第58話:未来へ進むために
俺を抱きしめていたライラの手から力が抜け、だらりと下がる。
そして空気の抜ける様な寝息が聞こえ始めた。
「寝て……しまいましたか」
馬車の中で少し寝ていたとは言え、疲れが溜まっていたのだろう。
運んで行くのも面倒だし、このまま寝てしまうか。
こんな時は力が有って良かったと思う。
ライラをベッドへと寝かせ、俺も横になる……前に、頭の頭巾を取ってから髪を結ぼう。
髪で隠れているとは言え、寝起きで見られる可能性があるからな。
さてと、寝る前にルシデルシアと少し話しておくか。
聴きたい事は色々とあるが……とりあえずライラの髪についてか。
(ライラの髪は神の生まれ変わりとか言っていたが、どういう事だ)
『余も詳しく知っている訳ではないが、神に寿命は無い。しかし信仰が薄れてくると力が失われるのだ。その力が失われる前に地上の生き物に転生する事で、力を再び蓄えるのだ。そうする事で一時的に増やした力を使って、再び信仰を得ようと頑張る』
(寿命は無いと言ったけど、死の概念はあるのか?)
『ああ。信仰が無くなるか、魂を消滅させれば死ぬ』
死なないために転生し、力を蓄えてから再び神へと返り咲く。
一応理には適っているが…………そうなると神の思惑も関わっているのだろうか?
『しかしその少女は面白き存在だな。余の剣のせいだが、神性を剣へと喰わす事で手懐けるとはな』
(回りくどく言わないで、ちゃんと説明してくれ。俺はただの一般人なんだからな)
『そう怒るではない。それに余とて数百年前の遺物だ。余が知っている事が正解とは限らぬ』
それを言われると、聞き難くなってしまうが、可能性として考えるならば、聞いておいて損はない。
ちょっとした事で、道が開ける場合もある。
(それでも聞いておいて損はないだろう? ライラは大丈夫なのか?)
『生きる上では問題無かろう。それに、神性とは一種の束縛だ。人として生きるならば、無い方が良い。だが、貴様の言っていたことを考えると、今の世界は危ういかも知れんな』
ルシデルシアが危惧しているのは、神の総数についてだろう。
どんな業界や界隈でも、バランスはとても大事なものだ。
(神が減ると問題があるのか?)
『減ることが問題と言うよりは、力を付けた神が現れる事への危惧だ。神とは自然現象を具現化した、云わば精霊の上位互換の様なものだ。一種類だけが突出し、他を蔑ろにすれば、世界は自然と滅びに向かっていくだろう』
(そんな事が分かっていれば、普通やらないと思うんだが、その言いぐさだと過去にあったのか?)
『うむ余がエデンの塔を破壊する原因となったのだが、とある国の王が神と結託して、世界を支配しようとしたのだ。あの時ばかりは余も神々と協力して事に当たった』
過去を懐かしむように、ルシデルシアは軽く笑った。
エデンの塔を壊したのにもちゃんと理由があったようだな。
そこからしばらくの間あんな事があった、こんな事があったと、おばあちゃんの昔話が続いた。
孤高の女王といった風貌であるが、案外寂しがりやなのかも知れんな。
『おほん。話を戻そう。神の生まれ変わりが起こしたらしいその事件も、神が関わっている可能性はあるな。そしてエデンの塔が無い今は、神託でしか神は人と通じることが出来ん。つまり、間違いなく国ぐるみで画策していることだな。これは余の予想だが、件の国は体よく使われているのだろう。だから余の造り出した剣も欲している可能性がある』
国……正確には公爵家に攻め込むことになる予定だが、ルシデルシアの予想があっているのならば、裏ではとんでもないことになっている事になる。
流石にというか、どう考えても俺の手で負える問題ではない。
世界の命運など、英雄や勇者といった奴らに任せれば良いのだ。
――いや、それってもしかして、ライラって事になるのではないだろうか?
(因みにライラが持っている、この剣は一体どんな剣なんだ?)
