第38話:深夜の訪問者
空には星々が煌めき、月明かりが闇に染まったホロウスティアを照らす。
アランは窓を開け、心地よい風を浴びながらゆっくりと酒を嗜んでいた。
そんな窓に小さな影が降りたった。
「ただいまー」
「お帰り。成果は?」
驚くこともなく、アランは窓から入ってきたミリーに返事を返す。
何が起きていたのかをアランは知っているが、流石に現場にはいなかったので、結果を知る由もない。
それなのにあたかも知っている様な言葉を投げかける。
「使ってた武器を回収しておいたよ。それと、もしかしたら口を割る鼠が出来るかもね」
「そうか。令嬢の実力は?」
「今までと一緒で、実力は出してないよ。今回なんて例の剣すら持ってなかったよ」
「ふむ。一度で良いから言い伝え通りの、力の一端を見ることが出来れば良いのだが……こればかりは仕方ないか」
飲んでいたグラスを一度テーブルの上に置き、ミリー用に準備しておいたミードを冷蔵庫から取り出した。
「おっ、気が利くじゃん」
「青翼へ会いに行った時の土産だ。うちでそれを好むのはお前位だからな」
ミードの入った瓶を受け取ったミリーは封を開け、匂いを嗅ぐ。
鼻を突き抜ける華やかな香りと、脳に染み渡るアルコール。
「うっわ。めっちゃ良い匂いじゃん。これ高いんじゃない?」
「さあな。相手は公爵だったのか?」
「そうだよ。三ヶ月後にある第二王子の婚約式までに取り返したかったんだろうね」
「そう言えばそんな情報が上がっていたな。――動く気か?」
「そんな雰囲気はあったよ。あっ、その時は私も行って良い?」
アランは出された提案に少し驚きながらも、ミリーの真意を探る。
お世辞にも、ミリーの仕事ぶりは真面目とは言えない。
結果は出すし頼りにはなるが、自分から仕事をしたのは本当に新人だった頃だけだ。
それ以降は酒をかっぱらい、騎士団候補を拉致し、私用の領収書を出してきたりと、好き勝手している。
「……遊んでくる気か?」
「まっさかー。そんな余裕があると思う? 最小でも公爵家。最大では国を相手にするかもしれないんだよ?」
ぐびーとミードを飲みながら、ミリーは笑う。
勿論図星だが、ライラの計画次第では相当苦労することになるだろう。
そうなれば、遊んでいる暇などない。
殊勝な態度を取るミリーを少し不気味に思いながらも、アランはそれ以上深く聞くのを止めておいた。
こんな騎士団に居るのだ。相応に暗い思いを抱えている。
そこに踏み込むのは、黒翼騎士団では御法度なのだ。
「あまりのめり込むなよ。お前はこの騎士団に、必要な人員なんだからな」
「大丈夫だよ。これまで私が下手を打ったことはないでしょう? そうそう。少し話は変わるけど、例の違法奴隷商だけど、鼠を見つけたから枝を付けといたよ。帰ってきたら直ぐに見つけられるだろうね」
ミリーはサレンが引きこもっていた三日間の間に、シラキリから情報を聞き取り、違法奴隷商を探っていた。
その結果、兎の獣人を探している人物にたどり着いたのだ。
後は見張りを張り付け、本体となる奴隷商が帰って来次第、現場を押えるか、証拠を集めて捕まえるだけだ。
「そうか。いつもこれ位勤勉に働いてくれれば、俺も困る事はないんだけどな」
「私は私の為に頑張るって決めてるのよ。それに、成果ならここで一番出しているはずだけど?」
「それが本当に不可解でならんよ。他に何か報告はあるか?」
黒翼騎士団の裁量は他に比べて多い代わりに、辛く長い仕事が多い。そんな中でミリーは短期間で結果を出し続けて来た。
ミリーが望むならば、他でいくらでも華やかな仕事は出来るだろう。
それなのに、ミリーは自分の意思で黒翼騎士団に居る。
「必要かどうかは微妙だけど、その奴隷商に狙われている子の成長が著しいね。今日も暗殺者の隊長格と対等にやりあっていたよ」
「まだまともに戦う様になって、そんなに経っていないのではなかったか?」
「そうなんだけどねー。戦い方についてはまだまだ拙いんだけど、あの子の性格と使っている武器の相性が良いのかもね」
「お前が前に頼んでいた、斬る事に特化した東方の剣だったか? 強度と重さが微妙とか言っていた気がするが?」
ミリーがいつも使っているのは、少し刀身の太いカトラスだ。
斬ると言うよりは叩きつける様な使い方をし、刀身に風を纏わせて切れ味を上げている。
とある筋から手に入れた情報で刀の存在を知り、自分用に小刀を作るように依頼を出したが、いざ出来上がったものはミリーとは相性が悪かった。
