第66話:骸に捧げる誓いの賛歌
活動報告を更新しましたので、良ければお読みください。
魔法少女がいくの続きについての内容となっています。
人と交渉する時は、場面が重要だ。
自分にとって有利な状況ならこっそりと交渉し、不利ならば味方が居る場所で行う。
悩みのタネの一つだった、女神像の修復の目途が立ちそうだ。
『うまく弾けているようで何よりだ。しかし、音楽とは良い物だ……』
ルシデルシアは記憶が読み取れるのだが、逆に記憶を送ることも可能だ。
今回はルシデルシアの用意した楽譜を、頭に流し込んでもらった。
そこまで難しくないからなんとか弾けているが、この前の様に、自然に体が動く様な状態ではない。
しかし、ルシデルシアが生きていた時代に、ピアノがあったとはな。
様々な楽器がある中で、弦楽器や鍵盤楽器は作るのに様々な技術が必要だ。
様々な憶測を考えることが出来るが、俺には関係ないので、綺麗さっぱり忘れておこう。
この程度のご都合主義位、許してくれても良いだろう。
(前みたい、自然に指が動くようには出来ないのか?)
『あれは魂の残り香の副作用だ。サレンがサレンでいるためには、残り香なぞ無い方が良い』
(もしかしてたまに感じていた違和感も、その残り香のせいか?)
『だろうな。魂はとても繊細なものだ。僅かな綻びで不安定となり、どうしようもない不安に襲われたりする』
ああ。あのどうしようもない不安は、それのせいだったのか。
自分が自分ではないような、凹凸が上手く嵌らないような焦燥感。
『ディアナが目覚めれば魂の不安定さもなくなり、個として明確になるだろう。それまでは自分を見失わぬよう意識せよ』
(分かった)
原因さえ分かれば、後は対処のしようがある。
つか、分かっているならば、さっさと教えろと文句を言いたい。
あの不安感は、会社で重大なミスをした時以上に酷かった。
俺の人生の中で、あれ程の苦しみを表す言葉は思いつかない。
……ああ、この思考に陥るのが駄目なのか。
今は演奏の事だけを考えよう。
頭の中にある楽譜を見ながら、一心不乱に鍵盤を指で叩く。
集中しているせいでどんな曲か分からないが、ルシデルシアが良い気分そうなので、きっと良い曲なのだろう。
それにしても、一曲が長い。
前回自分が最初に弾いたのは、アニメの主題歌をアレンジしたものなので、五分程度だった。
その後に弾いたのも大体長くても十分程度だが、今は既に三十分程弾いていると思う。
あくまでも体感なので正確には分からないが、あまり外れてはいないだろう。
ルシデルシアに聞けば教えてくれるだろうが、なんだか負けた気がするので、とりあえず弾いて行く。
そして、とうとう記憶の中の譜面に終わりが見えてきた。
『よくもまあミスなく弾けるものだ。身体はともかく、魂の格が上がった故か……しかしこの曲を再び聴けるとは、愉悦じゃのう』
そんなルシデルシアの独り言と共に、何とか弾き終えた。
折角あれだけ沢山の酒を飲んだと言うのに、酔いはほとんど無くなってしまった。
演奏が終わり、ようやく周りを気にする余裕が出来たのだが、何故かシーンと静まり返っている。
えっ? これはどうすれば良いんだ?
「お、お-! 素晴らしい!」
「こんな凄い演奏初めて聴いたわ!」
「思わず酒を飲む手がとまっちまたぜ! 流石氷の女王様だ!」
虫の音が聴こえる位静まってからの、爆弾が爆発したような大騒ぎとなった。
なんか泣いている人もりのだが、それほどの曲だったのか……。
(この曲の名前って何なんだ?)
『余が作った曲故、決めてなかったが…………ふむ。名付けるならば、骸に捧げる誓いの賛歌……かのう』
無駄に気取った曲名だが、ルシデルシアが作ったのか……素直に凄いと思うが…………本当によく作ったものだ。
「静聴ありがとうございました。少し休憩しましたらまた弾きますので、まだいらっしゃることが出来るのでしたら、お待ちください」
テーブルまで戻ると、アーサーとミリーさんの雰囲気が妙だった。
特にミリーさんは目元が赤くなっているので、泣いていたのかもしれない。
椅子に座ると、丁度店員が頼んでもいない酒を持ってきてくれた。
酒場に来てから一度も酒を頼んでいないのに、飲み終わると持ってきてくれている。
この様子では、今回も料金を払う必要が無さそうだ。
「どうでしたか? 楽しんでいただけたでしょうか?」
「いや……うん。とても良かったよ。年甲斐も無く涙が出る位にはね」
「私も……そう言った感情は殆ど無くなっていたと思っていたのですが……胸に染みてくる熱さを感じました」
下手な演奏と言われなくて良かったな。
趣味程度の技量とは言え、やはり褒められると嬉しいものである。
曲はルシデルシアのものとは言え、曲の良し悪しは奏者の技量しだいだ。
今回はただ一心不乱に弾いていたが、それなりに頑張った自負がある。
「それは良かったです」
「前に弾いていたのと何か毛色が違うけど、何か記憶を思い出したりしたの?」
あっ……何て言い訳した物か……。
確かに長さは勿論、曲調も違う気がする。
譜面から読み取っているだけなので、殆ど曲を聴いていられなかった俺からしたら、言葉でどう違かったのか説明するのは難しい。
(この曲って何のために作ったんだ?)
