第61話:重い足取り
「そんじゃあ加工費は、両方合わせて十万だ。持ち合わせがないなら、引き取りの時でも構わんぞ」
ガイアセイバーを売ってもらえなくて少し落ち込みながらも、その事をおくびにも出さずにいつも通りの接客をドーガンはする。
流石職人と言った所か。
「用意してある。出来上がるのはどれ位だ?」
「兎の嬢ちゃんの方は二日位だが、おめえのは十日位掛かるな。刀身の調整は時間が掛かるからな」
魔導剣は剣と名前が付いているが、正確に言えば精密機器の様なものだ。
多少の修理ならともかく、一から調整をやるとなると熟練度技が必要となる。
他の剣との合体させた時のズレや、魔力の通り芯に漏れが有るか無いか。
耐久や切れ味など、他にも様々な調整が必須となる。
それを十日でやれるのは、ドーガンがドワーフの中でも凄腕だからだ。
ライラとシラキリは武器と料金を、ドーガンに渡した。
「あの、この剣を鞘が出来るまで預かって頂けないでしょうか?」
ガイアセイバーを返されたアーサーは、この剣が途方もない価値があると知り、少し尻込みをしてしまった。
一応此処に来るまで剣には厚手の布を巻いていたが、そんな状態で持ち運べる勇気は、流石のアーサーも無い。
相手が信用できない人物ならともかく、やり取りを見る限り相手は、信用出来る人物である。
このまま鞘が出来上がるまで、預けておいた方が、無用な騒動が起こることもないだろう。
「構わんぞ。ついでに軽く研いておいてやろう。それと、少し採ってきて欲しい素材がある。紙を持ってくるから少し待ってろ」
ライラ達から預かった武器を裏手に運び、ドーガンはギルドで使われている依頼書を持って、戻ってきた。
「これに書かれている奴を、ギルドへ納品してくれ。無理そうな奴があったら後で言ってくれればいい」
依頼書を渡されたライラは、特に確認もせず仕舞った。
これは依頼をやる気が無いのではなく、どうせミリーに確認しなければ、何が何処で採れるか分からないからだ。
その事はドーガンも分かっているので、見ずにしまったライラを咎めたりはしない。
「そう言えば、買った棒はどうした? 隠し持っているのか?」
ついでとばかりにドーガンは、先日サレンが買った棒の事について聞いた。
剣と違いメンテナンスは殆ど必要ないが、特殊なギミックがあるので、使ったならば一度は見ておいた方が良いと思ったのだ。
「あの棒なのですか……」
サレンは棒が戦いの最中で、粉々に砕けた事をかなり遠回しにドーガンへ伝えた。
如何に頑丈に作られた棒とは言え、聖剣や魔剣に近い性能を持っているガイアセイバーに比べれば、木の棒で鉄の剣に挑むようなものだ。
武器である棒が壊れた状態でどうやってペインレスディメンションアーマーに勝ったのか気になるドーガンだが、これ以上サレンに根掘り葉掘り聞くのは怖いので止めておいた。
我が強く、胆力のあるドワーフのドーガンも、美人で鋭い目付きの女性は怖いのだ。
「まあ壊れてしまったなら仕方ないな。どうせ売れなかったものだから構わないが、あれがなあ……」
「すみません……」
「気にすんな。また何か欲しくなったら言ってくれ」
「分かりました」
用事を終えたサレン達は店を後にして、次の目的地へと向かった。
ドーガンは顎をボリボリと掻き、読んでいた新聞を片付けると、武器を調整するための準備を始めた。
炉に火を入れ、魔石を加工するのに必要な道具を準備し、作業服に着替えた。
気持ちを切り替え、いざ取りかかろうとした時だった。
「私が来たぞー」
聞き慣れた聞きたくない声が、ドーガンの耳を通り抜ける。
このまま無視を決め込んでも良いが、丁度伝えたいこともあったので、大きなため息を吐いてから作業場から店に向かった。
「何か用か?」
「あっ、仕事中だったの? ごめんごめん」
ドーガンの店に訪れたのは、珍しく私服を着ているミリーだった。
私服であっても武器を持っているのは、それが普通なのではなく、ドーガンにお願いがあるからだ。
「気にするな。それで、いつものメンテか?」
「そうだよ。今回は少し酷使しちゃったから、結構酷いんだよねー」
先日カインと王国の手の者と戦ったミリーだが、相手は手練れであったため、武器をかなり酷使した。
街中での戦いでは、魔法の補助を最小限にしなければならないので、魔法での攻撃よりも武器を主体とした戦いとなる。
しかもミリー側は二人に対して、相手は十五人も居たのだ。
武器を道具としてしか見ていないミリーは、剣なのに投げたり、隙を作り出すために叩きつけたりと、様々な方法で使う。
そのおかげでボロボロのカインとは違い、ミリー自身は無傷であった。
「芯は曲がってるし、埋め込んどいた魔核にもヒビが入ってるな。刃もガタガタになってりゃあ……これは修理じゃなくて作り直しだな」
「あー、やっぱりそうなっちゃう?」
「分かってんならさっさと白状しろ」
