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第54話:元の身体など無い

 水に浮いているような浮遊感。


 俺は……ああ。ガイアに殺されたのか。


 全く。折角の異世界生活も、これで終わりか。

 結局何も分からないままだったが、一般人にはこの程度が限界だろう。


 死にたくはない……だが、理不尽な目に遭うのはこれが初めてではない。


 あの日もそうだった。


 運悪く車に轢かれ、頭から血を流しながら空を見上げていた。


 通り掛かる人々は俺を避け、轢いた車は逃げて行った。


 そう言えば、あの時はどうして助かったんだったかな……。


 確か……。


「いつまで寝ておるつもりだ?」


 ――この声は……マチルダさんに魔力を流された時に、聴こえた声と同じだな。


 傲慢で高飛車だか、従いたくなるような低くも美しい声。


 感じた浮遊感が無くなり、目を開けるとそこには……。


「……どちら様ですか?」

 

 妖美な服を纏い、黒い髪を伸ばした女性。

 頭からは二本の角が生え、苛立たしいのか、椅子に座っている状態で組んだ腕を指で叩いている。


 ついでに軽く周りを見渡すが、何処かの部屋の様だ。


 ソファーやテーブル。食器棚等があるので、所謂応接間と呼ばれる部屋だろう。


「――下郎が……と言いたいが、何も知らぬゆえ仕方なかろう。全く……滅ぼすのならば、魂の一片も残さずに消し飛ばせば良いものを……」


 女性は大きく溜め息を吐き、その後に俺を睨んで来た。


 死んだと思うのだが、一体どうなっているんだ?


「まあ座れ。貴様には一から説明をしてやろう。この世界で生きていくのならば、知っておかなければならん」


 生きていく……まだ俺は生きているのか?


 椅子に座ろうと身体を動かして気付いたが、身体は女性のままだ。

 

 腕にあった傷は無くなり、斬られた服も元通りになっている。


「先ずは余が誰かだが。余は七大魔王が頂点である、ルシデルシア・レイネシアスだ。まあ、今となっては元と付くがな」

「元?」

「既に余が死んでから、数百の年月が経っている。まあ、余が偉大な存在であるとだけ覚えておけ」

「……分かりました」

 

 名字が、俺が使った宗教の神と殆ど一緒だが、そのせいで違和感を殆ど感じなかったのだろうか?


 或いはそれ以外に原因が……とりあえず話を全て聞いてから考えるとしよう。


「少し昔話となるが、黙って聞け……余は世界で最も強く、偉大な存在であった。攻め入る人類や神を打ち倒し、常に武を示していた。だが、そんな生活も数百年も続けば飽き始めてな。配下たる魔王に留守番を任せ、旅に出たのだ」


 加護があるので神が居るのは分かっていたが、その神を倒す程とは末恐ろしいものだな。

 数百年も前となると歴史次第では消されている可能性もあるが、少し調べてみたい。


「その時に、一人の奇妙な人間の女に出会ったのだ。余とは水と油と言った感じだったが、何故か気が合ってな。しばし共に暮らしたのだ。それから……まあ……色々とあり、余は生きるのが面倒になってな。この奇妙な女に一つの提案をしたのだ」


 物凄く話が飛んだが、黙っているとしよう。怒らせると怖そうだし。


「余のせいと言う訳ではないが、所謂戦乱の時代でな。人は人同士と戦いながら、魔族や他種族と戦い、どこも余裕など無かった。だから、世界全てを巻き込んで、英雄(ヒーロー)悪者(ヴィラン)を作り出す事にしたのだ。余は魔大陸では丁度良い立場におり、奇妙な女も非凡な才能が有ったからな」


 絵本などにある、勇者と魔王の物語。

 それを人為的に起し、平和な世界を作り出そうとした……と。


 犠牲の事に目を瞑れば、きっと素晴らしい事なのだろうな。


「人間の中から才能のある若者を数名集め、最低でも魔王クラスと戦えるようになるまで育ててから世に送り出した。それと同時に余は全ての世界に対し、武力侵攻を始めた。後はトントン拍子であった。いがみ合っていた国々は協力をし、敵と定めていた魔族の一部とすら手を組んだ。そして出来上がったのが、世界の敵たる、最悪の魔族……いや、世間では確か魔神と呼ばれていたか。ただの魔族も、強すぎれば神と同列に扱われるのだと、当時は笑ったものだ」


 話してる内に、徐々に機嫌がよくなり、堪えるようにクツクツと笑う。


「笑ったと言えば、余の正体に気付いた奴らの顔も愉快であった。まさか師と仰いだ存在が、世界を滅ぼそうとしているとは思わなかっただろうからな。説得するのには苦労したが、死闘の果てに、女によって余は魂を滅ばされる手筈……だった」


 笑うのを止め、どこから現れた紅茶を一口飲んだ。

 何とも感情豊かだが、本当に死ぬ気はあったんですかね?


