第65話:シスターin酒場
ドーガンから聞きたくもない情報を聞いたミリーは、数件の情報屋を回った後にギルドへと向かった。
情報屋と言ってもホロウスティア各地にあり、普通に回ろうものならば一日では不可能だ。
だがミリーは騎士であり、風の魔法が使える。
建物を無視して真っすぐに進めば……普通捕まるのだが、騎士なので無理を通している……なんて強引な事はしていない。
ちょっとばかり、気配を消す方法を心得ているだけだ。
ギルドでは屋根裏からネグロの執務室に侵入し、散々ミシェルの事について揶揄った後に、サレンの行方を聞いた。
「詳しくは知らんが、服屋に寄ってから酒場に行くとか言っていた気がするな。全く……何故ミシェルはこんな奴に……」
ネグロの恨み言をガン無視したミリーはシラキリに、暗くなる前に帰るように言ってから冒険者ギルドを出て、まったりと歩く。
サレンの風貌はかなり目を引き、一緒に居るアーサーも良い意味で目を引く。
「さっきの二人組は何だったのかしら?」
「シスターぽかったけど、どう見てもあれは……」
女王と言われた方がしっくりとくるシスターに、貴族の様に整った風貌のアーサー。
噂を辿って行けば、目的の場所に付くことなど容易い。
そんな目的と思われる場所に着いたミリーは、店の前に立って半目になっていた。
(いやさ。珍しくライラちゃんとシラキリちゃんを連れていないから、もしかしたらなーとは思ったけどさ)
世話している……世話されている少女二人を放置して酒場にしけ込むシスター。
字面は最悪だろう。
まあミリーもサレンがそんな酷い人間ではないと知っているので、何かしら理由があるのだろう。
だからと言って、店の中から聞こえる声を無視できるミリーではなかった。
やれやれと言った雰囲気を隠すことなく、ミリーは酒場の中に入った。
「あっ、いらっしゃい。ちょっと混雑しているから、相席でも良い?」
「サレンちゃんの所に座らせてもらうから大丈夫だよ」
「サレン……? ああ、氷の女王様ね」
店員にサレンって誰の事だろうと反応された事を受け、この店はもう駄目かもしれなとミリーは思った。
気を取り直し、後は偶然店に来た体を装い近づけば良いだけだ。
「おんや? なんか騒がしいと思ったらサレンちゃんじゃん」
「お久しぶりミリーさん。席は空いていますので、良かったらどうぞ」
思っていた通りの言葉を受け取り、ミリーはサレンの隣の席へと座る。
「ダンジョンの調査はどうだった?」
「色々とありましたね。ギルドで起きている騒動は知っていますか?」
「少しだけね。まあ一介の冒険者じゃあ、不祥事があった位の事しか分からないけどさ」
なんてのは嘘である。
それどころかサレン達を深層へと追いやった、実行犯達の背後に居た人物達を殺し、ギルドへと情報を流したのはミリーだ。
騒がしくなるギルドを肴に酒を飲み、こっそりとネグロに犯人と思われる人物をリークしていた。
ミリーが知らないのは、ダンジョン内でサレン達が何をしていたか位だ。
「内容が内容なので話せませんが、とても苦労しましたね」
「きな臭くて怪しい依頼だったからね。無事に帰ってこれたようで良かったよ」
前にサレンと来た時に飲んだミードではなく、いつもの少し安いミードを頼んだミリーは、サレンに勧められてテーブルの上に置かれている料理を摘まむ。
話しながらも水のように酒を飲むサレンに若干引きながらも、どうやって例の事について話を聞くか考える。
ドーガンの話し通りなら、サレンはこのホロウスティアで最上位に入る強さがある事になる。
その力の片鱗を垣間見ることはあったが、澄まし顔……鋭い目で周囲を威圧しながら大量に酒を飲む様を、なんと言葉にすれば良い物だろうか?