『余が下賜した時は特に銘など決めてなかったが、流石に邪剣と言われるとちと傷付くのう。そうさなあ……名付けるならば、魔王喰……いや、神喰だな』
剣の名前なんてどうでも良いが、個人的にはグランソラスの方が好きなのだが、それを言うと怒りそうなので、黙っておこう。
『使うには相応の魔力が必要なのは勿論。剣からも認められなければならん。無理に使えば、そやつの祖父の様に魂を喰らわれる。剣としての性能は勿論の事、神喰は覚醒形態を持っていてな。喰らった敵の数だけ魔力を持ち主に供給出来るのだ。持ち主次第では、大陸すら断つ事が出来るだろう』
自称世界最強である自分を殺す為に造ったのだから、凄い性能だとは思っていたが、まさかチート剣だったとはな……。
身の上と言い、持っている剣と言い、所謂主人公と呼ばれる存在だな。
それで言うと俺は、物語の中盤辺りで死に、ライラの覚醒を促す役だろうか?
あくまでも物語として考えた場合の話であり、何なら俺の中に裏ボス的存在が二人もいる。
罷り間違っても、俺が死ぬ事は無いだろう。
(念のために聞くが、この剣以外にも武器を造り出したりしたのか?)
『造り出したのは全部で二つだな。その剣と、サレンディアナに渡した杖だが、杖の方はサレンディアナが最後の魔法を使う際に砕けておるので、残っているのはその剣だけだ』
それなら安心と言いたいが、砕けた破片がどこかで悪さをしている可能性もある。
一旦知りたいことは知れたし、今日は寝るとするか。
ライラ関係で新しい問題が増えたわけだし、下手に気を揉んでも疲れるだけだ。
後は明日の俺が如何にかしてくれるだろう。
1
「で、寝たはずなんだが?」
朝までゆくっりと寝る筈が、ルシデルシアと初めて会った部屋に呼ばれた。
ルシデルシアは太々しくも椅子へ優雅に座り、紅茶を飲んでいる。
「いやな。貴様には信心を得るために頑張ってもらうが、一応今後の指針を決めておこうと思ってな。スローライフとやらを望んでいるようだが、サレンディアナ……そうだな名前も面倒だし、貴様はサレン。眠っている方をディアナと呼ぶとしよう」
「あっ、はい」
そんなことはどうでも良いので、さっさと終わらせて眠らせて欲しい。
「先ずはサレンがやっている、イノセンス教を広めるのが最も重要だ。次にライラの復讐の手伝い。ついでにシラキリの学園入学だな」
「気になっていたが、ルシデルシアは俺の事についてどれくらい知っているんだ?」
「サレンが知っていることは、余も知っていると思ってよい。ザックリならサレンの記憶を読み取れるからな」
妙に物知りかと思ったら、そんなことも出来るのか……流石と誉めたいところだが、プライバシーの侵害は止めて欲しい。
俺も健全な男…………今は女か。
「そうか」
「うむ。ついでに教会は、此処のを使うが良かろう。何やら憑いていたようだが、余が消し飛ばしておいたから、安心して良いぞ」
憑いていた……言葉の意味は分かるが、その一言で色々な点が繋がってしまう。
周辺に人が少ない理由。思いの外家賃が安い理由。長年放置されていた理由。
何が憑いていたか知りたくもあるが、聞かなかったことにしよう。
お化けとか怖いし。
「了解。他はもう大丈夫か? 早く寝たいんだが?」
「……余にそのような態度を取るのはサレンで三人目だが…………まあ良い。次で最後だ。おそらく偶像として女神像を建てると思うが、なるべく余に似せよ。その方が信仰の行き先が固定しやすいからな」
確かに教会を建てる時は女神像でも作ろうと思っていたが、ルシデルシアに似せてか……確かに女神として崇められる程度には整った容姿だが、あまり気乗りしない。
だが何かしらモチーフを考えなければならないと思っていたし、仕方ないがルシデルシアを元に建てさせてもらおう。
「呼びつけてすまなかったな。だが、細事は一気に片付けるのが余の方針だ。基本的に表に出る気は無いが、もしも命の危険に晒されたならば、いつでも呼ぶが良いぞ」
「細事か細事じゃないかなら、間違いなく大事だと思うが、その心遣いは感謝しておこう。おやすみ」
「うむ」
意識が遠くなり、気づけばベッドの上に戻っていた。
あまり寝た気はしないが、もう朝となってしまっているので、起きるとするか。
シラキリ「(ライラが戻ってこない)」
シラキリ「(……サレンさんと一緒に寝てるんだ)」
シラキリ「(フーン)」