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第56話:お疲れさまでした

 墓場の掟から馬車に乗り、ホロウスティアへと帰る。


 馬車の中ではアーサー以外全員寝てしまい、馬車の揺れる音が、僅かに車内で聞こえる。


 折角なので今の内に、アーサーにポーションを全て回収してもらった。


 それにしても、本当に色々とあった。


 過去にあった魔王との戦いもだが、この身体が本当に俺だとはな……。

 

 密かにあった、元の身体に戻れるかもしれない淡い期待は、ルシデルシアによって打ち砕かれた。


 魂が混ざり合うなんて、間違いなく危険な行為だと思うが、悪いのは異世界から召喚をしようとした奴らだ。


 それに、俺は一度命を助けられているのだし、生きていられるだけ儲けものだろう。


 助けられていなかったら、十代で終わっていた命だ。


 だからって…………男としての尊厳を失うことになったのは、やはり落ち込むものがある。


『そう落ち込むではない。貴様が女になったのは余とサレンディアナのせいかもしれぬが、もしも強引にサレンディアナの魂だけが呼び出されていれば、死んでいたのだからな』


(理性で分かっていても、感情が追いつかないんだよ) 


 何故だか分からないが、ルシデルシアに対して兄弟や親に抱くような、親愛を抱いてしまう。


 相手は本人の言う通りなら、世界最強の元魔王? だ。


 長い物に巻かれる人生を送って来た俺からしたら、へりくだるべき相手だ。


 おそらく長年魂に寄生されていた弊害だろうが、向こうも何とも思っていなさそうなので、お互い様なのかもしれない。


 そう言えば、無意識に感じていた感情は、ルシデルシアのものだったのだろうか?


(唐突な話だが、結婚とか、子供とかは居たのか?)


『伴侶も子もおらぬ。だからこそ死ぬ事で終わらせようとしたのだ。それに、男なぞ汚らわしいだけだ。余よりも強い者が現れていれば違ったも知れぬが、そんな者は神にすら居なかった』


 やはり男に対して、良い感情は持っていないみたいだ。

 

 俺の精神的な影響はルシデルシアと、眠っている方のサレンディアナから受けているのだろう。


 ありもしない記憶や、知りもしない筈のピアノの曲を弾けたのも、魂の影響だろう。


 俺の凡庸な魂と違い、二人は世界有数の人物だったのだ。


 欠けていたとしても、俺の方が押されるのは仕方のなかった事なのだ。

 

『性別など、些細な事だろう?』


(結構重大な事だと思うんだが!? 普通に結婚して、子供とかも考えていたんですけど!)


 あっけらかんと言うが、男として家庭を持つのは憧れるものがあった。


 それがこの様である。


 魂が混ざり合い、身体が変わったと言っても、結局自認は男のままだ。

 

 かと言って男にも女にも欲情しない、何とも言えない状態だ。

 

『一部の宗教では、神に身を捧げるとか何とかで、結婚を禁止したりしているのだろう? その様に考えれば良かろう。それに、貴様は云わば余とサレンディアナの子であり、親でもある。ある意味結婚している様なものだろう』


(…………その理論はおかしくないか?)

 

 俺が居なければ二人はどうなっていたか分からず、二人が居なければ、俺は二度死んでいた事になる。


 魂を癒す行為をその様に捉えるなら俺は親であるし、魂が混ざって新しい身体となった事を子をなしたと言うならば、そうなのかもしれない。


 哲学的だが、どうもルシデルシアの事を憎むことは出来ない。


 こいつはこいつなりに、俺の気持ちを軽くしてくれようとしてるのだろう。


「……サレン様?」


 虚空を見つめながらルシデルシアと話していると、アーサーが心配そうに声を掛けて来た。


 寝たふりをすればよかったな。


「どうかしましたか?」

「いえ……この剣は本当に、宝箱から手に入れたのですか?」

「そうですが、どうかしましたか?」

「……あまりにも馴染むと言いますか、これ程までの業物を本当に頂いて良いのかと……」


 まあ確かに売り払えば大金になるだろうが、アーサーは一応ライラが認めている存在であり、俺の護衛となる。


 その強さは深層での戦いで、確認済みだ。

 

 アーサーにちゃんとした武器を用意してやるってことは、俺の生存率を上げることに繋がる。


 SSS級の魔物が使っていた剣だし、強い筈だ…………多分。


 一応後でドーガンさんに、見てもらうとしよう。


「気にしないで下さい。ライラやシラキリも、かなりの武器を使っていますからね。アーサーだけ仲間外れと言うのも悪いでしょう」

「ありが……とうございます」


 アーサーは何故か涙を流しながら、感謝をしてきた。

 情緒が不安定だが、大丈夫なのだろうか?


