第47話:問題ばかりが積み重なる
サレン達を見送ったマチルダは、その足でネグロの居る執務室へと向かった。
いつものように扉を叩き、返事を待ってから入室する。
「先程行かれましたよ」
「そうか……解決できると思うかね?」
ネグロは動かしていた手を止め、手を組んでマチルダを見据えた。
「さて、ただの受付である私には何とも。――尻尾は掴めたのですか?」
今回の騒動。ネグロは人為的に起こされたものだと気づいていた。
ホロウスティアは辺境であるため、他国から標的にされやすい。
その癖基本的に専守防衛に努めている。
どの様にして攻められ、どの様にして防ぐのか。
これもまた、実験なのだ。
だからと言って、それに振り回される者達からすれば、たまったものではない。
「さっぱりだ。ギルドに喧嘩を売っているのか、帝国に喧嘩を売っているのも分からん。間違いなく人為的だと思うのだが、動けない以上打てる手がほとんどない」
「それが分かっていて、何故受けたのですか?」
マチルダの攻める様な視線に、ネグロは徐々に顔を逸らしていった。
本来墓場の掟は西冒険者ギルドの管轄の仕事なので、東冒険者ギルドのネグロがやる様な仕事ではない。
聞かずに黙っていたマチルダも、流石に可笑しいと思い始め、今になって聞きに来たのだ。
ネグロは真面目ではあるが、率先して仕事をする程活発的ではない。
それはネグロがまだ青年だった頃から知っている、マチルダにはよく分かる。
何か良からぬ事を考えている何てことは思わない。けれど……。
「その……なんだ。娘に職場研修……騎士団へ体験入団させようと思ってな。その伝手のためだ」
「…………体験入団?」
ネグロは懺悔室でサレンに相談したことを、掻い摘んでマチルダへと説明した。
説明を聞いているマチルダの表情は、徐々に冷たいものへとなっていき、最後にはとても大きなため息を吐いた。
「あなたが子煩悩なの知っていますが、安請け合いし過ぎではないですか?」
「そうだな。まさかこれ程多くの横槍が、入ってくるとは思わなかったよ……」
今回の依頼。ネグロは当初、ミリーにお願いするつもりだった。
多少値が張ったとしても、ミリーならば最良の結果をもたらす。
その後酒を盗まれたり嫌味を言われる事となるが、結果が全てだ。
だが不幸な事にあちこちから横槍を入れられたのだ。
本来危険度C以上となる筈の依頼はDランクとなり、予算を理由にそれ以上の冒険者が受けるのを禁止された。
ならばと教会に掛け合うも、無理だと断られてしまった。
ダンジョンの都合上神官は必須だが、Dランクとなると中々良い人材がいない。
そんな途方に暮れていた時に思い出したのがサレンだ。
まだGランクであり、しかも丁度墓場の掟に行っているとの情報を得た。
もしもサレンに断られた場合、ギルドでは手に負えないと判断し、正式に帝国に依頼するか、ダンジョンコアを壊す事となる。
その場合責任者であるネグロは、責任を取らなければならなくなる。
流石に辞任とまではいかないが、ギルドやホロウスティアでの発言力は小さくなってしまうだろう。
「ご自身がどれだけギルドで暴れて来たか……忘れたのですか?」
「やりたくてやってきた訳ではない。そっちの方は何か掴めたのか?」
「確定ではないですが、王国が絡んでるのではないかと思います。帝国に恩を売り、婚姻式に公爵辺りを招待したいのでしょう」
「なくはないが、あまりにもリスクが大きい。戦争がしたいのか?」
「あくまでも可能性なので何とも。ともかく、あまり身勝手な行動はしないで下さいね」
ネグロの動機があまりにもしょうもなかったせいで、やる気をなくしたマチルダは軽く頭を下げてから部屋を出て行った。
「やれやれ。歳を取ったエルフは頭が固いから困る」
「それを本人に言ったら、殺されるよ?」
「拳骨を貰う程度だよ。これでも長い付き合いだからね」
