第55話:合流
「……ここは」
ルシデルシアとの会話を一方的に打ち切られ、目が覚めるとガイアの姿は消えていた。
地面には大きくくり抜かれたような穴があり、目の前には頭ほどのサイズの魔石と、ガイアが持っていた剣が落ちている。
『あー。テステス。聞こえておるか』
これは……ルシデルシアの声が頭からする。
『ふむ。心の中で余に話しかけてみよ。そうすればおそらく伝わる』
心の中で……。
(聞こえるか?)
『問題ないようだな。何かあれば話し掛けるが良い。寝ていなければ、応えてやろう』
当てになるか分からないが、いざと言う時に戦える手段が手に入ったと考えれば悪くないか。
それに知識袋としても使えるだろう。古いかもしれないが、変わらない事もあるだろうしな。
(此処ってどこなんだ? それと出るのはどうすれば良い?)
『ダンジョンの裏ボスの部屋だな。詳しくは省くが、育ったダンジョンならどこにでもある。出るにはそこの水晶に触れば外へ出られるはずだ』
思った通り知識があって良かった。
帰るついでに、魔石と剣も持って帰ろう。
幸い魔石を入れる鞄はあるので、持って帰るには困らない。
魔石の方は売らずに、いざと言う時の資金源にするとして、剣はアーサーにでも渡そう。
地味に長い階段を上がり、光り輝く水晶に触れると、ダンジョンの入り口の横にある、転移装置の上に居た。
転移装置の部屋と言っても、複数の魔法陣が床に描かれている小屋的な物だ。
「シスター……サレン?」
声のした方に振り向くと、ライラ達一行が居た。
シラキリだけはアーサーに背負われているが、怪我らしい怪我はなさそうだ。
(俺があの部屋に落ちてからどれ位経っていたか、分かるか?)
『余と話していた時間を含めれば、大体五時間程だな』
思っていたよりも時間が経っていたな。
「――その腕は?」
何故か焦燥しているライラの視線は俺の腕に注がれている。
そう言えば、ガイアの攻撃が腕を掠めていたんだったな。
怪我よりも衝撃的な事が起きたせいで、すっかりと痛みを忘れていた。
それと、しっかりと役を作らなければな。井上潤ではなく、サレンディアナとしての役を。
「落ちた先に居た魔物との戦いで、少々ありまして。ライラ達は大丈夫でしたか?」
「……うむ。幸い怪我なども無くな。シラキリについては馬鹿をした結果だ」
見ての通り無事なら良かった。
一応ダンジョンは自己責任であるが、俺の事とは関係なく手駒が減るのは勿体ないからな。
「天におります我が神よ。癒しを与えたまえ」
祈りを捧げ、腕の傷を治す。
実際は天ではなく、俺の中に居ると知ったわけだが、今更変える必要もないだろう。
この奇跡のシステムもどうなっているか、後で詳しく聞いてみるとしよう。
「少々色々とありましたが、帰るとしましょう。ああ、それとこれはアーサーにプレゼントです」
持っている剣をアーサーに渡すと、目を見開いた。
「これは……一体?」
「後でお話します。それでは魔石を換金して、東冒険者ギルドへと帰りましょう。今回は私の依頼を受けて頂きありがとうございました」
「……はい」
マイケル達は煮え切らない返事をするものの、特に反論せず、付いてきた。
歩いている間にガイアの魔石だけを持ってきた鞄に入れ、魔石袋とは別にする。
小屋から出ようとすると、転移装置の受付をしているギルド員が驚いていたが、軽く濁しておいた。
まさか低ランクの冒険者が、最奥へと落とされて帰ってきたと言っても、面倒になるだけだからな。
「お帰りなさい。原因は解明出来ましたか?」
ギルド出張所に入ると、受付の人がまた掃除をしていた。
経年劣化はあるものの、ピカピカと言える程綺麗である。
「一応はですね。この後報告に戻りますが、魔石の換金をお願いします」
「分かりました!」
何か忘れている気もするが、鞄を渡して空いてるテーブルに座る。
「私が落ちてから、ライラ達はどうしたんですか?」
「そのまま六十五層の転移装置を目指して進んだ。シスターサレンならば、何があろうと死ぬことはないと思ったからな。奴らを無事に帰す方が、シスターサレンのためになるだろう?」
いえ。後一歩で死ぬところでした。
あんな糞強い魔物に人が勝てるわけがない。
そう言えば適当に名前を付けたが、正式名称はあるのだろうか?
(あの魔物って名前はあるのか?)
『うむ? ああ。奴の名前は確かペインレスディメンションアーマーだったかのう。余にとっては雑魚だが、今の世のランクに当て嵌めるなら、SSSランクだろう』
……そんな魔物に勝てる筈ないじゃないですかー。
…………まてよそう言えばルシデルシアのせいと言っていたが、もしかして初心者ダンジョンでハイタウロスが出たのもこいつのせいでは?
(もしかして、初心者ダンジョンでハイタウロスが出たのも?)
