第60話:一億の価値と義理
「おう、来たか。これが出来上がったもんだ。確認してくれ」
ライラの衝撃的な相談から数日経ち、ベルダさんとの約束の日になった。
流石に日本の本と比べると粗があるが、中々の出来と言えよう。
ぱらぱら捲るが、これならそのままでも大丈夫そうだ。
頼んでいたのは原書となる、事細かにイノセンス教の事が書いてある辞典程度の大きさの奴と、持ち運べる程度まで内容を減らした布教用の一冊。
そして、教会に貼っておく、理念が書かれている大きな紙が一枚だ。
痛い出費となるが、これは必要経費なので仕方ない。
「大丈夫そうですね。量産はどれ位の値段となりますか?」
「千ダリアで良いぞ。本当ならもう少し貰う所だが、コルトから美味い飯を奢って貰ったからな」
ベルダさんはニヒルに笑いながら、請求書と量産した時の見積もりの紙を差し出してきた。
あの店主は良い仕事をしてくれたようだ。
請求額は最初に話した通りなので残りの代金を支払い、とりあえず五十冊分の代金を払っておいた。
今ならば原版をセットしたままなので、直ぐに量産できると言う言葉に釣られてしまったのだ。
通常なら一週間位の納期だが、今なら明日には納品できるなんて言われたら、仕方のない事だろう。
因みに何故最初から五十部も刷るのかと言うと、半分程は既に購入者が決まっているのだ。
ついでに売値は千二百ダリアを予定している。
もう少し高値にするか迷いどころだが、金よりも数だとルシデルシアが言ったので、手数料程度の値段に留めた。
因みにライラ達三人からは、お金を取らずに上げる予定だ。
元を辿ればこいつらの金で作ったわけだからな。流石に更に貰うのは気が引ける。
これで準備は整ったので、遂に役所へと本登録をしに行くのだが…………。
その前にドーガンさんの所に寄り、アーサーに渡した剣を見てもらう事となった。
因みに廃教会を出る時にどこへ行くか話してあるので、今回はシラキリとライラは少し荷物がある。
前回ドーガンさんに持ってくるように言われた、素材の一部を持ってきたのだ。
一部と言うか、一つを除いてと言った方が正しいか。
今回の依頼の金でミスリルは買うことが出来たが、ウインドだがテンペストドラゴンの魔石は駄目だった。
その代わりと言っては何だが、ライラがドラゴンゾンビの魔石を持ってきた。
俺が換金したのとは別に、取っておいたそうだ。
ライラも俺と同じく魔石をいざという時の、資金にするつもりだったらしいのだが、とある事件が起きたため、シラキリへと譲ったのだ。
そう、あれはライラと一緒に寝た、翌日の事だった。
「ジー」
態々声に出してまで、シラキリはずーっとライラを睨み続けた。
どうやらライラが俺と寝た事が大層気に入らなかったらしく、ライラに対してずっとそっけない態度を取り続けた。
最初はやれやれと言った感じのライラだったが、思いの他シラキリは根に持ったらしく、待てども待てどもライラから一定の距離を取り続けた。
最終的に物で釣ったわけだが、シラキリの新たな一面を見ることが出来たと、ライラと揃って遠い目をする結果となった。
「いら……お前らか……どうした?」
少し慣れ始めた道を歩き、ドーガンさんの店に入ると、ダラダラと新聞らしきものを読んでいた。
「色々と用がありまして。先ずはこちらの剣を見て下さい」
「あん? って、おいい。どこでこんなヤバい剣を手に入れたんだ? ちょいと貸してみい」
アーサーが持っている剣をドーガンさんに見せると、ひったくる様にして奪われてしまった。
この反応からして、当たりだった様だな。
「とあるダンジョンの宝箱から手に入れた剣です。どんな剣か分かりますか?」
「どんな剣か……って、おいおい。まさか誰もこの剣の価値が分からなかったのか? ――いや、そもそも低ランクのおめえらじゃあ、この剣が出てくるような場所に潜れるわけがねぇ。何か隠しているな?」
怪しんでいると言うよりは、どんな馬鹿なことをしたのかと聞いてきてる感じだ。
「黙秘でお願いします」
「そう来るか……話してくれりゃあ鑑定費を無料にしてやるぜ。このレベルの代物を他で鑑定しようすれば、五十万は掛かるぜ?」
……鑑定だけでそんなに掛かるのか。
