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第53話:絶体絶命と暴走

 二体のドラゴンゾンビが出た広場を越えてからは、問題らしい問題も無く進むことが出来ていた…………今までは。


 カバンにしまった魔石の量は既にとんでもない事になり、どれだけの金額になるか今から楽しみである。

 

 そんなルンルン気分で歩いていたせいなのだろう。


 おさらいだが、ダンジョンには物理的な罠と、魔法の罠がある。


 こんな深い深層ともなれ、どちらも即死級の罠となっている。


 魔法系とは赤外線センサーみたいなものであり、人か、魔力を感知すると発動する。


 しかし高火力の魔法を撒き散らしていると、センサーを壊す事が出来るとライラが言っていた。

 

 物理系の罠は一部の壁や地面を触ると発動する、ポピュラーと言える罠だ。


 中身は色々とあるが、アーサー曰く即死毒の付いた矢や、通路なので逃げ場のない爆発が起きたりなどがあるらしい。

 

 他にも岩が転がってきたり、パーティーならば分断されたりなどもある。


 そんなアーサーはただの執事だった訳で、冒険者だった訳ではない。


 なので……まあ……不幸と言うものは、訪れる。

 

「落とし穴……か」


 魔物の出現は何故か察知出来ていたのに、突如空いた地面の穴には反応できず、落ちてしまった。


 シラキリは俺が落ちるのに反応したが、俺が背負っていた大きなカバンが悪さをした。


 綺麗に落とし穴にカバンが嵌り、俺だけ綺麗にすっぽ抜けるようにして穴へと落ちて行った。


 穴は結構深いモノだったが、こんな時のために持って来ていたのが、ドーガンさんの所で買った棒である。


 直ぐ様二メートルの状態にし、見えてきた地面へと叩きつけて衝撃を相殺した事により、無事着地できた。


「――そういう事……か」

 

 落ちた場所は、ドラゴンゾンビを倒した広場より広く、岩肌だった壁はレンガの様に綺麗になっている。

 奥の方には上へと続く階段があり、その頂点にある王座には鎧が鎮座している。


 その裏には光り輝く大きなクリスタル――ダンジョンコアと思われる魔石が、回転しながら浮いていた。


 此処は……ダンジョンで最も重要であり、最も危険な場所。


 ――言わばダンジョンの居城だ。


 鎧はまだ動き出さないので、その間に周りを見渡すも、出口らしい出口は見当たらない。


 出るには王座に座っている、鎧を倒さなければならないのだろう。

 無意識に棒を握る手に力が入り、軋む音がして我に返る。


 見ている分には平常で居られたが、いざ自分が戦わなければならないとなると、どうしても緊張……恐怖を感じる。

 だが生きて帰るには、戦わなければならないのだろう。


 俺の勘が反応しているって事は、鎧は魔物だ。

 今回罠に引っ掛かった事で理解したが、初級者ダンジョンや、床から出てくる腕に反応できたのは、相手が魔物だったからだ。


 どうして魔物に反応できているのか分からないが、頭にある折れた角のが関係しているのだろう。


 何度か深呼吸をして、何とか落ち着く。


「――行くしかないか」


 周りには誰も居ないので、自分を鼓舞する意味も込めて、口調を戻す。


 大丈夫だ。きっと、勝てるはずだ。


 足を踏み出し、階段の方へ向かう。

 

 すると鎧は立ち上がりながら腰から剣を引き抜き、階段の下まで跳んできた。


 確か確認されている墓場の掟のダンジョンボスは、Sランクの闇を統べる者(ノーライフ・キング)であり、鎧姿ではない。


 ……いや、そもそもだが、ダンジョンコアと魔物が同じ部屋に居るのが可笑しい。


 読んだパンフレットでは、ダンジョンの最奥にはダンジョンコアを守る魔物が居て、魔物を倒す事によりダンジョンコアへの道が開けると書いてあった。


 ついでに魔物を倒したとしても、ダンジョンコアさえ壊さなければ、魔物は時間経過で復活する。


 しかし魔物が復活するまでダンジョンは通常時より鎮静化し、出てくる魔物や宝箱の質が下がると書いていあった。


 さて、思考が少しズレたおかげで大分冷静になってきたな。


 目の前に居る鎧だが古臭い西洋甲冑ではなく、繋目がほとんどなく、茶色を基調とした美しい鎧である。


 頭は完全に覆われており、目元は黒いアイシールドになっていて、奥が見えない。


 持っている剣は幅広だがライラの持っている剣ほどは長くなく、此方も剣らしい銀色ではなく、茶色になっている。 

 

 鎧の魔物……仮称として、ガイアとでも呼ぶとしよう。


「話す……なんて出来ないよな!」


 跳んできたガイアは俺が話し掛けようとすると、踏み込んで剣を振ってきた。


 死の危険を感じると共に世界がスローになり、ガイアの剣へと棒を振るう。


 スローとなっている筈なのに、ガイアの動きは早く、ガイアの攻撃に合わせるのがギリギリだった。

 

 全力までとはいかないが、強さとしてはハイタウロスの時よりも強いだろう。


 なのにガイアは吹き飛ばされる事無く、逆にこちらを吹き飛ばそうと力を入れてきた。


「天におります我が神よ。迷える端魂を導きたまえ!」


 剣と棒が拮抗している間に、ぶっつけ本番のターンアンデッドと呼ばれるものを試してみる。


 どこからともなく光が降ってくるが、ガイアは俺から距離を取り、剣から放たれた黒い波動により、光は四散してしまった。


 総合的に見て俺の加護は強力なはずなのだが、その加護による奇跡を無効化出来るあたり、ガイアは高ランクの魔物なのだろう。

 

