第70話:悩めるサレン
「やあサレンちゃん。中々様になっていたね」
女神像の依頼から一夜明け、ギルドでイノセンス教の説明会を終えて、一休みしているとミリーさんが寄ってきた。
シラキリはネグロさんの所で勉強をするとのことで、今居るのはガイアセイバーを装備したアーサーだけである。
「ありがとうございます。おかげさまで信徒が増えました」
聖書は案の定全て売れ、ついでに信徒も随分と増えた。
一応今回は説明会と言うことで、喜捨などを受け取らなかった。
宗教には、善良で潔白なイメージが不可欠だ。
貰わなすぎも問題だが、貰い過ぎは大問題となる。
金となる信徒とはしっかりと信頼関係を築かなければ、エルガスさんのように見きりをつけられてしまう。
狙っていたが、聖書の値段については結構驚かれた。
聞いてみたところ、厚さにもよるが聖書の相場は、三千から五千ダリアだそうだ。
聖書の売値がそのまま教会の運営費になるのだから、それでも決して高すぎると言う相場ではないだろう。
イノセンス教の運営費は、月々の廃教会の家賃位なものだ。
それにイノセンス教を広めるのが目的なので、個人的には嫌だが、聖書を安く売るのは良い手である。
俺の中で眠っているディアナが目覚めれば、俺の不安定な感情もしっかりとするらしいので、今以上に暮らしやすくなる。
問題としては三位一体……融合……とにかく、離れることが出来ない事だろう。
今思えば、俺が男だったころにやっていたあんなことやこんな事も、ルシデルシアは知っているのだろう。
此方から話題にする気は無いが、向こうも話題にしてこない事を祈るばかりだ。
おっと、思考が逸れてしまったが、今はミリーさんへの相談だな。
「それで、相談ってなに?」
「ここではなんですので、移動しましょう。あまり人に聞かれたくはないので」
「なら良い場所があるよ。付いて来て」
流石ミリーさんだ。長く冒険者をやっているだけあり、この都市の店についても色々と知っているようだ。
なんて思っていたが……。
「――ここは談話室ではないぞ?」
「気にしなーい気にしなーい」
案内されたのは、ネグロさんの執務室だった。
ネグロさんが居るのは勿論の事、シラキリも勉強している。
ネグロさんが居る事を除けば、密談するには向いているだろう。
ネグロさんが居る事を除けば。
顔をしかめているネグロさんを放置してソファーに座ると、シラキリがお茶を用意してくれた。
ここは常識人として何か言った方が良いのかもしれないが、流れに身を任せてしまった方が良い気もする。
「どうもねシラキリちゃん。それで、相談というのは?」
「実はドーガンさんにも相談したのですが……アーサー」
「はい」
ガイアセイバーが収められている鞘をテーブルの上に置き、ミリーさんに抜くようにお願いする。
何故かネグロさんも書類を書く手を止めて、剣を見ている。
鞘から剣を抜いたミリーさんは暫し刀身を眺めた後に、物凄く嫌そうな顔をした。
「これ、どうしたの? サレンちゃんだから盗んできたなんて事は無いだろうし、かと言ってここら周辺のダンジョンでは出たことも無いよ」
「業物に見えるが、そんなに凄いのか?」
ミリーさんはこの剣が何なのか分かったようだが、ネグロさんは分からないようだな。
あるいみ伝説の剣みたいなものだから、剣の伝承は知っていても、現物を知らないのだろう。
ネグロさんが居る所で話すのは少々憚られるが、ネグロさんは俺に色々と借りがあるし、今度の体験入団の件もある。
俺達を売るなんて事はないだろう。
「その剣は、私達が例のダンジョンの深層で手に入れたものです」
「なるほど。因みに魔物からであってる? 確か宝箱からの入手については、私が知る限るはなかった気がするし」
うーむ。ミリーさんが情報通なのは分かっていたが、もしかしてミリーさんはただの冒険者ではないのではないだろうか?
