第33話:力を調整しよう
「その事については今はよい。それよりも、ミリーさんに聞きたいことがある」
顔を逸らしていたライラが俺に話し掛けられる前に、ミリーさんに話し掛ける。
ここで話を聞き始めれば長くなるだろうし、またの機会で良いか。
「何々?」
「先ずはこの紙に書かれている素材を見てくれ」
いつの間にかドーガンさんから貰っていた紙を、ライラはミリーさんに渡した。
それを軽く読み進めているミリーさんだが、眉間にシワが寄っていく。
「また随分と可笑しな素材だね。何かの依頼……にしては随分と高難易度だし、この筆跡はドーガンのっぽいから、もしかして武器の強化素材?」
「その通りだ」
あっさりとミリーさんはライラの目的に気付くが、眉間のシワは消えない。
「何個かは良いけど、このウィンドドラゴンとキメラの魔石。後ミスリル鉱石は厳しいね」
「厳しいとは、どの様に厳しいのだ?」
「ドラゴン系が出てくるダンジョンは、最低でもAランクからなんだよね物理的にダンジョンに入ることが出来ないよ。かと言って野良の倒しに行くには行って帰ってくるだけで十日以上掛かるから大変って訳さ。キメラはC級のダンジョンにも居るけど、結構奥の方だから泊りの装備が必要となるね」
ランク規制でダンジョンに入れないのならば、どうしようもないな。
そしてこの都市から出て遠出するのは構わないが、ベルダさんに依頼している件が有るので、俺は一緒に行く事が出来ない。
つまり、もし遠征するならば、十日間俺一人での生活が余儀なくされる。
――無理だ。俺を一人残すという事は、赤ん坊に留守番を任せるのと同意義である。
ライラたちが帰ってくる頃には、死んでいるか売られているだろう。
若しくは捕まっているかもしれない。
「ミスリル鉱石についてだけど、今品薄なんだよねー。一応ダンジョンでも取れるんだけど、これも最低Bランクから。今はグラムで五十万ダリアだったかな?」
お金の単位は国ごとに違うのに、重さや時間。長さの単位は日本と一緒なんだよな。
その癖一ヶ月が五十日だったり、暦がよく分らんかったりする。
恐らく過去に転生者とかが居たのだろうと思うが、やるからには全部統一しろよ。
特に食材の名前とか。
「流石に高いな……その三つ以外はどうにかなるのか?」
「他は高くてもC級のダンジョンだから大丈夫だよ。まあ、私がいないと駄目だけどね」
元となる武器のポテンシャルが高いせいか、その分強化に掛かる金額が上がってしまう。
ある意味本末転倒かもしれないな。
そもそも強化しなくても問題ない気がするが、それを言うと三人から白い目で見られそうなので止めておく。
「ならばさっそく三つ以外の素材を取りに行きたいのだが、お願いできるか?」
「説教のせいでやる気が出ないけど、付いて行く位なら別に良いよ。けど、四人で?」
ミリーさん含め三人が俺へ振り返る。
まあ振り返った理由は分かる。
俺だけ防具もなければ武器も無い。一応手袋があるが、これは対人用である。
さて、ここで改めて他の方々の装備を見てみよう。
ライラは新人冒険者がしてそうな防具に全身を包み、大量の剣を装備している。
シラキリはライラよりも少し装甲のある防具と、腰の後ろに二本の小刀を装備している。
ミリーさんはシラキリよりも大振りの剣を腰の後ろに装備し、盗賊っぽい感じの装備をしている。
俺はざっくり言えば布の服と皮手袋だ。
可笑しいね!