ネグロしかいない部屋に、女性の声が響く。それに対し、驚くことも無く、ネグロは返事を返した。
部屋の天井が開き、そこからミリーが降りてきた。
そのまま流れる様に冷蔵庫を開けると、ジュースを取り出して飲みだした。
「騎士団は動くのか?」
「うんや。動かないよ。睨みはするけど、この程度なら手を出す程でもないからね。それよりも面倒なことがあるしね」
「第五皇子の件か?」
現在の帝国には八人の子が居る。
基本的に帝都にある学園等に通うのだが、第五皇子はホロウスティアにある学園に通いたいと言い始めたのだ。
「そうだよ。因みに今回の横槍は、それ関係もあるよ。利権って面倒だよねー」
小馬鹿にするように笑い、満足した後に一枚の紙をネグロへと渡す。
渡された紙を読んだネグロは、読み終わると紙を魔法で燃やした。
「成る程。マチルダの予想もあっていた訳だな」
「そんじゃあ、私は帰るねー」
「帰る前に一つ確認だが、あの兎の少女を連れ回したり、勉強を教えているのはこのためか?」
「さて、どうなんでしょうね?」
どちらとも取れる返事をしたミリーは、降りてきた天井へと戻り、姿を消した。
ネグロは眉間を揉みほぐし、先程の紙に書かれていた内容を反復する。
強国である帝国が揺るぐ事はありえない。
だが、絶対とは言い切れない。
「やはりとは思っていたが、まさか公爵令嬢とはね……しかも、国宝クラスを持っているとは…………」
揺れる教国。武力を求める王国。辺境へ来る皇子。魔大陸の貴族と思われる女性。
あまりにも。あまりにも。火種が多すぎる。
ネグロは一旦頭をリセットし、今日の分の仕事を始めた。
サレン達の無事を祈りながら。
1
西ギルドから馬車に乗った、十一人の冒険者達。
最年長となるのはアーサーだが、実年齢となればサレンが一番上となる。
そんな二人は静かなものであるが、マイケルとオーレン達はそわそわとしていた。
事もなさげに威圧を振りまくライラに、涼し気に本を読むシラキリ。
何やら書き物をしているアーサーと、そこに居るだけで存在感を示すサレン。
どうしても居心地が悪かった。
マイケル達はサレンが会議室へ来る前に、軽く自己紹介をしただけの仲であり、お互いがサレン達とどの様な関係すらしらない。
「オーレンさん達は、何時から冒険者ギルドに所属しているんですか?」
先に動いたのは、マイケルだった。
少しオーレンは驚くも、スフィーリアに肘で突かれて咳払いをした。
「去年からです。ユグニル学園へ入る際に、生活費を稼ぐため、三人で冒険者になったんです。マイケルさん達は?」
「さんなんか付けなくて良いですよ。俺達は単純に夢追いです。冒険者にとして大成したいんです」
生活のため冒険者になっているオーレン達とは違い、マイケル達は冒険者になりたいからなったのだ。
田舎から出て来た四人でパーティーを組み、最近冒険者になったばかりであり、不幸な事故で仲間の内の一人が死にそうになっていた所を、サレンに助けてもらった。
不幸な事故とはダンジョンでハイタウロスに襲われた時の事だが、箝口令を出されているので、暈して話した。
「そうだったんですね。僕の方もダンジョンで下手を打ってしまいまして。そんな時、サレンさんに助けてもらったんです」
「そうだったんですね。サレンさんが居なかったら、俺達は今頃どうなっていたか……」
初めてマイケル達がサレンと会ったのは、初心者ダンジョンにあるギルド出張所だった。
何ともちぐはぐな四人の中で、一番背が高く、胸部装甲も一番大きい女性だった。
ただそれよりも印象的なのは、切れ長で美しくも恐ろしい眼と、燃える様な赤い髪だろう。
一睨みされただけで背筋が凍り、ただただ怖かった。
話してみると醸し出す雰囲気とは裏腹に、シスターらしい丁寧で優しい物腰で対応をしてくれた。
