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第45話:困った時の舎弟

「文法は……大丈夫ね、スペルミスも無いし、内容もあってるね。計算も問題なしだ」


 サレンが東ギルドに帰って来た頃、ミリーはとある一室でシラキリの勉強を教えていた。


「掛け算と割り算はまだ微妙だけど、計算方法は理解した?」

「はい!」

「後は繰り返せば大丈夫かな。歴史は何度も書けばその内覚えるだろうし、一応魔法の勉強もしておく?」

「お願いします!」


 室内には様々な本が重なって置かれており、朝からずっと勉強を続けていた。


 昼飯もとある方法でデリバリーし、最低限必要となる知識をみっちりと詰め込んでいった。


 勉強をするにしても、大本となる知識が無ければ何をすればいいか分からないものである。


 算数を学ぶにしても足し算の方法や、数字の意味を理解しなければ何もできない。


 学園にもよるが、必須科目と呼ばれているものがある。


 言語。数学。歴史である。


 言葉にも種類があり、相手によって使う言葉を変えるのが常識である。

 

 それは文字にも言えることだが、何を学ぶにしても、言語とは必要となるので、必須となっている。


 数学は魔法や錬金術。買い物や執務など幅広く必要となる。

 高等な方式は専門となるが、最低限の事はこの都市では必須となる。


 歴史は誰が何をしたかではなく、この様な失敗が昔あり、その後どの様になったかを学ぶためにある。


 先人の失敗を糧に、新しい物を生み出す。


 このホロウスティアらしい必須科目だ。


 その中で最低限とは言え、シラキリは文字を覚えながら学び、入学に問題ない程度まで覚えてしまった。


 シラキリの才能もあるが、情報に精通している、ミリーの教え方が良いのだろう。

 

 ついでにこの部屋に居る、もう一人の人物の力があったからだろう。


 その人物はなるべくミリー達を見ないようにしながら、自分の仕事を黙々とこなし、昼には料理を作り二人に食べさせたりもしていた。


 シラキリとミリーの話声とは別に、部屋にはカリカリとペンを走らせる音が小さく響く。


 報告書にサインしたり、現在起きている問題への書類を書いたり、黙々と仕事をする。


「……」

「うん。ちゃんと覚えられているね。ここら辺も問題なさそうだし、放出系の魔法は苦手なんだよね?」 

「はい。纏わせれば飛ばせます……飛ばす事が出来ますが、魔法だけだと上手くいかないです」


 早速学んだ言語を活かし、話し方を治しながらミリーと話す。


「特性上仕方ないけど、シラキリちゃんなら頑張れば上位まで行けるだろうから、戦い方も学ぼうか。戦術や地理。計略なんかも、かじり程度でも覚えれば優位に立てるようになるからね」

「はい!」

「…………」


 ミリーはシラキリの頭を撫でて、これでもかと褒める。


 話を聞いている人物は、ミリーの教えている内容が微妙にズレている事に疑問を持ちながらも、黙っていた。


 先日ミリーのせいで少々手痛い目に遭わされ、シラキリを含むもう一人の冒険者ランクを修正させられ、更に先程無理難題を吹っ掛けられた。


 落ち度があるせいで断ることも出来ず、今も部屋に入り浸られている。


「おっ、良い物あるじゃん。シラキリちゃーん。リンゴジュースて飲んだことある?」

「ないです!」


 部屋に備え付けてある冷蔵庫から、勝手にジュースを取り出したミリーは、コップに注いでからシラキリに渡した。


 ミシリ。


 ペンが軋む音がした。


「君達。此処がどこだか分かっているのか?」

 

 部屋の主であるネグロは極めて冷静を保ちながら、脅すような声色で語り掛けた。


「え? 最近娘と喧嘩して大嫌いって言われた、ネグロさんの執務室?」

「……なぜ知っている?」

「そりゃあ娘さん本人から聞いたからね」


 ケラケラと笑うミリーに対し、ネグロはとうとう持っているペンを圧し折った。

 

 ネグロは娘を大事にしているが、大切に思うあまり、先日大喧嘩をした。


 現在ホロウスティアに三つある学園の内一つに通っているネグロの娘だが、将来は騎士団に入りたいとネグロに話した。


 仕事柄騎士団がどのうなものか知っているネグロは猛反発したのだが、思春期である娘もまたネグロに対して猛反発した。

 

 最終的に「お父さんの馬鹿! 大っ嫌い!」と言われ、ネグロが白い灰になったことで、喧嘩は終了となった。


 サレンに相談に乗ってもらい、建前上仲直りはできたが、ネグロにとって歴史上最も触れて欲しくない出来事だった。


「既に娘とは仲直りしている。何故此処で勉強を始めた?」

「うーん……用事のついで?」


 大きく。それはとても大きく、ネグロは頭を下げてため息を吐いた。


 悪態のの一つでも吐こうと顔を上げたその時……。

  