 とりあえずペインレスディメンションアーマーの剣が、多分凄いのだろうと分かったので良しとしよう。


 ――武器で思い出したが、折角買った武器が一回の冒険で壊れてしまうとはな……相手が悪かったとはいえ、またメインが手袋となってしまう。


 黄昏ている内に馬車はホロウスティアへと入り、賑やかな音のせいで皆の目が覚め始めた。


 馬車へ乗る時に、暇潰しに抱えていたシラキリの耳がピコピコと動きだし、急に頭を上げた。


「ふみゃあ!」


 顎にシラキリの頭が直撃するも、俺ではなくシラキリが悲鳴を上げた。


 俺の方はほぼノーダメージである。

 

 元は俺の身体の筈なのに、高性能になったものだな。

  

「おはようございます。よく眠れましたか?」

「サレンさん! 無事だったんです…………此処は?」

「帰りの馬車の中ですよ。無事、依頼は達成しましたから」

 

 ぐりぐりと頭を俺の胸に押し付け、シラキリはうーうーと唸る。


 心配させたのも事実だし、少しの間好きにさせてやろう。


「……もう着くようだな」

「はい」


 シラキリの悲鳴を聞いて目を覚ましたと思われるライラは、外を見ながら呟いた。


 






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 西冒険者ギルドから転移門を使って東冒険者ギルドへと戻り、マイケルとオーレン達と別れた。


 あくまでもマイケル達は依頼の手伝いであり、報告の内容的に一緒に居られても困る。


 何か聞きたい事があれば、ネグロさんが呼び出すだろう。


 いつも通り受付に居るマチルダさんへ依頼が完了した事を告げると、そのままネグロさんの執務室に通された。

 

「待っていたよ。座りたまえ。話はそれからにしよう」


 アーサーだけが立ったままで、三人でソファーへ座る。

 これまでと同じくマチルダさんがお茶とお菓子の準備をして、部屋から出て行った。

 

「さて、報告を頼む」

「我が話そう。ダンジョンの変異の原因は、人為的な物だった。下手人は見つかると同時に毒を飲んで、死んでしまった……」


 ライラはダンジョン内で起こった事を、ネグロさんへと話した。

 

 転移トラップで深層へと送られた事を聞いたネグロさんが顔を覆ったのは、それだけ事が重大だと分かったからだろう。


 今回の事件だが、俺たち以外でギルドからの提示された条件に当てはまる人物が受けていた場合、間違いなく死んでいただろう。

 

 しかもダンジョン内での死亡なので、何があったか知る術はない。


 上層から深層まで転移させられるなんて、ギルド側も思わないだろうからな。


 罠や魔物を掻い潜り、墓場の掟最奥の転移装置を使って帰って来たと伝えたところで、ライラは一度言葉を切った。


「下手人についてだが、間違いなく王国の手の者だろう。丁度良い動機もあるしな」

「帝国に上手く恩を売り、箔付けの為に皇子を引っ張り出す……あり得なくない手だろう」


 何故かライラとネグロさんは、分かっているかの様に話すが、動機って一体何の事だ?

 

「証拠などないが、その内接触してくるだろうから、その行為が証拠だろう。我からの報告は以上だ」

「そうか……。思っていたよりも大事となってしまった事を詫びよう」


 頭を下げるネグロさんを見てると、取引先の会社に迷惑を掛け、謝りに行った時の事を思い出す。


 胃が辛いんだよなー。


「気にするなとは言わんが、今回の件はギルド内に内通者……スパイが居る筈だ。後は分かるだろう?」 

「分かっているさ。今回の件は本当に助かった。シラキリの推薦の件も、快く受けよう。依頼金はマチルダから受け取ってくれ。後の事はまた後日話そう。今日は休んでくれ」


 やはりライラが居ると楽で良い。


 しかし、動機にスパイ……きな臭いことこの上ない。


 俺は楽して暮らしたいだけなんだがな……。


「シスターサレン。話があるので、今日の夜邪魔しても良いか?」


 部屋を出てマチルダさんの所に向かう途中で、ライラが珍しく深刻そうな顔をしていた。


 間違いなく厄介事だろうが…………断ることなど、出来るはずもない。


「分かりました。部屋で待っていますね」


 この選択以外、選べないだろう。


 依頼達成の確認をしたら、今日はそのまま帰ろう。


 幸い食べ物はまだ鞄に入っているので、買って帰らなくても問題ない。


 ただ、こっそりと酒を買って帰ろうとしたら、ライラがじーっと見てくるので、諦めた。

ネグロ「はぁ……」

ミランダ「溜息を吐くと、幸せが逃げるそうですよ」

ネグロ「幸せなど、ここ最近感じたことも無い」

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