『余に挑むディアナ達を労うために作ったのだ。余が勝った場合、世界を滅ぼす気だったからな。人だけでなく、神や魔人さえもが余を倒すために手を取り合っていた。決戦が無音というのも、寂しかろう?』
そんなゲームじゃないんだから……だが、良い感じの言い訳を思いつく事が出来た。
「前にピアノを弾いたことで、曲の事を思い出しただけです」
「なるほど。因みにどんな曲名なの?」
「骸に捧げる誓いの賛歌と言います。いつの時代かまでは忘れましたが、倒された魔王を弔うために作られたそうです」
「魔王を……ふーん」
おや? なんだか一瞬ミリーさんの様子が、変わった様な気がするな。
まあ良い。とりあえず酒だ酒。
とりあえずぐびっと一杯飲んいると、一人の男が近づいてきた。
「本当に凄いもんを聴かせてもらった。俺は石工のエルガスってんだ。是非仕事をさせてくれ」
おっと。あまりにも集中していたせいで、演奏をした理由を忘れるところだった。
なるべく安く女神像を修復するために、演奏したのだ。
「ありがとうございます。わたしはイノセンス教のシスターをしている、サレンディアナと申します。サレンとお呼びください」
店員に椅子を持ってきてもらい、エルガスを座らせる。
エルガスさんはかなり厳つい見た目だが、今は借りてきた猫の様に大人しい。
先ずは商談だが、どれ位安くしてくれるかな?
「それで、仕事と言うのは何なんですかい?」
「実はイノセンス教の女神像を作ってくれる方を探してまして。エルガスさんが可能でしたらお願いしたいのですが」
「女神像……像の施工は俺でも大丈夫だ。大きさ次第では一週間もあれば出来る。金額についてだが……」
ツルツルな頭を撫でながら、エルガスは何やら考えるようにして目を閉じた。
ふつうなら適正価格を提示して、そこから話し合いだろうが、今回はそうもいかない。
何せ自らお安くすると言い、周りからもプレッシャーがある。
場合によっては、エルガスさんは飲みに行ける店が一つ減るかもしれない。
「その……大きさは何れくらいだ?」
大きさか……確かに分からなければ金額を決めようもないな。
本人に聞いてみるか。
(どうする?)
『等身大と言いたいところだが、少し大きめで二メートル程度で良かろう。大きすぎてもあの教会ではもて余しそうだからのう』
「大きさは二メートル位ですね。意匠については後日お伝えします」
「なら、五十万位で良い。疑心暗鬼だったか、あの演奏を聴いちまったら、割り引かないわけにもいかん」
五十万か……。
これが安いかどうかは、正直俺にはわからない。
だからミリーさんの方を見る。
俺の視線に気付いたミリーさんは軽く笑った。
「二メートル級なら相場は八十から百万ダリアかな。まあ石像は使う石材次第で、数十万単位で変わるから、一概には何も言えないけどね」
「俺のプライドに賭けて、下手なもんは使わん。詳しくは後日俺の店に来てくれ。これは名刺だ」
こんな肉体派に見える奴でも名刺を持っているのか……。
今度名刺についてミリーさんか、ひな鳥の巣の店長に聞いてみるとするか。
「ありがとうございます」
「気にすんな。正直な話、演奏を聴くまではどうしたもんかと悩んだが……昔帝都で聴いたのより心が震えたぜ。店へ来た時に、イノセンス教についても教えてくれ」
「分かりました。その時はよろしくお願いします」
金蔓……じゃなくて、信徒が増えるのは大歓迎だ。
廃教会に帰ったら、エルガスさんに見せるためのラフスケッチを描こう。
さてと、アルコールの補充もそれなりに出来たし、また演奏するとしよう。
このまま演奏せずに帰ると、引き留められて大変そうだからな。
「少し休めましたので、また演奏させて頂きます。それと、後日ギルドでイノセンス教の説明会をしますので、よろしくお願いします」
声援? に応えながら再び花道を歩き、ピアノの前に座る。
それでは、軽く演奏するとするか。
店長「いやー、この店を経営して良かった」
店員1「これって正式に頼んだら、幾ら位になりますかね?」
店長「一時間で五十万以上取られてもおかしくないね。それ位価値があるよ」
店員2「うわー。凄いですね」
客「すんませーん。お酒まーだ時間掛かりそうですかね?」