じゃあ酒場以外でも?」
「お酒が飲めるのでしたらどこでも」
「結局お酒じゃないかい!」
ミリーさんに良いツッコミを貰い、お互いに笑う。
多分、笑えているはずだ。
「まったく、サレンちゃんは仕方ないなー。今日はいつもと違う所に案内してあげるよ」
やれやれとミリーさんは、首を振ってから歩き出した。
仕事の後の一杯は、とても美味しいからな。
楽しみだ。
サレン「ここのお酒も美味しいですね」
ミリー「でしょー」
アーサー「(飲んでいる姿も美しい)」