 扉を叩く音がした。


「マチルダです。サレンディアナ様達をお連れしました」

「……入れ」


 ミリーのせいでストレスが溜まり、サレンを呼んだ事をネグロは忘れてしまっていた。

 話が終わったらこの馬鹿を引き取って貰おうと頭を切り替え、椅子に座り直す。


「失礼します」


 部屋の惨状を知っているマチルダはすまし顔で入室するが、サレン達は部屋にシラキリとミリーが居た事に驚いた。


「あっ、サレンちゃんじゃん。何かあったん?」

「話があるからと呼ばれまして。ミリーさんは如何して此処に?」 

「何って、シラキリちゃんの勉強だよ」


 見ての通りと言わんばかりの反応に、サレンはチラリとネグロを見るが、首を横に振られるだけだった。


「この二人……ミリーについては考えるだけ無駄だ。先ずは座って……」


 来客に掛けるいつもの言葉を出そうとしたが、テーブルの上にはミリーが持ってきた本がこれでもかと広がっていた。


「……さっさと本をどかせ」

「ういー」

 


 



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 ネグロさんの執務室に入ったら、何故か朝別れたシラキリとミリーさんが居た。 


 テーブルの上には、朝ミリーさんが持っていた本よりも多い本が広がっており、現在せっせとミリーさんが片づけている。


 色々と疑問があるが、ネグロさんの言う通り考えるだけ無駄か。


 数分程で本を全て片付け、その間にマチルダさんがお茶とお菓子を用意してくれていた。


「はぁ……」

  

 前と同じく向かい合うように座るが、座ると同時に大きなため息を吐かれた。

 どうやら相当お疲れの様だ。


「呼び出してしまってすまないね。今回は少し相談があってな。君達が今日行ってきたダンジョンについてだ」


 ふむ。やはり面倒な気がするが、とりあえず聞かない事には何ともだな。


 ネグロさんは一枚の書類を渡してきた。


「先日とあるパーティー。サレンディアナは当事者だから知っていると思うが、低ランクのダンジョンとしては珍しい罠に引っ掛かった。その調査を纏めた物だ」


 墓場の掟調査報告と書かれた紙をサッと読んでいく。


 オーレン達が引っ掛かった罠だが、調査をした次の日も似たような罠が複数確認出来たらしい。


「時が経つことでダンジョンが成長し、全体的な危険度が上がる事は稀にだがある事だ」


 しかし罠が増えただけで魔物が強くなったり、ダンジョンの深さが変わったりはしていない。

 一種の変異と見られるが、原因が解明できていない。


 中層や深層に潜る冒険者にとってはそこまで脅威とはならないが、墓場の掟の上層は低ランク冒険者御用達なのだ。


 魔物は沢山湧き、買取価格は低いが怪我の心配は殆ど必要ない。


 だが、今回の件でその怪我の心配が出て来た。

 

「上層のみ危険度が上がってしまい、魔物に変化が無いため、魔石の買い取り価格は変えられない。そしてダンジョンとしてもランクが低いため、ギルド側から提示できる金額や条件に限りがある」


 使用する冒険者が少なくなったダンジョンは、氾濫防止のためにダンジョンコアを壊さなければならない。

 そうすれば一時的に大きな収入となるが、継続的な収入は無くなってしまう。


 ダンジョンを壊してしまえばギルドは勿論、帝国にも不利益となるだろう。

 

「解決できそうな上位の冒険者に頼むのも手なのだが、運悪く殆どが出払っており、残っているのも戦士系の者ばかりなのだ」


 ダンジョンを調べるにしてもその特性上、神官系か光の魔法に精通した人物が必要となってくる。


「一応大手の教会に打診はしたが、少しごたついているらしくて断られてな。他にも頼んでいるが、下手にギルドが頭を下げるのは態勢が悪い。かと言って有象無象に頼んだ所で改善しないのは目に見えている」


 報告書の最後には、上層に変異の原因があるだろうと書かれていた。

 

「ここまで話を聞いて予想出来ていると思うが、君達…………サレンディアナに依頼を出したい」


 ネグロさんが真剣に話す中、ミリーさんがスッと自分で自分を指したので、言い直した。


 俺に依頼を出してミリーさんが協力するのと、初めからミリーさんを含めて依頼を出すのでは話が変わるからな。

 