アルバートを助け、支払いも実質無しにしてくれる程慈悲深い。
あの人の為ならば、頑張ることができる。
そんなカリスマを、マイケルは感じていた。
「そうですね。僕もサレンさんが居なければ、今頃犯罪奴隷となっていたかもしれません……」
あちこち駆けずり回り、冒険者ギルドへと相談しに行った際、マチルダから勧められた人物。
それがサレンだった。
「あそこに神官服を着た赤い髪の人が居るでしょ? あの人なら相談に乗ってくれるはずよ」
遂に見えた光明。
四十万なんて大金を用意できないオーレンからしたら、紹介をしてくれたマチルダには感謝しかない…………その感謝も一瞬にして吹き飛ぶ事となるが、助けてもらったのは事実だ。
サレンが座っている姿には気品があり、話しかけるのを躊躇うほどだった。
声を掛け、振り向いたサレンの顔を見たオーレンは、幼き日に自分を叱る母親を幻視した。
とにかく恐ろしく、責められている気持になった。
今すぐ宿に帰って、布団へ包まりたい衝動にかられた。
しかしフィリアを助けるためには、ここで逃げるわけには行かない。
実際に話してみると、見た目とは裏腹に優しく、親身になって話を聞いてくれた。
後程スフィーリアから話を聞いて知ったが、教会には教会のルールがあり、誰彼構わず治療してはいけない事になっている。
それもありスフィーリアはただただ悔しそうにしていたのだが、オーレンはサレンが危ない橋を渡ってくれたのだと知り、ますます感謝した。
サレンの内心を知ったらドン引きするだろうが、知らなければただの聖人である。
サレンの話題で仲良くなる両パーティーのリーダーだが、忘れてはいけないのは、この馬車にはサレンも乗っているのだ。
何かあれば捨て駒にする気分満々なサレンからすれば、何とも言えない話題である。
墓場の掟に着くまで残り三十分。
この空気に耐えられる程、サレンは強くなかった。
「すみません。ダンジョンに着く前に渡したいものがあるので、宜しいでしょうか?」
徐々に盛り上がり始めていた二つのパーティーに割って入り、五本の淡く光るポーションを取り出した。
全員が何だと怪しがるも、スフィーリアだけは目を見開いて驚いていた。
「呪いを無効化するポーションとなります。有事の際は使ってください。ですが、このポーションの事は他言無用でお願いします」
「これは……あなたが作ったのですか?」
「はい」
いつもは勝ち気で口も悪いスフィーリアも、ついつい敬語になってしまう物。
「どうしたのスフィーリア?」
様子の可笑しなスフィーリアに、オーレンは声を掛けるが、スフィーリアの目はサレンが持っているポーションに釘付けだった。
聖水や、光属性の防具ならば、そんなに驚く事はない。
だが、解呪とは通常人の手が必ず必要なのだ。
神の御心を借り、邪悪なモノを払い退ける。
それを物で代替なんて出来ないはずなのだ。
サレンが持っている解呪ポーションは、出すとこに出せば革新的な物として取り上げられるだろう。
そんな事を話そうとしたスフィーリアだが、サレンが自分の口に人差し指を当てるのを見て、息を呑んだ。
話してはいけない。そういう事なのだろう。
「な……何でもないわ」
「そう? えっと、そのポーションがあれば、大丈夫なんですね?」
「はい。あくまでも緊急時用と思って下さい。使う事の無い事が一番ですが、念には念をですので」
「ありがとうございます」
戦闘組のマイケルには二本渡し、オーレンには一本だけ渡す。
「それと、もし使わなかった場合は返却をお願いしますね。――人目に触れると大変な事になりますので」
スッと細められたサレンの目は、マイケル達の心臓を締め付けた。
逆らってはいけない。そんな雰囲気のある言葉だった。
スフィーリア「(何今の……漏らすかと思ったわ)」
フィリア「(絶対シスターではないぞ……)」
ベレス「(怖い怖い怖い怖い怖い)」