間違いなく凄い剣なのは確かなのだし、どんな性能か調べなくても、使うこと自体は問題ないだろう。
だが凄い剣ってことは、何かしら隠れた性能があったりするものだ。
おそらくルシデルシアなら鑑定出来るだろうが、俺だけが鑑定結果知っていても意味がない。
俺から教えれば、間違いなく不審に思われてしまう。
とは言ってもドーガンさんに、話して良いものか……。
俺が倒した、SSS級の魔物から手に入れたことを。
――五十万払うよりはマシか。
それに、ドーガンさんが他に話したとしても、信じる人はいないだろうし。
「仕方ないですね……」
「そんな睨まないでくれ。サービスに刀身が分かり難くなる鞘を作ってやるから。それで、この剣は?」
「どうやってかは伏せさせてもらいますが、その剣はとある魔物を倒したら残った物です」
「やはり宝箱からではなかったのだな」
俺がこっそりと魔石を鞄に隠すのを目撃していたライラは、目を細めて俺を睨んできた。
大きな魔石とどう見ても普通では無い剣を持っていて、宝箱から手に入れたなんて信じる者はいないだろう。
とりあえずライラの頭を撫でて誤魔化しておいた。
「魔物を……まあこのレベルの代物が宝箱から出るなんてありえないからな。それで、魔物の名前は?」
「知っているかは分かりませんが、ペインレスディメンションアーマーと言う魔物らしいです」
「おいおい。マジかよ。ヤバいシスターだと思っていたが、まさが一番ヤバい奴と戦ったっていうのかよ……」
「その……ペインレスディメンションアーマーとはどんな魔物なのでしょうか?」
知らないと思って言ったのに、ドーガンさんは知っているようだ。しかもアーサーまでも興味を持ち始めた。
なんだが変な汗が出てきそうだが、大丈夫かこれ?
「シスターさんがその名前を知っている事自体が驚きだが、ペインレスディメンションアーマーはその昔、ドワーフの里を壊滅させた魔物だ。全身鎧の人型の魔物でな。物理は勿論魔法にも強く、空間を断つほどの剣技に、山を作り出せるほどの土の魔法を使う、SSS級認定されている魔物だ」
「――えっ?」
全員の視線が俺に突き刺さり、顔を逸らしたくても逸らす方向が無い。
倒したのは俺であって俺ではないのだが、それを言っても誰も信じてくれないだろう。
「た、たまたま倒せただけですよ」
「たまたまで倒せたなら、ドワーフの里はクレーターになどならなかっただろうな。もう少し続くが、ペインレスディメンションアーマーの下位となる魔物も居るが、そいつらも剣をドロップする。見た目はあまり変わらんらしいが、鑑定すればしっかりと性能差が出てくる」
ドーガンさんは持っている剣を台の上に置き、手をかざした。
剣の下に広がる様に魔法陣が現れると、ドーガンさんが取り出した紙に吸い込まれていった。
「――やっぱり本当みたいだな。見てみろ」
武器銘:ガイアセイバ-
等級:1
属性:土
能力:巨大化・重量変化・切断強化・脆弱付与・土属性補助・自然修復・ガイアアーマー・ガイアペイン
分からない所もあるが、何か凄そうな鑑定結果が出ていた。
「この等級と言うのは何でしょうか?」
「武器の強さを表す数字だな。最低が10で、最高が1だ。因みに兎の嬢ちゃんの刀が5で、グラデの嬢ちゃんの剣が3だ。あくまでも目安だが、馬鹿にも出来ん数字だ」
どうやら物凄くヤバい剣らしいな。俺自身は数合打ち合っただけだが、その数合で棒は急に脆くなり、最後は壊れてしまった。
ペインレスディメンションアーマーも人型のくせにハイタウロス以上の膂力があり、俺の全力の攻撃を避けられる速さがあった。
「まあ数字で表せない聖剣、魔剣の類もあるが、運良く手に入る中では、間違いなく最上級だろう」
何故がドーガンさんはライラの方を見て話すが、おそらくグランソラ……神喰の事を言っているのだろう。
あの剣の異常さは製作者本人から聞いているので、等級が付かないのも納得できる。
「しかし、あの魔物を倒すとはなぁ……他の反応を見る限り、単独か?」
「もく……いえ、不幸な事故により、一人で戦いました。名前を知っていたのは偶然です」
「偶然で如何にかなるもんじゃないが……この剣だが、俺に売らないか? 一億ダリアで買うぞ」
一億……だと?