メンテの費用と、作り直しの費用ならば、後者の方がかなり高くつく。
なるべく費用を掛けたくないミリーはメンテでゴリ押ししようとしたが、早々に断念する事になった。
分かっていてそんな提案をし、愛想笑いを浮かべるミリーを見て、ドーガンはため息を吐いた。
「費用はちゃんと請求しておくからな」
「仕方ないなー。ちゃんと騎士団宛てにしておいてね」
「分かっている。それと聞きたい事があるんだが、シスターの嬢ちゃん達ってここ数日何かしてたのか?」
「サレンちゃん達? 依頼で墓場の掟ってダンジョンに行っていたけど、どうかしたの?」
眉を吊り上げドーガンはミリーに待っているように言ってから、作業場に置いといたガイアセイバーを持って来た。
剣を見せられたミリーは目を見開きながら、ガイアセイバーをまじまじと見つめる。
「うっわ! これって昔、話してくれた奴でしょ。ドワーフの里の一つを壊滅させた魔物の武器で、今は国宝にしているんじゃなかったけ? 何でこんな所にあるのさ!」
「話すには話すが、他言無用で頼むぞ。お前さんだから話すが、これは気軽に話していいもんでもないからな」
ドーガンは先程サレン達と話したことを、掻い摘んでミリーに話した。
サレンやライラが墓場の掟の深層で戦えたとしても、そこまで驚く事ではない。
ハイタウロスより力が有り、死んでなければ治す事が出来るサレン。
若輩の身ながら膨大な魔力をその身に宿し、多種多様な魔法が使えるライラ。
元暗殺者で罠や索敵などの素養があると思われるアーサー。
シラキリだけは見劣りするが、それでも持っている武器は相当の業物なので、相性次第ではB級の魔物も倒せるはずだ。
なので一度調査に向かった後、助けに向かわず帰ったのだが……。
「いやーそれは予想外って言うか……なるほどなるほど……つまり、もしかするともしかするのかな?」
「なに変な顔してるんだ?」
ミリーはこれまでのサレンの情報を頭で整理し、色々と見直す。
特に初心者ダンジョンで起きた事故が一番謎だったが、その原因がサレンにあったのではないかと思い始めた。
一応事故として処理されているが、結局原因は分からないままだ。
ミリーも事故と報告したが、これまで起きなかった事なので、ずっと違和感を覚えていた。
本来有り得ない魔物が現れる。それが二度目となれば偶然で済ますことは出来ない。
だが……。
「流石にSSS級の魔物を、一人で倒せるとは思ってなかったからさー」
「嘘だと思いたいが、証拠として剣が有るからな。どうやって勝ったのかは教えてくれなかったが…………末恐ろしい嬢ちゃんだよ」
「因みに、そのうんたらアーマーってどれ位ヤバいか知ってる?」
「ペインレスディメンションアーマーだ。昔、ドワーフ達が死力を尽くして戦った時は、山が三つ吹き飛び、新たな山が二つ出来たと言ってたな。死者は五十人程だ」
魔物としては小柄であるペインレスディメンションアーマーは、強大な魔法が使えるが、何故か剣での戦いに括る面がある。
魔法には魔法で対抗する事もあるが、基本は剣で対抗する。
その為被害は出ても死者は、そう多くは出なかった。
S級認定されているならともかく、SS級やそれ以上の魔物が暴れれば、優に千人以上の死者が出る。
「SSS級としての被害なら少ないけど…………サレンちゃんが普通じゃないのは分かっていたけど、これは私の手じゃ負えないねー」
「相手が悪すぎるわな。まあ見た感じ善良そうだし、放っておくのが一番だろう」
「それがそうもいかないんだよねー」
近い将来ライラは復讐の為に、ホロウスティアを出てユランゲイア王国へと行く。
その旅には間違いなくサレンが同行し、ミリーも付いて行くとアランに伝えてある。
ユランゲイア王国は国としてはそれなりに大きく、抱えている戦力も相当なものだ。
だが、最低でもSSS級の魔物を単騎で倒せるサレンに、山を断てると言われている剣を持つライラ。
真っ向勝負ならともかく、王都を滅ぼすだけならば簡単に出来てしまうだろう。
ライラの復讐の先が何に向かうのかはまだ知らないが、ミリーの舵取りが失敗すれば、力の矛先が帝国に向く可能性もある。
ミリーも決して弱い訳ではないが、SSS級の魔物を倒せる程人間離れはしていない。
軽んじていた……わけではない。
たが、ぽっと出の人間がそれ程まで化け物だと、誰が想像できるだろうか?
「お前さんの事情は知らんが、精々死なんように頑張れよ」
「はぁー……あっ、サレンちゃん達は何処に行くか言ってた?」
「役所に行くと言ってたな」
「どうも。出来上がったら送っといてね」
今日のミリーは一応休みである。
この後は朝から酒を飲む気だったが、そうも言ってられない。
重い足取りで、サレン達の後を追うのだった。
カイン「戻ったっす」
アラン「戻ったか。実は頼みたい仕事があってな」
カイン「……徹夜明けなんっすけど?」
アラン「人が居ないんだ」
カイン「……っす」