どこからともなく現れ、一ヶ月程度で新興宗教をホロウスティアの正当な宗教へと格上げした。
山を断つ可能性がある剣を持つライラに、暗殺者と対等に戦えるまで成長しているシラキリ。
そして今も油断なく警戒をしているアーサー。
不幸が重なったのもあるだろうが、資金もそれなりに潤沢となり始めているはずだ。
見ての通り人望はあり、何故か従いたくなるようなカリスマ性は陰る事がない。
数年もすれば、ホロウスティアにある三大宗教と同程度に膨れ上がってもおかしくない。
せめてどこの誰かなのか分かれば良いが、魔大陸に調査に行った団員が帰ってくるのは一ヶ月以上先の事だ。
まあどこの誰だとしても、悪い人間ではないのは確かだろう。
ミリーが心配しているのは、ユランゲイア王国がどうなるかだ。
「その分報酬は良かったですから。それと、今度ミリーさんに相談したい事があるんですが……」
「何でも聞いてよ。この料理分くらいの力にはなるよ」
その言葉を待っていたミリーは気軽に承諾しながら、コッソリと笑う。
どんな内容の相談かは大体予想がついている。
例の剣か、十日後にある体験入団のどちらかだろう。
そして、人の居るところで相談出来ないとなれば、十中八九前者だ。
「ありがとうございます。それと、イノセンス教の本登録が本日出来ました」
「おお! おめでとう! なら、盛大に祝わなきゃだね」
大袈裟に驚いたミリーは、靴を脱いでから椅子の上に立ち、アルコール臭い空気を吸い込んだ。
「皆の者ー。サレンちゃんのイノセンス教が、なんと正式にホロウスティアに認められたよー」
店内にミリーの声が響き、意味が分かった人達は拍手をしたり盛大に声を出して祝った。
「流石氷の女王様だ!」
「イノセンス教万歳!」
「今日は盛大に飲むぞー」
ただでさえ騒がしい店内は更に騒がしくなり、サレンは程々にする様にと一応釘を刺しておいた。
それと食べ物や飲み物を決して無駄にしないようにと、イノセンス教の信者となった人達に伝えた。
「最初に会った時は右も左も分からない様な状態だったのに、あっという間だったねー」
「そうですね。色々と教えて頂き、助かっています」
「あはは。いいのいいの。これも先輩としての務めだからね」
三人揃ってお酒を飲み交わすが、アーサーが飲んでいる量を1とすると、ミリーが3でサレンは10である。
アルコール度数で言えば、何十倍もあるだろう。
サレンがお酒をお代わりする度に何も知らない人はサレンの異常な飲みっぷりに目を白黒させる。
少しばかり時間が過ぎ、サレンのお腹も落ち着いてきた頃、店内がざわざわからそわそわといった雰囲気に変わる。
サレンが店に来たことに対する喜びは勿論あるが、先日サレンの演奏を聴いていた人達は期待しているのだ。
――もう一度、ピアノを演奏してくれないかと。
しかしサレンには全くその気は無く、アーサーから話を聞くという建前で酒を飲みに来ている。
ピアノの演奏を始めれば両手が塞がり、その間酒を飲むことは出来ない。
先日は興が乗って演奏したが、今はアーサーとミリーとの会話を楽しんでいる。
だからと言ってこのままではいけないのが、店側としても悲しい所だ。
「なあ……」
「いや、店長が聞いて下さいよ……」
「でも……」
店長と数名の店員がこそこそと会話をして、誰がサレンにお願いするかの擦り付けあいをしていた。
遠目で見る分には凛々しくて綺麗だが、自発的に声を掛けるのは躊躇われる威圧感がある。
優しそうに話している間は良いが、もしも冷たい声で話されたら?
間違いなく、立ち直れないだろう。
そんな見るに堪えない争いを視界の端に捉えたミリーは、苦笑いをした。
今のところ、サレンが怒ったところを見たことはない。
見た目と酒の量以外は神官らしく、清らかであり、誠実なものだ。
「ねえサレンちゃん」
「何でしょうか?」
「今日はピアノの演奏をしないの?」
ガタッ!
サレン達の会話に、聞き耳を立てていた者達の椅子が鳴った。
会話の振りすら止めて、サレンの答えに耳を傾ける。
そして今更周りの雰囲気がおかしい事に気付いたサレンは、周りを見渡した。
期待に満ちた、不安な視線。
それを感じて、サレンは閃いた。
あまりにもゲスな事を。
「そうですね……。この中に石像の修理出来る石工の方が、良心的な価格で私の仕事を受けてくれるのでしたら、演奏するのもやぶさかではないですね」
優位なことを良いことに、ルシデルシアに頼まれていた女神像を、修理してくれる人材を探すことにした。
教会の建て替え程ではないが、石像は高価なものだ。
少しでも安くなるならば、それに越したことはない。
聖職者らしくない行動かもしれないが、金は無尽蔵ではない。
節約できるならば、それに越したことはない。
それにこの話は互いにメリットのある話だ。
勿論この酒場の中に石工が居なければ意味のない話だが、サレンが話し始めて直ぐに、客の一部がとある男に視線ならぬ死線を送ったので、居るのは分かっている。
筋肉質で頭を坊主にした、中年の男性。
サレンの視線に気づいた石工の男は、塀に睨まれたカエルの様に固まった。
何せ答え方を間違えれば、周りからフルボッコにされる。
石工の男は既に四十歳を超え、親方と呼ばれる程度の腕がある。
腕も確かでたまに怒鳴りはするものの、弟子からも慕われている。
そんな男がダラダラと汗を流し、ゆっくりとサレンの方を向いた。
「お、お安くしておきますよ?」
どんな相手にも媚びない事を信条にしている男は、嫁を相手にするような感じで、引きつった笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。お話は後程」
礼を述べたサレンはコップに残っていたマグノリアと呼ばれるカクテルを飲み干し、そっと席を立った。
ピアノのある舞台まではテーブルを避けて進まなければならないが、客が自発的にテーブルをどかしたり、無理やりどかされたりして舞台までの花道を作り出した。
若干引きながらも、サレンは礼を言いながら舞台へと上がり、椅子に座った。
さて何を弾こうかと悩みながら、鍵盤の上に指を走らせる。
あくまでも趣味程度で弾いていたので、レパートリーは乏しい。
そもそも楽譜も無しに弾けるのは、ほんの数曲だけだ。
そんな思い悩むサレンに、ルシデルシアが力を貸そうと囁いた。
ルシデルシアは魔王を統べる存在だっただけあり、様々な事が出来る。
ピアノを弾くなんて事は造作もない。
ルシデルシアの力を借りたサレンは、前回と同じように酒を煽ってから、演奏を始めた。
アーサー「何が……一体何が起きようとしているんですか?」
ミリー「見て分からないのかい? 第二次演奏会さ!」