第49話:異常で非常な事態
フラグと言う物をご存じだろうか?
明日は早起きだから目覚ましをセットしようとしたら、セットするのを忘れてしまったり、後で追いつくと言っていた仲間が追いついて来なかったり。
色々と種類はあるが、俺の思いや、ライラが呟いた言葉はフラグだったのだろう。
「しくじった……と言った所か」
「すみません。反応が遅れました」
ライラとオーレンが周りを見渡しながら呟く。
悪い展開……ではあるが、最悪ではないだろう。
「此処は一体……」
「ダンジョン内とは言え、これだけ大規模な転移を使うなんて……」
マイケルが怯え、ベレスが戦々恐々とする。
あれから問題なく朝を迎え、再び探索を進めた。
皆が感じていた通り、五層辺りから罠が出没するようになった。
戦闘組はシラキリが罠を看破して破壊し、調査組はアーサーが看破してライラが破壊していた。
そして十一層まで来て一度合流した時に、問題が発生した。
夕食の準備を進めている時に、シラキリが怪しい音を捉えたのだ。
流石兎の獣人と褒めたい所だが、音の発生源へ向かう途中に、とあることに気付いた。
もしかして廃教会にいる時、俺が起きるタイミングで部屋に来たり、息抜きに外へ出た時に鉢合わせていたのは、俺の生活音が聴こえていたからなのだろうか?
防衛の観点からすれば悪くないが、独り言などには気を付けた方が良いだろうと思った。
そんな事を考えていると、どうみても怪しい二人組を発見した。
今現在、中層や下層に潜っているパーティーは居るが、その中に二人組は居ない。
今回の異変に関係がある存在。
そう断定し、ライラとアーサーが動いたまでは良かった。
「即死ですね。恐らく毒を仕込んでいたのだと思います……」
アーサーとライラが怪しい二人を捕縛したところ、急に苦しみだした後、あっという間に動かなくなってしまった。
それと同時に広範囲の魔法陣が足元に現れ、気付けば見知らぬところに居た。
「端から捨て駒だろう。アーサー」
「王国……ですね。これ以上はまた後程」
「うむ。分かった」
この重苦しい空気的に、まだダンジョンの中だろう。
問題は、ダンジョンの何層…………かだろう。
「これまでの広場型ではなく、通路……迷宮型となると…………」
「嘘……よね? …………だって、迷宮がある階層って……」
オーレンの呟きに、スフィーリアが動揺を露わにする。
ああ。確か念のため、墓場の掟について調べた時に書いてあったな。
「しん……そう?」
墓場の掟の上層は広場型で、中層はボス撃破型。そして、深層は迷宮型となっている。
出てくる魔物は最低B級なので、マイケルやオーレン達では何も出来ずに殺されるだろう。
一番厄介なのは、ドラゴンゾンビと呼ばれる魔物だ。
AA級と、少し特殊なランクとなっており、司祭以上の者か、光属性の上級魔法でなければ倒す事が出来ない。
物理では討伐不可であるが、しっかりと対策を立てておくと良いカモらしい。
だから上層で問題が起きたからと、このダンジョンを潰したくない理由の一つでもある。
逆に対策をしてない場合、ほぼ勝つことが出来ない最悪の魔物となる。
「シスターサレンが物資を多めに用意しているおかげで、余裕はあるが……」
「――生きて帰るのは絶望的でしょう」
此処にいるのは、一応全員冒険者ランクがD以下だ。
魔物と遭遇すれば、その時点で詰みとなるだろう。
せめてもの救いは、絶望はしているものの、暴動が起きていないことだろう。
ついでに俺のパーティーはシラキリを含め、冷静なものである。
「上を目指すか、下を目指すか……。確か深層には転移装置があったな?」
「はい。資料によりますと、三十層と五十層。それと六十と六五層にあるそうです」
「ふむ……シラキリ。前と後の、どちらの方が魔物の音は多い?」
「後ろです」
「そうか……。シスターサレン。進むのと戻るの。どちらを選択する?」
……冷静なのはありがたいが、ライラさん凄すぎませんかね?
