第73話:新たな仲間(下僕)ゲットだぜ!
その日、スフィーリアはオーレン達に用事があると伝え、一人で東冒険者ギルドへと向かった。
つい先日、自分に加護を与えてくれた助司祭に教会から脱退することを伝え、押し問答の末に加護を解除してもらった。
これまでスフィーリアは少なくない喜捨を教会にしてきた。
教会側はその喜捨が惜しいのもあるが、今は大手の教会ほどピリピリとしており、信者を一人でも逃がしたくないのだ。
最後は賄賂として助司祭に五万ダリアを渡し、それを対価に脱退する事が出来た。
スフィーリアは汚物を見るような目を教会に向けた後、振り返ることも後悔することもなく、宿へと帰った。
こんな暴挙に出たのは、何も気が触れたからではない。
既にこの後に取るべき行動を、決めているのだ。
サレンディアナ・フローレンシアが広めている、イノセンス教。この宗教に、入信しようと思っている。
シスターと名乗っているが、その力はスフィーリアが知る物から逸脱している。
初めて会った時はその眼光に押されながらも、胡散臭い宗教だと決めつけていた。
しかしフィリアに使った魔法や、墓場の掟での活躍を見て考えが変わった。
スフィーリアは元々貴族の子女だったが、親とはあまり仲が良くなく、ホロウスティアの学園に入れてもらう代わりに、絶縁した。
親もあまりスフィーリアに金を使いたくなく、政略結婚の駒として使うには、あまりにも気が強すぎたので、その申し出を呑んだ。
ホロウスティアに来たスフィーリアは、元々計画していた通り教会へ入信し、自らがしたい事――誰かの助けになりたいという思いを、様々な形で実行していた…………不信感を募らせながら。
ホロウスティアに来て直ぐの頃は良かったが、三つの教国で起きた代替わりにより、元々拝金主義だと感じていた教会への思いは、脱退という形で爆発したのだ。
東冒険者ギルドに着いたスフィーリアは、少し不安を募らせながらも、昔お世話になった受付嬢である、ミランダの居る受付に向かう。
聖職者ではなくなったスフィーリアはいつもの神官服を脱いでおり、生まれもあってただの良家の娘にしか見えない。
なので、マチルダは近付いてくる人が誰なのか、直ぐには分からなかった。
「すみません」
「……スフィーリアさん? 神官服じゃないなんて珍しいですね。どうかしましたか?」
「実は……」
教会を抜けたことと、サレンを探してることを簡単に伝え、出来るならばサレンに伝言をお願いしたいと、頭を下げる。
これが平常時ならば、マチルダも軽く笑って流すのだが、今は引きつった笑みを浮かべるのが精一杯だった。
教会のいざこざは冒険者ギルドへ、少なくない不利益を与えており、マチルダとしてはあまり関わりたくない。
しかも下部組織とは言え、大手の宗教から新興の宗教に鞍替えするなんて、火種以外の何物でもない。
サレンは知らないが、イノセンス教はホロウスティアでも少しずつだが、噂になり始めている。
全く無名の宗教が、瞬く間に本登録まで漕ぎ着けたのだ。当然と言えば当然だろう。
宗教間の削り合いのお零れがあったとしても、異例の早さだ。
更に東冒険者ギルドでは一部の信用されている宗教でなければ行えない、懺悔室も異例ながら使用していた。
しかも使用者からは喜びの声が、ギルドへと届くほどだった。
取り込むべきか、それとも葬るべきか。
そんな牽制を宗教間でしている中で、スフィーリアがイノセンス教に加入すれば、木っ端シスターの行動とは言え、看過することは出来ない。
事態は、イノセンス教にとって悪い方向へ進むことになる。
マチルダとしてはしらばっくれてしまいたいが、そんなものは時間稼ぎでしかない。
しかも運が良いのか悪いのか、今日はサレンが冒険者ギルドで勧誘の為の説明会をしている。
スフィーリアが冒険者ギルド内を少しでもうろうろすれば、サレンの噂を耳にする事となるだろう。
ならば……もうマチルダには祈る事しか出来ない。
「サレンさんでしたら、冒険者ギルド内に居るはずですよ。探してみては如何でしょうか?」
「そうですか。教えていただきありがとうございます」
ペコリと頭を下げたスフィーリアは、マチルダの前から去って行った。
マチルダはこれから先起こるであろう波乱を思い、サレンの無事を祈る。
何の後ろ盾もないサレンが、国がバックに居る宗教を相手に戦えるとは、到底思えない。
(あんな見た目で結構優しい人ですし、例の事を暴露されるのは困りますが……)
魔力検査の件は事故として処理したが、もしもサレンやミリーが暴露した場合、流石のマチルダもただでは済まない。
