第39話:邪剣・グランソラス
(上手くいったようで何よりだな)
噎び泣き、首を垂れる男を見下ろしながライラは頷いた。
瀕死の重傷となっている人間を治し、猛毒を取り除く事が出来たサレンが、男を縛っていた奴隷紋を取り除けないはずがないのだ。
(もはや治療と言うよりは、回帰させている気がするが……それこそ神の御業だろう)
サレンの事は分からないが、助けてもらったのは事実だ。今はサレンよりも、この男の事が重要なのだ。
「さて、貴様の本名は何という?」
この場に居るのは、ライラと暗殺者の男だけだ。
シラキリはサレンと共にいなくなり、今頃一緒に寝ているだろう。
なので、ライラはいつもよりも貴族らしい傲慢な態度となる。
「アーサー。アーサー・ディルムントと申します。ライラルディア様」
「今はライラだ。それに、様もいらん。お前には二つの選択肢がある。情報を話し、自由になるか。情報を話し、我と共に復讐するかだ」
ライラの中で三か月後に行動を起こすのは、既にほぼ決定事項となっている。
アーサーの実力は、狙われてたライラがよく知っている。
味方となり、シラキリと組めば心強いだろう。
「あの方の傍に居れるのでしたら、ライラと共に」
「……そうか」
先程の男の泣きようから察していたが、やはりアーサーはサレンに傾倒……恩を感じていた。
見るからに忠誠心に溢れ、慕っているのが手に取るように分かる。
だからライラは少し天井を見上げ、第二のシラキリが生まれないように、そっと祈った。
「基本的に貴様にはシスターサレン。さっきのシスターの護衛をしてもらう事になる」
「承りました」
「服は明日用意するとして……そうだな」
自分を殺しに来た暗殺者を捕らえ、仲間に引き入れたなんて馬鹿正直に話せば、寛容なサレンでもあまり良い顔をしないだろう。
とは言え、両腕が無くなるような大怪我をする状況など、普通に生活していれば訪れない。
「我を追って来た執事が暗殺者に狙われ、死にかけた所を我が助けたという事にしておこう。よいな?」
「異論なく」
「うむ。して、あの男の目的は、三か月後の婚約式に向けてで相違いないか?」
「はい。手段は問わず、妹様……メーテルと第二王子との婚約の手土産にすると」
「俗物らしい短絡的な考えだな。あの剣の価値が分からぬからおじい様から継承されなかったと言うのに……」
あまりの馬鹿さ加減にライラはため息を漏らし、祖父の遺言通りに逃げず、全て焼き尽くせば良かったと今更ながら思う。
その様子をアーサーは何とも言えぬ表情で眺める。
公爵家に居た頃のライラは、正に暴君……女帝……我が強かった。
コネリーとは違い使用人等に手を出すことはなかったが、言葉は常に刺々しく、有り余る魔力を暴走させることが少なからずあった。
ある意味貴族らしい貴族な態度を取るライラが、アーサーは苦手だった。
あの時に比べ今のライラは幾分か柔らかく、憂いている様子は祖父を心配する孫そのものだった。
「ライラル……ライラはどうして剣を持ち出して逃げたのですか?」
つい様付けで呼びそうになるが、寸での所で留めて、気になっていた事を聞く。
少しばかり悩むライラだが、アーサーを試す意味も込めて話すことを決めた。
知るのは自分だけだが、知られたら所で全く構わないから。
「あの剣はな。国に伝わっている様な伝説の剣でも、聖剣でもない。ただの邪剣だ」
「邪剣?」
一振りで山を裂き、軍を割る。それがアーサーの知る逸話だ。
ユランゲイア王国の窮地を救って来たと、小さい頃に本で読んだりした。
なのに急に邪剣と言われても、ピンとこない。
「使用者の魔力を貪り食い。怨嗟に塗れた魔法を放つ。魔力の低い者が開放すれば、その場で干からび、魔力があっても使用者を呪う。我が家の一部の者が短命だったのはそのせいだ」
「……そう……なのですね」
ライラの祖父が死んだのは、五十を少し越えた辺りだった。
しかも老衰……寿命でだ。
この世界の平均寿命が八十程度なので、あまりにも早すぎる死だ。
過去に魔物の大軍を倒すために剣を一度振るっているので、ライラの言葉と辻褄が合う。
全てを知っている訳では無いが、ライラの言葉には納得できるだけの現実味があった。
「故に愚者である我が父には剣は継承されず、我に渡されたのだ。解放の方法は口伝だが、王家には残っている可能性がある。もしも何も知らずに剣を使えば、干物の様に干からびるだろう。それがあの剣。邪剣・グランソラスの正体だ」
王家がグランソラスの事を邪剣と分かっているならば、欲しようとしないだろう。
能力や使い方だけが伝わっていると、ライラは予測している。
そして話を聞いたアーサーは疑問に思う事があった。
「ライラは大丈夫なんですか?」
「愚問だな……と言いたい所だが、所詮呪いも魔法の一種だ。ならば抗う事が出来よう」
長く伸びた髪を、ライラは見せ付ける様に持ち上げる。
「虹の悪魔……」
「うむ。家を出る間に一度使ったが、我はグランソラスを従える事が出来た。よって蝕まれる事もなく扱える」
まあ、従えた時の副作用で貴様らに後れを取る羽目になったがな……と内心呟く。