それは置いといて、進むか戻るか……か。
ダンジョンへと潜る時間は長くても五日と伝えてあるので、その後に救援部隊が出されるだろう。
だが、此処に五日間も居るのは現実的ではない。
それに、深層まで救援部隊は来ないだろう。上層より深く潜るとは伝えていないし。
上層は一層から十四層まで。中層は十五から三十層。そして深層は三十から六十九層。
最低でも戻っていけば必ず転移装置の所まで行けるが、仮に此処が五十八層とかだった場合、かなり遠い。
もしかしたら深層に潜っているパーティーに会える可能性もあるが、望み薄だろう。
ダンジョンに居る時間が増えれば増えるほど、死の危険が迫ってくる。
俺の選択によって、死者の数が変わると言っても過言ではない。
まあこんな時に選ぶ選択肢は――決まっている。
「進みましょう。これが罠である以上、戻るのは危険です」
「待って下さい! それこそ危険ではないですか!? 僕達では、魔物に見つかった瞬間、終わりなんですよ!」
感情のままオーレンが怒鳴ってくるが、そんな事は分かっている。
分かっているのだが、そこまであわてる必要はないと思うんだよな……。
「ライラ。お願いできますか?」
「シスターサレンが何を期待しているか分りかねるが、たまには本気を出すとしよう。念のため祝福を頼む」
「私も戦います!」
ライラはA級のハイタウロス相手に、初心者装備で善戦できる程度の強さが、最低でもある。
俺の祝福と、数百万する装備があれば、多分勝てるだろう。
問題は話に割り込んできて、やる気満々に耳をピョンピョンさせているシラキリだ。
いくら強くなったからと言って、流石にここの魔物の相手をさせるのは不味いだろう。
それにライラと一緒に前線へ出られると、俺を守ってくれる壁が薄くなる。
「シラキリはアーサーと共に後方の注意をお願いします。深層である以上何があるかわかりませんので」
「分かり……ました」
若干しょげるが、シラキリに死なれると困るのは俺だ。
「……なんでそんな冷静でいられるんですか? それに俺達に勝てたからって、ライラが深層の魔物に勝てるはずがない」
オーレン程ではないが、マイケルの方も駄目そうだな。
実際にライラが戦う所を見ていないが、あの場に残ったのは知っているはずだ。
俺と一緒に、見学していたとでも思っているのだろうか?
教えたいが、箝口令が出されているので。話せないのだがな。
「心配しなくても大丈夫です。ライラなら深層の魔物を相手にしても、倒す事が出来るでしょう」
多分。
「ふっ。ならば、その信用に応えなければならんな」
別たれていた七曜剣グローリアを全て合体させ、俺の眼前へとライラは差し出してきた。
祝福をしてくれって事だろう。
前と同じでも良いが、念のため少し畏まった内容にしておくか。
「不浄なるモノを照らす光よ。その力をレイネシアナが信徒たる、ライラへと下賜したまえ」
薄暗い洞窟に眩い光が溢れ、ライラの七曜剣グローリアを白く染め上げる。
「随分と強烈ではないか。面白い」
獰猛な笑みを浮かべたライラは、ダンジョンの奥へと歩き出した。
その後ろ姿に圧せられてか、マイケルとオーレンは、ライラを止めることが出来ないようだ。
続いてアーサーがいつの間にか買った剣と、シラキリの小刀にも祝福をしておく。
「それでは進みましょう。生きて帰るために」
マイケルのパーティーも、オーレンのパーティーも、スフィーリアを除いて意気消沈としている。
何故かスフィーリアだけは俺に熱い視線を送って来るのが謎だが、これにて俺の仕事は終わりである。
後はライラに付いて行くだけだ。
どうか、何事も…………起きてしまった訳だが、無事に帰れると良いな。
1
薄暗い、墓場の掟深層。
迷宮型と呼ばれる構造をしており、一層が上層に比べて広く入り組んでいるだけではなく、罠や魔物の脅威度も桁外れとなっている。
通路の両脇には青い蝋燭が揺らめき、誘蛾灯のように冒険者をダンジョンの奥へと誘う。
深層へ入るには、最低でも冒険者ランクがA級でなければならない。