「だが……奴の選んだのは、余の転生であった。新しく、楽しい人生を送れと――余が自ら助けた命を犠牲にして願ったのだ。人の気など無視し、世界を捨て、余を選んだのだ。生きて帰れば聖女として耀かしい人生が待っていたものを……」


 今のところは本人の言っていた通り、ただの昔話だが、俺との繋がりが全く見えてこない。

 それに転生だ何だにしても、それだけの年月が経っているのならば、この身体は一体誰のものなんだ?


「だが戦いの中で余の魂も、奴の魂も摩耗していた。術は不発で終わり、そのまま虚空へと消えるはずだったのだが、事もあろうか奴は助けを求めたのだ。その時、たまたま異界で反応があった。魂の器を間借りする代わりに、死にかけていたその男を助けたのだ。無論、魂の状態でそんな無茶をすれば唯ではすまない」


 ――そうだ。あの日、空を見上げていたら、黒と白に耀く二つの光の玉が、空から降ってきたんだ。


 それで傷が治り、歩いて帰ったんだ。 


 あの日も、声が聴こえたんだ。助けて下さい……と。 


「余と……奴は深い眠りへとついた。魂を癒し、新たな生を迎えるために。まあ余と違い、奴は起きることなど無いだろうがな…………いや、その筈だった。余の不手際でもあったが、この世界の人間は思っていたよりも下劣だったらしい」


 ここからが、話の核心になる。そんな雰囲気を醸し出した。


「異界からの勇者……或いは聖女の召喚。それに、眠っていた奴の魂が引っ掛かったのだ。召喚されれば、待っているのは世界を巻き込んだ、新たな戦いだ。奴の願いを無下にする世界など、余が滅ぼしてやるつもりだった。たが、ギリギリのタイミングで奴は……サレンディアナは最低で最善の手を打ったのだ」


 なるほど、そこでその名前が出るか。


 そりゃあこれまでずっと俺と共に居た存在なのだから、名前に対して違和感など感じないはすだ。


「サレンディアナは貴様の承諾を得たことにより、身体をこの世界で最適な形に作り替え、喚ばれている途中で、自らこの世界に来たのだ。この時点で余は一度目が覚めてな。状況把握を行ったが、数百年も経っていて驚いたものだ。だが、余にとって大事なのはサレンディアナの事だけだ。そのまま再び眠ったのだが……」


 待て……待て待て待て。点と点は繋がったが、それ以上に嫌な単語が幾つかあった。

 

「待ってくれ。この身体が、俺の身体なのか?」

「……正確には異なるが、その身体は間違いなく貴様のだ。ただ、身体を再構築している時に、余とサレンディアナの魂が混ざった結果、性別が変わってしまったが、貴様は承諾した筈だろう?」


 確かにしたが、そんな説明も無しに……主語も無いあれに答えただけでこうなるとは思う筈も無い。

 助けられたので、代わりに助けるのは理に適っているが、だからって……。


「――元の身体に戻る事は?」

「元もなにも、それが貴様の身体だ。それに、一度歪んだ魂と肉体を、元に戻すのは神にすら不可能だ。だが、その事自体が不可抗力であったのだろうな。本来ならば、そのような形になる事はなかった」


 この身体が、俺の……井上潤なのか……そして、あの声の正体はサレンディアナと言う、女性だったのか。


 あの声に応えた時点で、助けた事になっていたのだ。


 俺の思い違いだったのだ。あまりにも現実離れしているせいか、怒りすら湧いてこない。


 俺は……これから先女性として生きなければならない……。


「貴様の心中は察するが、話を最後まで聞け。その身体はこの世界に適応した形の筈だが、三つの魂が混じった事により、不具合が生じた。貴様は、魔法が使えず、魔力も自力では感知できなかっただろう?」


 人が悲しんでいると言うのに……ある意味自業自得かも知れないが、一旦考えるのは止めて、話に集中しよう。

 

「そうですね」

「その癖、サレンディアナが得意としていた特異な魔法が使える…………消費した感覚を感じることなくな」

「――はい」


 死の淵にある人間を生き返らせる程の魔法が、普通でないのはもう分かっている。


 魔法は魔力を対価に行使するモノだ。それは奇跡や精霊魔法も同じだ。

 

