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第63話:サレンちゃん式布教術

 テキパキと準備を進め、冒険者ギルドの出入り口の一角を借りる。


 俺の他にも布教だったり、何かの宣伝らしき事をしている人もいるので、決して俺が特別なわけではない。


 ……訳ではないのだが、俺の場合はギルド側の補填と言う意味合いがあるので、掛かる費用はゼロである。


 普通に場所を借りる場合、最低でも貢献度ランクがC以上必須であり、更に二十万ダリアほど必要となる。


 貢献度ランクも低ければ金も無いので、通常の方法で布教するのは俺の場合何年先になる事やら……。


 借りがあって良かった。


 布教を始める前にマチルダさんのご厚意で、イノセンス教の理念が書かれた紙を、量産してもらった。


 小さい紙に縮小してもらったので、これでビラ配りも出来る。


 借りたスペースにある高台の上に乗り、軽く周りを見渡す。


 アーサーとマチルダさんはビラ配り担当で、プラス二名の護衛が居る。


 後は俺が声を出せば始まるのだが、ただ適当にイノセンス教の事を話しても、興味を持たれる可能性は低い。


 何せ崇めているのは偽物であり、得られるのは回復魔法だけだ。


 ルシデルシアに確認したところ、加護は俺の任意で与えることが出来る。


 そして俺自身の力は、ディアナから間借りしている形となる。


 力の源はルシデルシアとなっており、少しややこしいが、つまるところ俺が神と言っても過言ではない。


 さて、少し気持ちを落ち着けたことだし、この世界の奴らに見せ付けるとしよう。


 異世界の営業(布教)をな!


 ゆっくりと大きく息を吸い、俺は歌い出した。







1

 

 

 

 




 ホロウスティア東冒険者ギルド。


 ホロウスティアにある他の冒険者ギルドはダンジョン関係が主流の中、ここだけは外の仕事が主となっている。


 そのため人の出入りが激しいが、ダンジョン攻略組が少ないため、強者と呼ばれる冒険者は少ない。


 そんな冒険者ギルドの前では、屋台だったりビラ配りをしてる者や、パーティーの勧誘や布教をしている者たちが居る。

 

 怒声とまではいかないが、大きな声を出して道行く人々の関心を買おうと躍起になっている。


 風の魔法を使えば声を大きくする事は出来るが、迷惑条例により禁止されている。


 なので、声を出しているのは女性より男性の方が多い。


 見目もだ大事だが、先ずは声を聞いてもらえなければいけないのた。


「あれ? 何か聞こえないか?」

「……本当だ。これは……歌か?」

 

 そんな雑多としている場所で、何故か歌が聞こえ始めた。


 決して大きな声ではない。だが、まるで耳にするりと入ってくる声に、人々は足を止めて歌のする方向に歩き始めた。


「どうしたんだ?」

「向こうの方に人集りが……あれはどこかのシスターか?」

「本当だ。それに、何か声が聞こえるが……」

「ちょっと近くに行ってみようぜ」


 歌を歌っているのは、一人のシスターだった。


 目を閉じて歌う様は神秘的であり、思わず見惚れてしまう。


 近くにはビラを持った者が居るが、配る事を忘れてシスターの事を見ていた。


 ほんの数分の出来事だが、シスターの周辺は静かになり、続々と人が集まった。


 そして歌が終わり、最後にシスターが一礼をして顔を上げた。


 その目はとても冷たいものだが、先程の歌を聞いていた者達は何故か胸を締め付けられた。


 きっと過去に、過酷な目に遭いながらも強く生きてきたのだろう。


 そう思わせる何かがあった。


「お初にお目にかかります。私はイノセンス教のシスターをしている、サレンディアナと申します」


 歌が終わったからと去る者は誰も居らず、皆がサレンの声に耳を傾けた。


 そして忘れていたとばかりに、驚いたアーサーとマチルダは持っていたビラを配り始めた。


 イノセンス教とは人の和を大切にし、全てに感謝をする宗教である。


 特別な祈りは必要なく、基本的に食事の際に一言、言葉を添えるだけ。


 基本的な治療費は他の宗教と一緒だが、教徒となった方には配慮をする。


 ホロウスティアではまだ新興の宗教のため、少しでも助けを頂けると幸いです。


 などをつらつらと話した。


 また興味がある方は後日ギルドで説明会を開催しますと、最後に伝えた。


 話す事を話したサレンは最後にもう一度一礼をし、台から降りようとしたその時だった。


「もう一度歌ってくれ!」

「アンコール! アンコール!」

「お願いします!」


 先程まで静かに話を聞いていた者達が声を上げた。


 もう一度、サレンの歌が聴きたい……と。


 さながら有名アイドルが、辻ライブをした時の様にアンコールの声が上がり始め、流石のサレンも困惑した。


 あくまでも人の目を引くために歌ったのであり、そこまで自信があった訳ではない。

 