「凄い剣なのは分かりますが、それほどの価値があるのですか?」
「あんたらはミリーの連れだから言うが、この剣はドワーフの国では国宝レベルの物でな。魔物が魔物なのもあるが、世界で見ても五振りもないだろう。これを持ち帰れば、相応の待遇があるってわけだ。断ってくれても恨みはしないが、どうする?」
一億あれば金銭問題はすべて解決するだろうな……。
教会の建て替えや女神像の修復。この後控えているライラの復讐のための準備に、シラキリの学園資金。
それにアーサーには、新たな剣を買い与え得れば、問題ないだろう。
『奥の手とは、持っておくに越したことはないぞ。いざという時に、余の振るえる武器が無いと困るからな』
…………魔法だけで如何にかなると思うが、ルシデルシアレベルとなると、下手な武器は割りばしと同じなのだろう。
俺も折角ドーガンさんから買った棒を速攻で壊した訳だし。
しかし、一億を棒に振るのは勇気が必要だ。
気持ち的には、当たった宝くじを他人に譲るかどうかと一緒だ。
非常に心苦しいが、実際にペインレスディメンションアーマーを倒したのはルシデルシアだ。
…………本人が売るなと言うのならば、従ってやろう。
業腹だがな!
「すみませんが、お断りしようと思います」
「サレン様……」
何故かアーサーが感激しているが、お前はただの鞘みたいなモノだからな?
アーサーがガイアセイバーの性能を、十全に使いこなせるとは思えないからな。
なんならライラに渡しても良いが、既にライラは重装備状態だ。
「一億でも駄目か……気が変わったらいつでも買い取るから言ってくれよ。それと、その剣はドワーフの前では抜かない事を勧めるぜ。何せドワーフの国の、国宝の一つとして扱われているからな」
「分かりました」
国宝レベルの剣ね……それなら一億でも安いのだろうか?
しかし、ミリーさんには感謝だな。
適当な所でこの剣について聞けば、大騒ぎになっていただろう。
国宝が盗まれたと騒がれるか、国宝レベルの剣を奪うために、俺達に襲い掛かってくるか……。
ミリーさんは俺の怪力の事も知っているし、一応この剣について相談しておくのもありだろうか?
「鞘は明日以降取りに来てくれ、作るのにちょいと時間が必要だからな。他に何かあるか?」
「頼まれていた素材を持って来たから確認してくれ。それと、ウィンドドラゴンの魔石の代わりに、これを使えないだろうか?」
ライラはカバンから持ってきた魔石や素材を、テーブルの上に乗せていき、最後にドラゴンゾンビの魔石をドーガンに見せた。
「こりゃあ立派な魔石だな。剣に比べりゃあ驚かないが、AA級相当位か。闇と水の属性って事は…………ドラゴンゾンビの魔石か?」
ただの石ころから、何の魔物の魔石かを当てられるとは流石だな。
これがドワーフの普通なのか、それともドーガンさんが特別なのか……。
まあ一億をポンと払えるくらいなのだがら、ドーガンさんは普通ではないのだろう。
「ご名答。それで、どうだ?」
「風と違って呼び戻すなんて事は出来ないが、柄と手を鎖で繋ぐことが出来るな。利点はある程度なら操ることができることだろう。欠点は鎖を出している間は常に魔力を消費することと、距離の制限があるってことだな。だが水との混合なら、少し面白い機能も付けられるだろう」
鎖鎌……じゃなくて鎖刀か。
正に忍者の装備って感じだな。
後はクナイか手裏剣でも持たせて、衣装を整えれば良い線いきそうだ。
その方面で育てるのもありかも知れないが、正道から離れてしまっているな。
出来ればシラキリには健やかに育って欲しいものだが……。
シラキリは首と耳を一緒に揺らしながら悩んだ後、俺の方を見てきた。
「サレンさんはどう思いますか?」
「良いと思いますよ」
あっ、忍者について考えていたせいで、つい返事をしてしまった。
シラキリ「魔石ありがとうございました」
ライラ「あまり感情を露わにするではなないぞ。一時の激情は破滅を導くのだからな」
シラキリ「……はい」視線を逸らしながら
ライラ「こっちを見ろ」