第68話:パンを食べよ
「来たか。出来上がっているぞ」
俺達が店に入るないなや、ドーガンさんは店の奥へと行き、鞘に収まったガイアセイバーを持って来た。
「鞘に少し特殊な細工を施し、剣の長さを分かり難くしてある。それと、柄には布を巻いておいたから、抜かない限り何の剣なのか分からないはずだ」
剣を受け取ったアーサーは、鞘を見回した後に、剣を抜く。
鞘に収まっている間は何も感じなかったが、抜かれた剣と鞘を比べると、違和感を感じる。
それと俺が手に入れた時よりも、剣が綺麗になっているな。
「これは忠告だが、ガイアセイバーは使い手次第では、小国程度なら滅ぼせる力を秘めている。道を間違えるなよ?」
「サレン様に誓って」
何やら重い話をしているが、ガイアセイバーはルシデルシアのための剣であり、アーサーは鞘に過ぎない。
それにルシデルシア曰く、アーサーではガイアセイバーの能力を十全に使うのは、まず無理だそうだ。
「本音を言えばやはり欲しいが……三億でも駄目か? 一生遊んで暮らせるだけの金だぞ?」
「魅力的な提案ですが、力の方が大事ですから」
俺だって売れるなら売ってしまいたいが、魔王や勇者なんかが居る世界なのだ。
もしもの為に備えておいて損は無い。
それにいくらドーガンさんが義理堅くても、他のドワーフがそうとは限らない。
三億もの金がドーガンさん個人からであるならともかく、ドワーフの国も関係しているはずだ。
金に目が眩んだ馬鹿な奴が、何かしてくる可能性もある。
宝くじが当たったら、知らない親戚が増えるって現象と同じだ。
こちらでは命を狙ってくる分、尚質が悪いだろうがな。
「まあそう答えるだろうと分かっていたが……もしも二本目が手に入ったら、そん時は頼むぞ」
「無いとは思いますが、その時はお売りしますね」
不幸な事故とは言え、SSS級の魔物に会うなんて事は二度とないだろう。
俺はもう二度とダンジョンには行かないのだから。
「頼むぞ。それと兎の嬢ちゃんのは、結構良い仕上がりになりそうだから、楽しみにしておけ」
「分かりました」
軽くドーガンさんと雑談し、帰る前に一度ガイアセイバーの試し切りを行った。
単純な剣としても素晴らしいもので、 太い木を綺麗に両断してしまった。
それどころか岩もスパスパと斬り裂き、刃こぼれ一つしていない。
流石SSS級の魔物からドロップした剣だけの事はある。
最後にドーガンさんへ礼を言ってから店を出て、ベルダさんの所に向かった。
「戻って来たか。これが名刺とケースだ。確認してくれ」
予定通り名刺が出来ており、確認したところ問題はなさそうだな。
「確かに。ありがとうございました」
「気にすんな。頼まれたのもちゃんと刷っておくから、また三日後以降に来てくれ」
軽く挨拶だけ交わし、直ぐに店を出る。
この後は昨日名刺を貰った、石工のエルガスさんの所に向かう。
エルガスさんの店は今俺達が居る職人通りから結構離れている。
場所で言えば、東門の近くだ。
ここからだと馬車で一時間以上掛かるので、先に昼食を食べてから向かうとするか。
「何か食べたい物とかありますか?」
食べる場所がほとんど固定化してきているので、たまには違うものが食べたいと思い、シラキリに聞いてみた。
「うーん。あっ、パンが食べたいです!」
「パンですか……たまに買ってきてくれていたお店のですか?」
「はい!」
たまにシラキリは、パンを買って帰ってくる事があった。
味的に同じ所のパンだったので、シラキリが贔屓にしているのだろう。
一度だけ三人でパンを買い行ったが、流石に場所は忘れてしまったな。
そう言えば、初めてシラキリに会った時、硬貨を取り出されてパンが買えると言われたな。
孤児にとってパンは、一番身近に溢れていた食べ物なのだろう。
安くて腹に溜まり、物によっては日持ちもする。
個人的にはおにぎり派だが、パンも嫌いじゃない。
「それではそのお店にしましょう。案内をお願いしますね」
「はい!」
シラキリは元気に返事をして、笑顔を向けてくれる。
やはり癒しだなー。
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「いらっしゃいませー」
パンが食べられるという事でご機嫌なシラキリに連れられ、例のパン屋へやって来た。
少し古めかしい風貌だが、店内の清掃は行き届いており、パンの焼けるいい匂いが漂っている。
「おや、シラキリちゃんじゃない。今日はシスターさんと一緒なのかい?」
「はい!。今日はお店で食べていこうと思います」
「そうかいそうかい。席は空いてるから、まずはパンを選ぼうねぇ」
店内に居るのは優しそうなお婆さんが一人と、若い女性の店員。それから奥の方でお爺さんがパンを焼いている。
この都市は食が豊富なだけあり、ただの食パンやフランスパンと言ったものだけではなく、総菜パンや菓子パンなどもある。
問題は見た目と俺が知っている名前が一致しないことだな。
この世界には、異世界から人を召喚する方法がある。
だから俺が知っている物があったりしても、おかしくなかった。
強いて言えば、異世界人にはもっと頑張って欲しかった。
イワナの名前とか、醤油の名前とか。
――あっ。
(俺が召喚されなかったって事は、他の誰かが召喚されたのか?)