 シラキリやライラ。アルバート。それとは別で、酒場で多人数に施した奇跡。


 全てにおいて、俺は何も感じなかった。


「順を追って説明をしてやろう。余は最強なだけあり、奇跡以外の全ての魔法が使えた。逆にサレンディアナは全ての魔法が使えぬ代わりに、奇跡だけは……いや、半神である奴は神の御業だけが使えた」

「半神?」

「うむ。サレンディアナは神界から追放された、人と神の合いの子だ。それを知ったのは随分と後になったが、サレンディアナは自身の信仰を糧に魔法を使う、面白い存在であった」

「自身へではなく、自身の?」

「うむ、あの馬鹿者は余を信仰対象とし、その信仰を糧に様々な馬鹿な事をやってのけた。そしてその権能を、貴様も使えるのだ。少々勝手は変わっているようだがな」


 なるほど。奇しくも俺が作り出した偶像()への祈りにより、力を得ていた訳だ。

 だがそれならばシラキリを治せたのは可笑しい。あの時はそんな信仰などなかったのだから。


「言わずとも疑問に答えてやる。勝手が違うと言ったが、貴様は余の持っている魔力すらも奇跡の対価として扱えるのだ。だからあの小娘を治す事が出来たのだ。最強たる余の魔力を持ってすれば、あの程度の事造作もない。その代わり、貴様は通常の魔法が全く使えないみたいだがな」


 魔力タンクが二つあり、片方が空でも奇跡の行使は問題なく行えると。

 しかもその片方の魔力タンクの容量は、とんでもなく大きいと。


 様々な事が分かってきたが、まだ話は終わらないみたいだし、とりあえず最後まで聞いてみよう。


「話を少し戻すぞ。サレンディアナとしても、貴様の姿が変わるのは想定外だった筈だ。奴は他人を犠牲にするのを毛嫌いしていたからな。貴様には悪いが、その姿で生きてもらわなければならない。せめてサレンディアナの魂が癒えるまでな」

「生きるのは構わないが、それってどれ位だ?」

「貴様が今広めている宗教次第だが、余への信仰が貯まればその分早く、サレンディアナの魂は癒える。そうだな……上手くいけば十年も掛かるまい」


 十年……寿命がどれだけか分からないが、決して長い年月ではない。


「サレンディアナの魂が癒えたらどうなるんだ?」

「さあな。このまま共に朽ちるか、再び転生……するのは無理か。その時考えるとしよう。余としては消滅してしまいたいが、借りは返さなければならんからな。どうなるか分らんが、貴様が生きるのには協力してやる。出来る限り、余を楽しませて見せよ」


 ルシデルシアは足を組み、踏ん反り返りながらニヤリと笑う。


 言いたい事は全て言った……って事か。


 一旦ここまでの情報を纏めるとしよう。


 その昔、俺が車に轢き逃げされて助かったのは、目の前に居るルシデルシアと、サレンディアナのおかげだった。


 その後聞こえた「助けて下さい」と言ったのはサレンディアナであり、その理由はこの世界への召喚を逃れるためだった。

 

 その声に返事をした俺は承諾したとみなされ、身体を作り変えられてこの世界へと送られた。

 

 だが魂が混ざり、何故か女性へとなってしまった。


 おそらくこの身体は俺以外の二人が混ざった物なのだろう。ただの一般人である俺の魂が勝てるとは思えないし。


 主導権が俺にあるのは、奪う気が無いからだろうな。聞いていた限りルシデルシアは死にたかったらしいからな。


 ルシデルシアとサレンディアナの過去や、人ならざる者なのは異世界なのだから別に普通だろう。


 そしてこの身体だが、性別が変わっただけではなく、不具合があった。


 魔法が使えず、サレンディアナほどの奇跡も使えない。


 この折れている角もその不具合の一つなのだろう。


 種族としては間違いなく人ではないのだろうが、強いて言うならば人造人間(キメラ)だろうな。

 

 嘆いても仕方ないし、生きていられる事を喜ぶとしよう。


 もしもサレンディアナの声に応えなかった場合、無事では済まなかったのだろうしな。

 

「……そう言えば、俺が戦っていた魔物はどうなったんだ?」

「余に掛かれば、あの程度の魔物造作もない。まあ貴様がこんな所に落ちたのは、少し余のせいでもあるからな。さて、思いの外長話をしてしまった。そろそろ戻れ。残りはまた今度話してやろう」

「え、ちょ!」


 俺が何か言う前に、意識が遠のき始めた。


 一方的に話すだけ話して放り出すとは……まだ身体の事や魔法についてとか聞きたい事があるのに、身勝手な奴だ。

ルシデルシア「今の余を見たら、あやつは笑うのか、それとも…………人生とはままならん」

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