マイケルやオーレンが怯えるのも、仕方ないのだ。
蟻が人に踏み潰されたら死ぬように、迷い込んだ人が生きて出る事は不可能なのだ。
そんなダンジョンで先頭を歩くライラは、にやけそうになるのを我慢しながら、魔物を斬り伏せる。
(頼られる事がこれ程までに心地良いとはな……いや、シスターサレンだからか)
これまでライラは期待などされず、死を望まれてきた。
祖父以外の全てが敵であり、街にでれば石を投げられる。
生きてるだけで御の字。ライラ側が手を出せば、その時点で祖父の庇護があったとしても、待っているのは死だった。
誰にも期待せず、誰にも期待されず。我が道だけを行く。
幸せを願ってくれた祖父は、もう居ない。
味方となる人間は本当の意味で居なくなった……筈だった。
「ヘブンズノヴァ」
壁から現れたエルダーリッチを、白い炎をグローリアから放ち両断する。
サレンの祝福により、アンデッドモンスターに対して特効を持ち、全ての魔法に光属性が追加されている。
両断されたエルダーリッチはそのまま消滅することなく、二体に分裂してライラへと魔法を放つ。
エルダーリッチはアンデッドドラゴンと同じくAA級に分類される魔物であり、魔法でしか倒す事が出来ないが、魔法にも物理と同程度の耐性を持っている。
エルダーと付くだけあり、光以外の全ての魔法を使え、手に持っている大鎌は掠るだけで、呪いにより死に至らしめる。
ドラゴンゾンビとは違った意味で、会いたくない魔物だ。
ライラはグローリアを分解し、土の剣を一体のエルダーリッチへと投げる。
エルダーリッチは大鎌で弾いたが、剣から光を纏った石礫がエルダーリッチへと降り注ぎ、動きを阻害する。
僅かな時間だが、一対一の状況を作り出したライラはグローリアを半分に分割し、二刀流にしてからもう一体のエルダーリッチへと踏みこんだ。
ライラだけの能力では、エルダーリッチに勝つのは難しい。
光の魔法が使えない以上エルダーリッチへの有効打は封じられるので、物量で攻めるしかない。
一気に押し切れればいいが、エルダーリッチは魔物を召喚する事も出来るので、もしも召喚出来る時間を与えれば、肉壁を作られて徐々に押される事となる。
無論ライラだけの能力なので、邪剣・グランソラスを使えば、また変わってくる。
グランソラスを支配下に置ているライラだが、グランソラスは奥の手であるが、諸刃の剣でもある。
エルダーリッチに両手の剣を振り下ろすが、大鎌によって防御されてしまう。
だが、これで良い。ライラの剣は、魔法の補助でしかないのだ。
「灰と還せ。テンペストノヴァ」
風と火の複合魔法。更にサレンの祝福により光属性が追加された、三属性となる。
赤。青。白の炎がエルダーリッチを飲み込む、灼熱の檻へと閉じ込める。
徐々に身体を削られていくエルダーリッチには目も暮れず、石礫に翻弄されているエルダーリッチの隙をついて、横から斬りかかる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛aaaaー!」
声にならない怨嗟まみれの叫び声を上げ、ライラへと魔法を放とうとするが、ライラの両手の剣により、切り刻まれていく。
祝福により物理でもダメージを与える事ができ、エルダーリッチは困惑しながらも、反撃しようと藻掻く。
だがそんな反撃をライラが許す事は無く、あっという間に魔石へと姿を変えた。
魔物を倒せた事の高揚感とは別に、違う感情がライラの中で大きくなっていく。
(ああ。やはり、これは尊敬や憧憬だけではなさそうだな。だがこの感情がそうだとしても……)
サレンを取るか、復讐を取るか。
或いは両方か。
選択しなければならないが、全てはダンジョンを抜けてからの話だ。
ダンジョンでは何が起きてもおかしくない。
ライラは漲る魔力を魔法へと変え、迫りくる魔物へと突っ込んで行く。
アーサー「(相変わらずえげつない戦い方です)」
サレン「(綺麗な魔法だなー)」
ベレス「何よ……こんな魔法……あの髪の意味って本当に……」