『ぐー……う? あっ、うむ。そうじゃな。どこの誰かまでは分からぬが、三人程呼び出されたようだ。その後の事は知らんが、そうそう会う事もなかろう。見ず知らずの人間なぞどうでも良かろう? どうせ魔王に挑んで死ぬだけだ』
こいつ、妙に静かだと思ったら寝ていたか……。
(確かにその通りだが、お前の魂が融合しているって事は、俺自身も一応魔王って事だろう?)
元となる身体は俺のだが、魂が混ざり合った結果変異している。
頭にある角の跡などが良い例だろう。
普通の人間にそんな物はない。
「サレンさんは何を食べますか?」
おっと、ルシデルシアとの会話だけに集中しているわけにもいかないな。
パンを選んで座るとしよう。
「そうですね。お肉を挟んであるのを二つと、メニープパンを一つお願いします」
因みにメニープパンとは、メロンパンの事である。
「分かりました」
「元気だねぇ。良かったら野菜スープがあるけど、一緒にどうかね?」
にこにことお婆さんは笑い、シラキリの頭を撫でる。
孤児の頃からの付き合いらしく、随分と仲が良さそうだ。
「是非お願いします」
「あいよ。パンを選んだら座って待っていてね」
シラキリにパンを取ってもらい、会計してから席へと座る。
そこへお婆さんが、野菜のスープを持ってきてくれた。
色と匂い的に、ポトフみたいだな。
「レイネシアナ様に感謝を捧げ、いただきます」
三人揃って手を合わせ、祈りを捧げる。
何度か食べているが、やはり美味い。
(それで、どうなんだ?)
『うむむ。識別上は人であり魔人であり神でもある。そも、魔王とはただの呼称ゆえ、種族ではない。だが、確かどこぞの神の奇跡に鑑定があったが、それを使われるのは不味いな』
(不味いって、どういう事だ?)
『言った通りだ。もしも鑑定されれば、サレンはどの種族にも当てはまらん。種族不明となれば、どの様な結果に陥るかなんぞ、考えてみるまでも無い。角の事もあるからな』
鑑定魔法なんて物があるのか……まあ流石に街中で魔法を使ってくるなんて事も無いだろうし、多分大丈夫だろう。
(因みに、その神ってどの宗教とか知ってるか?)
『流石に宗教については分らんが、奴が力を貸すのは極一部の人間のみだったはずだ。それこそ、サレンの世界で言う、勇者の仲間や、救世主位だ』
それならば、魔法によって正体を暴かれる事はなさそうだ。
角については誤魔化しも効くだろうし、まあ何とかなるだろう。
「美味しいですね」
「はい!」
まったりとパンを食べ、スープを頂く。
こんな日常を続けるためにも、自分やライラ。シラキリの問題も解決しなければな。
(もしもの時は、頼むぞ)
『貴様と違い、余は人を殺す事に躊躇いなんぞない。国程度焼き尽くして見せよう』
いや、そこまでは望んでいないが、やる気があるみたいだし、水を差すのは止めておこう。
頼れる上司……じゃなくて身内が居ると、少しは心が軽くなる。
おじいさん「嬢ちゃんは元気そうか?」
おばあさん「ええ。昔と違って、最近はいつも元気だねぇ」
おじいさん「そうか…………良かったな」
おばあさん「えぇ……」