 こういうイレギュラーはライラの担当だと思うのだが、殺らなければ殺やれてしまう。


「不浄なるモノを照らす光よ。その力を我が武器に宿したまえ」


 ガイアが距離を取っている間に、アンデッド特攻を武器に宿し、自らの意思でガイアへと突っ込む。


 戦い方も、戦闘の機微も全く分からないが、待っているだけでは生き残ることなんて出来ない。


 ――此処には、俺一人しかいないのだから。


 剣から放たれた黒い斬撃を棒を振って相殺し、リーチ差を利用して、ガイアの腹へと棒を突き出す。


 しかし半身になることで棒を避け、掬い上げる様に剣を振ってきた。


 突き出した棒をガイアへと押し当て、反動を利用して横に飛ぶことで避けられたが、腕を斬られて血が滲み出てくる。


 怪我に気を取られている内に、ガイアは目の前まで接近し、剣を振り被っていた。


 ギリギリ棒を振り上げて防ぐが、俺の力を持ってしても弾き飛ばす事が出来ない。


 それに向こうの剣は綺麗なままだが、こっちの棒は既に皹や歪みが出始めている。


 かなり丈夫とドーガンさんは言っていたが、ガイアの使っている武器にぶつかる度、脆くなっている気がする。


 この棒が無くなれば、俺に剣を防ぐ術が無くなる。


 その先にあるのは、死だけだろう。


 何か……どうにかしなければ、死んでしまう。


 奇跡は無効化され、力や武器もガイアが上だ。


 速さも段違いであり、先にダンジョンコアを壊してなんて事も不可能だ。


「糞――ガァ!」


 怒りのまま力を込めてガイアを弾き飛ばすと、棒が砕けてしまった。


 だが棒の破片がガイアへと当たったのか、少しだけ苦しむような仕草をした。


 この隙が、最後のチャンスだろう。

 

「不浄なるモノを照らす光よ。眼前の魔を撃ち滅ぼさん!」


 しかし何も起こらず、僅かの間が俺とガイアの間に流れる。


「まあ、そうなるよな」


 苦しんだと言っても、タンスの角に足の小指をぶつけた程度のダメージだろう。


 俺に出来る事は無くなり、完全に詰みとなった。


 一応手袋があるが、こんなのでガイアの攻撃を避けながら殴っても、ダメージを与えられる気がしない。

 

 ――次に俺が何かするよりも、ガイアの剣が俺を貫く方が早い。


 生返事したら異世界に送られ、不慣れな女性の身体で頑張っていたのに、最後は間抜けにも落とし穴に引っ掛かり、魔物に殺されて終わる……。


 呆然とする俺をよそに、ガイアは剣を構えながら、ゆっくりと接近してくる。


 俺が何かしても、すぐ対応できるようにしているのだろう……。


 嫌だ……まだ……まだ死にたくなんてない! こんな所で死ぬなんて、絶対に!


『濃ゆい魔力を感じると思ったら……ふむ……なるほどのう。ちと分らんが、何とかなるだろう』


 動く事も出来ずにガイアを見ていると、どこからが女性の声が聞こえ、意識が途絶えた。










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「助かった。我では殺すしかないからな」

「お構いなく。それで、どうしますか?」


 突如現れた落とし穴にサレンが落ちた後、ライラ達は暴走したシラキリに苦しめられた。


 落とし穴自体は直ぐに無くなり、サレンを助けるんだと勝手に進もうとするシラキリは、ライラの静止の声を無視した。


 仕方なく無理矢理止めようとしたが、単純接近戦の腕ではライラとシラキリは同程度であり、殺すのは簡単でも、なるべく気傷つけないようにして意識を失わせるのは苦労する。


 ライラが上手くシラキリの隙を作り、アーサーが意識を刈り取る事で、暴走は終わった。


「この剣に光が宿っているのならば、シスターサレンは死んでいないはずだ。先ずは予定通り六十五層にある転移装置を目指す。良いな?」

「……サレンさんはどうするんですか?」


 出口をめざそうとするライラに、オーレンが心配そうに声を掛ける。


 転移装置は階層を移動するための階段の隣にあるので、そのままサレンを探しにダンジョンの奥に向かう事が出来る。


 しかしライラの言い様は、サレンを置いて外に戻ると、言っている様にオーレンは感じた。


 だが、ライラは別にサレンを見捨てる気などない。

 

「ふむ。言い方が悪かったな。貴様等を送り届けた後、我とアーサーで奥へと向かう。意味は伝わるな?」


 ライラだけならば報告などを後回しにして、サレンを助けに向かっただろう。


 だが、マイケルやオーレン達のパーティーが居る。


 それにシラキリの件もあるので、一度報告も兼ねて地上に戻る選択をしたのだ。


 サレンがスフィーリアの様なひ弱な存在なら、ライラもシラキリと一緒に暴走したかもしれないが、卓越した回復の加護と、ハイタウロスを吹き飛ばす膂力がある。


 下手に動かなければ、まず死なないだろう。

 

「そう……ですね」

「今回は運が悪かっただけだが……とにかく急ぐとしよう。アーサー」

「後ろは任せて下さい」


 ライラは焦る心を押し殺し、再び剣を構える。

 

 サレンが居なくても、サレンの意思を守る。


 それも、一つの信頼の形だろう。 

???「全く、余の睡眠を妨げるとは――万死に値する」

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