グランソラスの能力を使えず、苦手な室内戦だったとしても、負けは負けなのだ。
「我の事はどうでも良い。して、貴様の方から言っておくことはあるか? 情報については後で聞きだす故、それ以外でだがな」
後数時間すれば夜が明ける。
アーサーから情報を引き出すとなるとかなりの時間が必要となるので、別の日に回したいのだ。
寝なくてもそれなりに行動できるが、ライラも年頃なので、眠れる時は寝ていたいのだ。
「では一つだけ。シスター様の名前をお教えください」
「サレンディアナ・フローレンシア。サレンと呼べ。では、行くぞ」
ライラは併設されている家の方に帰り、付着した血を洗い流し、アーサーに一室与えた後、眠りについた。
胸の奥底で燃える復讐心を抱いたまま。
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「へっくしょん!」
くしゃみをすると同時に、目が覚めた。
何故くしゃみが出たのかと原因を探ると、一人で寝ていた筈のベッドの中に、俺のではないふくらみがあった。
そして二本のふさふさな耳が布団から飛び出しており、丁度俺の顔に当たる位置にあったのだ。
…………ああ、そう言えば急に夜起こされて治療した後、ベッドに入ったらシラキリも一緒に入って来てたんだったな。
扉の所には、シラキリの小刀と防具が置かれている。
布団を捲ると、シラキリも目が覚めたのか、目を擦っていた。
「おはようございます」
「おはよう……ございます」
ベッドから降りて外を見ると、今日も気持ちの良い晴天である。
今日はオーレンの幼馴染みの魔法戦士……そう言えば名前も言っていた気がするが、忘れてしまった。
シラキリに出して貰った水でいつも通り顔を洗い、ついでに軽く身体を拭いておく。
外に出るとライラが瞑想をしており、その隣には金髪の男が立っていた。
昨日は黒い布で顔も覆っていたので分からなかったが、中々のイケメンである。
ライラとどの様な関係かは分からないが、険悪そうには見えないな。
男は俺に気付き、頭を下げてきた。
「おはようございます」
「おはようございます。痛むところは御座いませんか?」
「問題ありません。助けていただき、ありがとう御座いました」
ふむ。近くで見ると本当にイケメンだが、どうも違和感があるな。
「シスターサレンか。こやつは我の執事だった男だ。暗殺者に狙われていてな。寸での所で助けたのだ」
「アーサーと申します。以後、宜しくお願いします」
「はぁ……」
人は増えるのは良いが……まあ執事だったのなら、何かしら技能もあるだろうし、大丈夫か。
しかし、妙な信頼感というか、尊敬の眼差し的なものを感じる気がするな。
気のせいだと良いのだが……。
「基本的にシスターサレンの護衛をしてもらおうと思っている」
「私の護衛ですか?」
「これから先、布教などで外出する機会も増えるだろう。我一人で如何にかなれば良いが、これの代金も稼がなければならん」
そう言ってライラは、分離して鞘に納められている七つの剣を見る。
ライラやシラキリが稼いだ金は、少なからず助けになっているので、オレの護衛として縛り付けるのは確かに惜しい。
ライラ程頼りになるか分からないが、そこは追々だな。
「なるほど。しかし、良いのですか? ライラの執事だったのでしょう? それに、給料なんて出ませんよ?」
「サレン様の傍に居られるのでしたら、俺……私はそれで構いません。お金などどうとでもなりますので」
「治療費は我が払うが、それとは別に本人も恩が返したいと言ってな。来てもらったのはありがたいが、今更執事など必要ない。シスターサレンが存分に使ってやってくれ」
そう言う事ならば、ありがたく使わせてもらうとしよう。
――アーサーが居れば、今日は二人に付いて来てもらわなくても、問題ないかもな。
だが見ず知らずの異性……同性と一緒というのも、むず痒いものがある。
「おはよー。おや? 見ない顔が居るね。どちら様で?」
さてどうしましょうと悩んでいると、タイミング良くミリーさんが現れた。
「我の執事だった男だ。シスターサレンの護衛として働くことになった。よろしく頼む」
「ふーん。そうなんだ。私は三人の先輩冒険者のミリーだよ。宜しくー」
「アーサーと申します。此方こそよろしくお願いします」
ひらひらと手を振るミリーさんだが、今日は武器を持っておらず、代わりに大きなカバンを持っていた。
「昨日言いそびれたけど、今日はシラキリちゃんを借りても大丈夫?」
構わないと言えば構わないが、構うと言えば構うんだよな。
「大丈夫ですよ。今日は治療に伺うだけなので、危険なことはしませんからね」
「なら借りてくよ。出来る限りみっちりと仕込んでおくからねー」
スパルタ発言をしたミリーさんは、俺の隣に居たシラキリの手を取り帰って行った。
ドナドナされていくシラキリは、少し悲しそうだった。
シラキリ「うー」
ミリー「唸らないの。ちゃんと勉強すればサレンちゃんも褒めてくれるよ」
シラキリ「!!」(耳がピーン)