流石に色々と可笑しい事が多すぎるし、少し様子見してみるとしよう。
「その通りです」
「倒したのは?」
「名目上私達のパーティーという事でお願いします」
話し方からして魔物のことも知っているようだが、C級の冒険者が知っているような魔物ではない。
ドーガンさんと親しいので知っている可能性はあるが、この剣の価値について話すとは思えない。
「私にも分かるように話してくれんか?」
「副ギルド長ともあろう御方が、この剣を知りもしないとは……仕方ないなー」
嫌味をふんだんに含んだ言葉をネグロさんに浴びせたミリーさんは、一度咳払いをした。
「この剣はとある魔物からしか、ドロップが確認されていないんだ。能力はおそらく聖剣や魔剣に次ぐ程であり、一説ではとある英雄が持っていたともされている」
「あのダンジョンは確か最大でもAAA級だった気がするが、そんな名のある魔物が居たか?」
「その辺の事なんて私は知らないけど、この剣をドロップするのは、SSS級の魔物であるペインレスディメンションアーマーだよ」
名前を聞いたネグロさんはしばし熟考するような素振りをした後、動きを止めた。
それにしてもよくこんな長い名前を、スラスラと言えるものだな。
日本で生きて来た俺からしたら馴染み深い単語ばかりだから覚えやすいが、普通なら中々覚えられないだろう。
「待て。待て待て待て。色々と可笑しすぎるだろう!」
「いやー、その通りだから何も言えないねー。とりあえず話を続けるけど、この剣がその剣なら、銘はガイアセイバー。大地を割り、山をも作り出す、とんでもない剣だよ。一般価格でも一億ダリアは固いんじゃないかな? こんな魔物…………うん? 魔物……?」
何やらミリーさんも首を傾げ始めたので、さっさと話をしてしまおう。
単語的に初心者ダンジョンでの、異常事態の事を考えていそうだし。
「この剣は一般で、どれ位知名度がありますか?」
「知名度……ああ。この剣でいらぬ争いを招くかって事だね。冒険者でも実物を見たことがある人なんていないし、ドワーフにさえ気を付ければ大丈夫だよ。しかし、良く売らなかったね。おっちゃん相手なら二億とか三億でも買うとか言ったんじゃない?」
「三億だと! それだけあれば爵位が買えるどころか、生涯遊んで暮らせるぞ!」
やはり三億は、この世界でも相当な高額なようだな。
ネグロさんの驚きで良く分かる。
「お金も大事ですが、それによるデメリットもありますから」
「大金があっても、盗まれたり殺されたりすれば、元も子もないからね…………正直大丈夫な気がするけど」
戦力としてならば、この都市でも上位に位置している可能性があるからな。
成長スピードが凄まじく、俺の祝福があったとはいえ、シラキリはB級の魔物を大量に倒せる程強くなっている。
ライラはドーガンさんの所で買った魔導剣が凄まじいのもあるが、奥の手としてグランソラスがある。
ルシデルシアの言う通りならば、下手な軍隊……騎士団も一太刀で倒せるだろう。
後ろで控えているアーサーも、ただの執事ではなさそうである。
人間のはずなのに、ダンジョンではシラキリと同じく、魔物を倒していた。
そして俺の中に居るルシデルシアは、SSS級の魔物をワンパン出来る。
俺個人も即死しなければ治療が出来るので、国が相手にでもならない限り安全だろう。
「いらぬ騒動は困りますから。それに、宗教が金を持っていると分かれば、集ってくる人が居ても可笑しくありません」
「お金も力も、下手に持ち過ぎれば災いを招くからね。普通に使う分には、問題ないと思うよ」
「そうですか。わざわざすみませんでした」
「気にしなくていいさ。サレンちゃんには助けてもらっているからね」
ミリーさんからガイアセイバーを返してもらい、アーサーへと渡す。
ネックとなるのはドワーフだけだが、冒険者をしているドワーフはほとんどいないから、問題になる事は無いだろう。
「……話が纏まったようで何よりだが、その剣もそうだが、ペインレスディメンションアーマーの報告も受けていないのだが?」
「流石に事が事だったので、黙っていました。ネグロさんもこの事をギルドに報告する気はないのでしょう?」
改めて考えていた持論をネグロさんに話す。
王国の罠に、現れる筈のないSSS級の魔物。
どうせ箝口令を敷かれているのだし、黙っていても変わらない。
「それもそうだが…………魔物が再び現れる可能性はあるのか?」
「無いと思います。本当に運悪く出会ってしまった様なものでしたので」
「それなら良いが……まさかSSS級を倒せる程とは……これでは……うむ……」
百面相しているネグロさんには悪いが、ギルドの事情など知った事ではない。
あの依頼もルシデルシアのせいではあるが、ルシデルシアが居なければ俺は死んでいた。
命が日本に居た時に比べて安いのは分かっているが、だからと言って金だけで許せるわけが無い。
「サレンちゃんの相談が終わったなら、私から一つお願いがあるんだけど、良いかな?」
特にお茶らけることもなく、かと言って真面目な雰囲気を纏うでもないが、妙に引っかかる。
しかしミリーさんからお願いとは珍しい。
ミリーさんの背後関係は気になるところだが、世話になっているのは事実だし、ここは一肌脱ぐとしよう。
「私に出来る事でしたら、協力しましょう」
「そう来なくっちゃ! んじゃあここで相談するのもなんだし、お昼でも食べながら話そうか」
「貴様は私に、喧嘩を売りに来たのか?」
ネグロさんのお怒りは最もだが、やはりと言うか、ミリーさんは俺の相談内容を知っていた節があるな。
そうなると、ドーガンさんがミリーさんに話したとしか考えられない。
候補としてはライラやシラキリも居るが、俺の事を裏切るようなことはしないだろう。
……もう少し深く探りを入れるか、それとも知らぬ存ぜぬで過ごすか。
世の中には知らない方が良い事もあれば、知らなければ後悔することもある。
それはそれとして、先ずは飯だ。
「シラキリも来ますか? 良い時間でしょうから」
「はい!」
若干顔を赤くするシラキリに微笑ましい物を感じ、ネグロさんだけを残して部屋を出た。
シラキリ「ネグロさん」
ネグロ「なんだね?」
シラキリ「これはどういう意味ですか?」
ネグロ「それは…………と言うわけだ」
シラキリ「ありがとうございます」