『余が寝ていた時の出来事は知らぬが、貴様がダンジョンに入れば、何かしら起きても不思議ではなかろうな』
どうやら俺はダンジョンへと入らない方が良いみたいだな。
いや、初心者ダンジョンは何かきな臭い的なことを、馬車で誰かが話していたので、ノーカンって事にしておこう。
どうして何かが起こるのかは後で聞くとして、金策も楽じゃなさそうだ。
「そうですね。頑張って頂き、ありがとうございます」
「ふん。一応護衛であるからな。シスターサレンの方は何があったのだ? アーサーに渡した剣や先程見えた魔石を見る限り、何かあったようだが?」
――どう誤魔化すか……そのまま魔物と戦ったと言っても良いが、あまり探りを入れられたくはない。
まさか元魔王と半神の魂と混ざり合って性転換した元男など…………まあ誰一人として信じる奴なんていないか。
ああ、宝箱から手に入れたって事にすれば良いか。
「あの剣と魔石は宝箱から手に入れたんです。落ちた先であったので、つい開けてしまいました」
「……全く。宝箱は罠の可能性があるのだから、安易に開けるなと話しただろう。だが……」
「うっそ! 何これー! 何で深層の魔物の魔石がこんなに入ってるの!」
ライラの声を遮り、受付の人の叫びが響いた。
そうだ。あの鞄に大量の魔石を仕舞いこんでいたんだった。
深層に落ちてからライラが倒した、B級やA級の魔物達の魔石。
上層で戦っていた筈の俺達が持っているのは可笑しいものだ。
そりゃあ叫んでもおかしくないか。
人員削減であの受付の人しか居ないから他に知られる事はないが、念のため口止めしておくか。
ギルド員が下手な事を漏らす事は無いと思うが、あの受付だからな……。
「――シスターサレン?」
ライラがどうするかと、問いかけてくる。
少し離れてマイケル達と座っているアーサーも、何故か此方を見ている。
何だろう。どうするかの問いかけて来ただけだと思うのだが、殺るかどうかと聞いて来ている様に思えてしまう。
流石にそんな事を聞くわけにもいかないし、とりあえず権力を使って黙らせるとしよう。
副支部長の権力がどれくらいのものか分からないが、ただの受付なら口を紡ぐはずだ。
「受け取りの時に、少し話しておきましょう。そう言えば、転移させられた後に、王国がどうのと言っていましたが、結局どういう事なんでしょうか?」
「……報告の時に話す。内容的に外に漏らさぬ方が良いからな」
下手人と思われる二人は俺が治す暇も無く死んでしまったが、転移の後にライラが王国とか言っていたのを思い出した。
口ぶりからライラの生まれ故郷である、ユランゲイア王国の事だと思うが、国家間の争い……裏工作中の二人だったのだろう。
此処に居るのは俺達だけだが、マイケルやオーレンに聞かせる訳にもいかない。
出来れば俺も聞きたくない。
「あ、あのー」
ライラと話していると、受付が蚊の鳴くような声で呼んできた。
「魔石の件ですが、少々トラブルがありまして。一応ネグロさんに報告するので、誰にも言わないようにお願いします」
「わ、分かりました! 双竜ノ乱 が一万二千ダリア。精霊の友が一万八千ダリア。サレンディアナ様のパーティーが百三十万ダリアになります」
オーレン達のパーティー名は、精霊の友だったのか。双竜ノ乱もだが、何を基準にパーティー名を決めているのだろうか?
流石深層の魔物とあって、結構な金額になったな。
これを独り占め……といきたいが、今回は迷惑料と口止め料を込めて均等割りしよう。
シラキリやライラが異常に強い事を、言いふらされては今後に差し支える。
正直手遅れかもしれないが、やらないよりマシだろうし、切り捨てる時に心が痛まないで済む。
「お待たせしました。今回は予想外の事も起きましたので、緊急手当ての意味も込めて、私達が稼いだパーティの魔石の代金を三分割しようと思います」
「それは!」
「しかし!」
反論しようとしてくるのを、手で制する。
こいつらが役立たずだったのは本当だが、危険手当てについて話していなかった、俺にも落ち度はある。
事前に死ぬ危険について知っているのと、現場で知るのとでは大きな違いがある。
「今回は予想外の事が起きましたからね。それと、念のため……です」
人差し指を唇に当て、これは口止め料も含まれている事を教える。
金による信用を知っているのなら、この金を俺に返すことの意味も分かっている筈だ。
二人とも苦い顔をするが、それ以上は何も言わずに、お金を受け取った。
全額あれば廃教会を買い取れたが、今回深層の転移装置を使ったので、次回以降は深層まで一気に潜ることが出来る。
ギルドランク的には駄目だが、そこはネグロさんとの交渉してだな。
「それでは今度こそ帰りましょう。皆さん疲れているでしょうからね」
オーレン「このお金どうしよう……」
マイケル「全員で分ける……でいいか?」
サレン「お金はは私が預かっておきますね」