確かに切れ味も良く、岩程度なら両断できる。しかし手入れの手間や、本気で使ってみたら、折れて刀身が吹き飛んでしまった。
使い方が悪かったと言えばそれまでだが、ミリーは一つの武器を極限まで使うのではなく、様々な武器を必要に応じて使い分ける戦い方をする。
使い手の練度を求めてくる刀は、微妙だったのだ。
「あれは使い手次第の武器だからね。斬るという概念だけで見れば至高の武器だよ。雑念無く、決められた線を迷うことなくなぞる事で、魔力を纏わせなくても岩や鉄位容易く切り裂ける。あの子には、人にはあるべき迷いが無いんだよね」
「――そうか。道を外れる様なら、適切に対応してくれ」
人にはあるべき迷いが無い。
それがどれだけ危険なことか、裏の世界の事をよく知っているアランにはよく分かった。
だからもしもの時は、ミリーに殺すように念を押しておいた。
「分かってるよ。あっ、もしかしたら学園に通わせるかもしれないから、その時は推薦状をよろしく」
「学園と言うことは、中央のどれかだろう? 学力は大丈夫なのか?」
訝しむアランだが、ホロウスティアには学校と学園の二種類がある。
主に規模が違うのだが、ホロウスティアでは都市の中央にある三つの学舎を指す時に使われることが多い。
どの学園も学力は勿論、何かしら専門的な技能が必要となる。
殆どの枠が貴族席となるので、孤児なんかではまず入学することなど出来ない。
入学費もそうだが、相応の身元を保証する推薦状が必要となる。
「多分大丈夫だと思うよ。物覚えも良いし、将来こっちに引き込むなら相応の知識もあった方が楽だからね」
「お前が決めたなら任せるが……推薦状か。面白い。俺も少し動くとしよう」
マフィアらしいニヒルな笑みを、アランは浮かべた。
後何か報告をすることはあったかなーと、既に半分以上無くなったミードを飲みながらミリーは考える。
(サレンちゃんは……まあ、いっか)
今頃、暗殺者の治療でばたばたしているであろうサレンを思い浮かべる。
朝になれば、あの男も五体満足となっていることだろう。
サレンの力は本物なのだから。
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夜も深まった丑三つ時…………いや、何時かは正確に分からないが、いきなりシラキリに起こされた。
急患ですと言われ、回らない頭を働かせながら、いそいそと着替え、礼拝堂に向かうと、暗闇で蠢く大きな芋虫が居た。
――訂正だ。両手を無くした男が床に転がっていた。
シラキリのような少女ならば、泣き叫んでしまいそうなほど酷い惨状だ。
横に居るシラキリを見れば、きょとんと首を傾げるだけだ。
これ、本当に治していいのだろうか?
そう考えていると、廃教会の古びた木製の扉が音を立てて開き、光が差し込んできた。
光により男の姿が浮かび上がったのだが、全身を黒一色に染めた、どう見ても怪しい姿をしている。
「我が後程対価を払う故、すまぬが治療してやってくれぬか?」
廃教会に入ってきたのは、火の玉を浮かべたライラだった。
しかも所々に赤い液体が付着しているように見えるが、きっと火の玉のせいで赤く見えるだけだろう。
……そうだよね?
さて、気を取り直してまずは治すとするか。流石にもうそろそろ危なそうだからな。
「わかりました」
内心驚きすぎて、睡魔とは別で頭が回らないが、何とかなるだろう。
「天で見守りし我が神よ。どうか彼の者の罪を許し、癒しを与えたまえ」
手を眼前で組んで、目を閉じる。
光が収まった位で目を開けると、腕を生やした男が、驚きながら固まっていた。
「ない……無い! 紋章が無くなっている! 俺は……俺は!」
男はポロポロと涙を流しながら叫んだあと、蹲って号泣を始めた。
夜だから静かにしてほしいのだが、俺が寝ている間に一体全体何が起きているんだ?
とりあえず、シスターらしい事をしておくか。
「あなたがどれだけの罪を重ねてきたか、私には分かりません。ですが、あなたが望み、未来を見据えるというのならば、神はあなたの未来を祝福するでしょう」
男は泣き腫らした顔を上げ、俺を見た後に深く頭を下げた。
状況は全く分からないが、後はライラに任せれば良いだろう。
まだ眠いので、俺は二度寝するとしよう。
少し覚束ない足取りでベッドへと潜り込み、目を閉じる。
なんかふかふかした二本の棒的なモノが顔を突いた気がするが、きっと気のせいだろう。
おやすみなさい。
サレン「スヤー」
シラキリ「スヤー」