「墓場の掟で起きた変異について調べ、出来るならば解決して欲しい。報酬は二十万ダリアと、準備金として二万ダリア。更に私個人から出来るだけの礼をしよう」


 やはり依頼だったが、結局の所人が居なくてたらい回しにされた結果、俺の所まで流れて来たって所だろう。


 オーレン達の依頼を受けて治療をしたのも選ばれた一因かもしれないが、どうしたものか……。


 こんな時はとりあえずミリーさんだな。

 

 そんなわけでミリーさんの方を見る。


 するとニヤリと笑った。

 

「因みに依頼書のランクはいくつなの?」

「……Eランクとなる。私としてはCランク以上相当だとは思うが、規則だ何だと横やりが入ってな。そもそも本来なら私ではなく西の方で対処しなければならないと言うのに……」 


 唐突に愚痴を言い始めるあたり、やはり相当ストレスも溜まっているようだ。


 途中で自分が関係の無い事を話していると気付き、一言謝ってからお茶を飲んだ。


「えー、Eランクとしては破格だけど、内容とリスクを考えると釣り合わないよねー。どうせ罠に引っ掛かっても、保証してくれないんでしょう?」

「……ああ」

「戦いがある以上、危険があるのは当たり前だけど、ミスったら呪いを掛けられる可能性があるのを考えるとねー」


 オーレンの時は呪いの解呪と治療で四十万だ。今回の報酬で貰える二十万。

 もしも普通の冒険者が、依頼の途中で同じ罠に引っ掛かってしまった場合、その時点でマイナス二十万となる。


 それも依頼を完遂出来たらの話なので、そのまま依頼を破棄すればオーレン達と同じ道を辿る事になる。


「治療だけならポーションを支給できるが、呪いを解くにはどうしても神官が必要となる」

「で、その神官を雇うとなると、ダンジョンから得られる収益に対してマイナスになるから駄目って訳ね」

「さてな。一応言っておくが、断ってもらっても問題ない。無理を言っているのは分かっているからな。全く、最近は教国や王国などが忙しないと言うのに……」

「王国……と言うのは三ヶ月後の件についてか?」


 問題……所謂不幸な事は連鎖する。


 寝坊して財布を忘れ、しかも同僚が休んでその分の仕事を振られ。

 そして残業して帰ろうとしたら雨が降る。


 負のスパイラル。


 それに陥り始めている気がする。


「ああ。その髪なのだから知っていてもおかしくないか。婚姻式に合わせ軍備増強をしていると噂があってな……っと、これはあまり話していい話ではないな」


 話を理解したくないが、似たような話は歴史で学んだことがある。


 王族の関係と戦争は切っても切れないものがある。

 まあどうせ俺には関係ないし、依頼の話に戻ろう。


 この依頼の問題点があるとすれば、人手が少し足りない所だ。


 今回の依頼を受けるならば、ミリーさんの助けを得るのは難しい。


 俺達四人。時間を掛ければリスクを背負うことなく達成できるだろうが、時間が掛かってしまう。


 出来れば三日から二日程度でサクッと達成してしまいたい。


「――そうだな」

「この依頼を私じゃなくてサレンちゃんたちに直接って事は、ランク制限が設けられているの?」

「ああ。Dランクまでとなっている。下は幾らでも構わぬが、それ以上はダンジョンに入って協力をするのは禁止だ」

「また厄介な依頼だね。そんな訳だけど、どうする?」


 難易度がEのため、使って良い人材はDランクまでとは……。


 二十万。仮に一日で達成できれば、大きな収益となる。

 流石に全額を俺一人でとはいかないが、廃教会の支払いや今後の糧となるだろう。


 それに、人手については当てがある。


「受けようと思います。困っている人が居るのなら、救うのがシスターですから。手伝って貰えますね。三人共」

「はい!」

「うむ」

「お任せください」


 ランク詐欺の三人にアドニスが世話をしている新人四人。

 更にオーレン達三人が居れば、広いダンジョンとはいえ、どうにかなるだろう。

 

 何かあれば俺が無償で治療すると話しておけば、 安全面のリスクはほぼゼロと言っても良い。  


「助かるよ。それと、最後に一つ忠告をしておこう」


 肩の荷が下りたのか、軽く笑った後に俺の目をじっと見てきた。

 

「この都市は大きい分、色々としがらみが多い。重々注意しておくことだ」


 しがらみね。そんなのは会社で体験済みだ。


 それに、男から女へなった事に比べれば、殆ど些細な事だ。

サレン「(なんでここで勉強をしているのだろう?)」

ライラ「(やはりミリーはそれなりの地位に居る人間と見て違いないな)」

アーサー「(天井に抜け道がある……)」


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