 何よりも、場所を借りられる時間には限りがある。


 アンコールを望む声が増えるにつれ、喜捨を募るために用意した箱の中にはお金が増えていく。


 サレンはどうしたものかとマチルダに視線を送ると、マチルダはサムズアップを返した。


 愚痴をこぼしたくなるサレンだが、冒険者ギルド側から許可が出たならば仕方ない。


 下手に断っても、後々の禍根となってしまう。


「分かりました。僭越ながら、歌わせていただきます」


 ただで歌うならばサレンとしても断固として断るが、既にそれなりの額を喜捨として頂いている。


 目測でも、最低十万ダリア以上の喜捨。


 貰った分の還元は必要だろう。


 再び冒険者ギルドの周辺に、サレンの歌が響き渡った。









2




 



「サレンさんって凄いですね! もう神官じゃなくてアイドルやった方が絶対に良いですよ!」


 路上ライブ…………じゃなくて、路上布教を終えた後のマチルダさんの感想である。


「この道で生きていくと、決めていますので。それに、注目されるのはあまり得意ではないので、私には無理です」


 大の大人がアイドルなど、ただの拷問でしかない。

 しかし、良かれと思って歌ってみたが、あれ程の反響があるとは予想外だった。


 これもルシデルシアや、ディアナのせいなのかもしれんな。


『全てを余達のせいにするな。……まあ、ディアナが関係しているのは確かだろうがな』


(ほらー)


『イラつくような声を出すな。ディアナのせいもあるが、純粋にサレンの歌が上手いのも原因であるからな?』


 ……このままルシデルシアと会話を続けたいが、まだ後片付けが残っているので、後回しにしよう。


「説明会で使う部屋は、何所になる予定ですか?」

「第五会議室を借りる予定でしたが、あの様子はそれなりの人数が来ると思われますので、第二会議室に変更しておこうと思います」


 目測で七十人位は人が集まっていたからな。


 その内三十人位は来ても可笑しくない。


 会社などにあるこじんまりとした会議室ではなく、学校の教室位の広さは必要だろう。


 信徒を集め、金を集め。今の所スムーズに計画が進んでいるな。


 喜捨も数えてみたら十五万ダリア程あった。


 目標金額からしたら端金だが、一回の喜捨としてはかなりの額だろう。


 今日は久々に、ミリーさんに教えてもらった酒場で酒でも飲むかな。


「本当にサレン様には驚かされますね……まさか冒険者ギルドに顔が利くなんて」

「運が良かったのです」


 或いは運が悪かったとも言う。

 

 おっと、護衛として手伝ってくれたギルドの人にも、お礼を言っておかないとな。

 

「お手伝い頂き、ありがとうございました。もしもまだ宗教に属していないのでしたら、是非イノセンス教をお願いします」

「はい! 明後日の説明会には行かせて頂きます!」

「俺も! あんな歌声を聴いちまったら、推すしかねぇ!」


 一人目はともかく、二人目の方は何か違うする気がするが……まあ良いだろう。

 

 理念を理解し、イノセンス教の名を傷つけなければ、それで良い。

 

 今日の用事は終わったし、帰るとしよう。


 酒が俺を待っている。


 何て考えたのがいけなかったのだろう。


 いざ帰ろうとした時に、一人のギルド員が駆けてきて、マチルダさんに耳打ちした。

 

 そしてマチルダさんは、申し訳なさそうにこちらを見た。


 まああれから数日経っているので、大体察しが付く。

 

 マチルダさん本人から話を聞いたばかりだしな。

 

「呼び出しですか?」

「……はい。お疲れの所申し訳ありませんが、第三副支部長がお呼びだそうです」


 周りに人が居ることもあり、マチルダさんは正式な名称でネグロさんの事を呼ぶ。

 

 今回の件の補填の話か、それとも新たなる依頼か?


 金になる話だとありがたい。


「分かりました。アーサー。行きましょう」

「はい」


 ――そう言えばシラキリが冒険者ギルドに居るらしいが、一体何所に居るのだろうか?

アーサー「(素晴らしい……この方こそ私の……)」

マチルダ「(シス……ター?)」

護衛1「やべぇよやべぇよ。なんかこう、胸から込み上げてくる」

護衛2「ああ。ヤバい人かと思ったら、違う意味でヤバかった。ちゃんとした所で歌を聴きたい」

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