もしもサレンが死なば諸共と躍起になり、ギルドに報告されては困るが、もうどうしようもない。
ため息を零し、マチルダは仕事に戻った。
そしてスフィーリアは冒険者ギルド内を散策し、食堂でサレンを見つけた。
女性としては背が高く、シンプルな神官服は目立つので、探すのは楽だった。
少し緊張しながらも声を掛けるが、サレンはスフィーリアを温かく受け入れてくれ、一緒に居た冒険者と共に話を聞いてくれた。
(イノセンス教……この機会を逃してしまえば……私は……)
「サレンさん個人に惹かれたのも有りますが、イノセンス教の理念は私に合っていると思いまして……駄目でしょうか?」
そうお願いし、サレンの目をじっと見る。
切れ長く鋭い目は、正直恐怖を感じてしまう。
しかし、聖職者らしい優しい人間であることを、ダンジョンでのやり取りで知っている。
緊張で汗が流れそうになるのをグッと堪え、サレンが話すのを待つ。
「私としては構いませんが……そうですね。先ずは私が実際に拠点にしている場所で話すとしましょう。ミリーさんはどうしますか?」
了承するような声を聞き、胸を撫で下ろす。
堅くなっていた顔が解れたような気がしたが、直ぐにまた堅くなることになる。
サレンによって連れていかれたのは、人気がない寂れた場所だった。
進むに連れて嫌な思考が頭を満たしていくが、サレンを含めた他の三人は普通にしている。
何ならサレンとミリーはお酒の話で盛り上がっており、訳が分からない。
流石に逃げた方が良いのではと思い始めた頃、遂に目的地に着いた。
とても古く、今にも崩れるのではと心配になる外見をした教会。
そこは、サレンが拠点としている場所だった。
新興ならば宿屋や、借家を借りて活動するのが普通なので、ボロいとは言え教会を構えているのは凄いことである。
此処が何処だが知らないスフィーリアは素直な感想を漏らしながらも、感心していた。
サレンに促されて教会内に入ると、掃除が行き届いており、外見程古臭さを感じない。
調度品の類は殆どなく、椅子がある筈の場所は、ただの広場となっていて、普通の教会にある筈の人気が全くない。
奥の方には所々欠けた女神像が一体だけ鎮座しており、スフィーリアは何故か胸を締め付けられた。
(ここは一体……)
何も知らないスフィーリアからすれば、ここに寂れた教会があるのはおかしいと感じた。
ホロウスティアは他の都市に比べ、様々な宗教が入り乱れている。
その中でも正式に教会を持っている宗教は、かなり少ない。
ホロウスティアは広大とは言え、大きな土地となるとかなりの金額となる。
仮に今サレンが拠点にしている教会ならば、数千万ダリアは堅いだろう。
そもそも、大通りから離れているとはいえ、こんな場所が残っていることが変なのだ。
そんな思いもミリーからの話で納得したが、それはそれで怖くなってしまう。
そんなスフィーリアの内心を無視するようにサレンは女神像の下まで歩き、スフィーリアを呼んだ。
誰も指摘しないがシスターを名乗っているサレンが、スフィーリアに加護を与える事は、普通ならばできない。
本来誰かに加護を与えるには、相応に強い加護が必要となる。
加護を分ける事で、持っている加護が弱まるからだ。
この世界でシスターとは、加護を分け与えられた位の事を指すのだが、サレンはそんな事を知らない。
多少シラキリから教えてもらっているが、流石に内情まで知ることは出来ない。
そしてスフィーリアはサレンならば出来ても可笑しくないと思っているし、ミリーは面白がって見ているだけだ。
アーサーも流石に宗教の事には疎いので、これが普通なのだろうと思っている。
女神像の前で膝を着き、サレンへ向けて首を垂れる。
これでもう――引き返すことは出来ない。
「御霊を分けし我が神よ。御身の神威を、我が僕に下賜を与えたまえ」
「――えっ?」
デルカリア教で受けた洗礼とは違う事が起き、スフィーリアは戸惑いの声を漏らす。
デルカリア教で加護を受け取る時は、助司祭の手に光が宿り、それをスフィーリアが受け取ることで加護を授かった。
しかし今は、足元と頭上に魔法陣が現れ、光がスフィーリアに降り注いでいる。
「目がーー!」
誰かさんが叫ぶほどの光が溢れ、俯いているスフィーリアも目を閉じる。
全身から漲る多幸感。頭に過る、黒い髪の女性。
(選んで、正解でした……私は……今度こそ)
「終わりました」
光が止み、スフィーリアは立ち上がる。
その眼には、決意の光が宿っていた。
ルシデルシア「サレンは本当に飽きない奴だ。リディスよ……貴様の選択は、合っていたのかもしれぬな」