出来れば待っていたいが、今回は俺も金が欲しいので、俺も一緒に行くつもりである。
「宜しければ私も付いて行って良いですか? 少々お金が必要でして」
「うん……なあ良いか。そう言えば魔法の講習は受けたの?」
…………あっ、そう言えば完全に忘れていたな。ふむ。出来れば一緒に行きたいが、今日は講習を受けておくとするか。
魔法が使えるようになれば、前みたいにハンマーを使う必要がなくなるからな。
「完全に忘れていました……。そうですね。今日は講習を受けることにします」
「了解。全く魔法が使えないなんて状態で、ダンジョンは危険だからね。ほんじゃあ私達は行くとするよ。ちゃんと無傷で帰ってくるから、心配しないでねー」
「はい。行ってらっしゃい」
シラキリが俺に何度か振り返る中、三人はギルドの奥の方へと向かっていった。
おそらく前に言っていた転移門とやらを使うためだろう。
さてと、歩いて行った三人の方を無表情で見つめる、マチルダさんの所に行くか。
「すみません。例の講習の件ですが」
「えっ。はい。あの件ですね。今なら私も空いていますので、どうですか?」
今度こそ遂に魔法か……。
シラキリと同じく水に適性があると嬉しいが、適性がなくても魔力量によるごり押しも出来るらしいし、最悪魔力があれば生活に困る事はないだろう。
あの廃教会は水も通ってなく、家電の類も無い。
家電と言っても動力は魔力だったり魔石なので名称は異なるがな。
ただ何故かトイレだけは洋式で、しかも旧式だが魔石式であり、水を流せるタイプの奴が備え付けられていた。
それでも今の俺では魔力を流せないので、シラキリかライラが居なかったら野しょんする事になっていただろう。
シラキリが居てくれたおかげで何とかなっているが、出来れば自分でどうにか出来ればと思っている。
「はい。よろしくお願いします」
1
「それではまずおさらいをしましょう」
ロビーから個室へと移動し、マチルダさんによる講義が始まった。
ポケットから眼鏡を取り出して掛けた時は少し驚いたが、形から入る主義なのだろう。
「魔法とは魔力を変換して扱う事を指します。基本属性の六属性があるとだけ覚えておけば先ずは良いと思います」
「火。水。風。土。光。闇ですね」
日本のオタクなら正解率百パーセントだろうな。
「はい。そこから派生したり、別系統の魔法もありますが、それだけ覚えておけば大丈夫でしょう。次に今から行うことを説明します」
ホワイトボードに今日の流れが書かれていく。
先ずは魔力を自認するために、魔力を体内に流し込む。
これは危険を伴うので、念のため上級ポーションが用意されている。
成功したら属性魔法を一つ一つ試していき、適性を見る。
最後にどれだけ魔力はがあるか試し、どの様な方向に成長したいか話し合いをして終了となる。
「こんな感じですね。何か質問はありますか?」
「大丈夫です」
「分かりました。それでは魔力を流しますので、身体の力を抜いてリラックスしてください」
椅子に座った状態でリラックスを始めると、肩にマチルダさんの手が置かれ、もやもやした感じのものが身体に入ってくる。
血流に乗るようにして全身へと広がっていき……。
『余の眠りを妨げる不埒者は誰だ?』
文字通り、心臓が高鳴った。
「きゃあ!」
頭痛と共に身体から何かが溢れ出し、マチルダさんを吹き飛ばす。
しかしそれもほんの一瞬の事であり、直ぐに納まった。
一瞬だが、人の声が聞こえた。
たったの一言であったが、何故か他人とは思えず、知っている様な声だった。
「いてて……。物凄い反発がありましたが、身体は大丈夫ですか?」
「はい。私は大丈夫ですが、マチルダさんは?」
「これ位なら問題ないです。一応防壁を張っていたので、怪我もありません。しかし、物凄い反発でしたね。魔力を感じる事は出来ますか?」
……マチルダさんにはあれが聞こえなかったみたいだな。
しかし、余の眠りと来たか……。
少々不可解だが、一旦おいておこう。
それ以上の問題があるのだからな。
「それが……全く分からないですね」
マチルダさんに流してもらっていた時に感じていたもやもやは、頭痛が治ると共に感じなくなった。
あれれー? おかしいぞー? といった感じにマチルダさんが首を傾げる。
「おかしいですね。確かに今の衝撃は魔力だったのですが……こう、流れ的なものや、ふわふわとしたものを感じませんか?」
これがこれっぽっちも感じないんだよな。
――いや、これはもしかして?
軽くて拳を作り、テーブルを叩く。
すると、タンっと小気味良い音を立てた。
マチルダさんが少し驚いてしまったが、これはもしや?
「すみませんが、何か壊してもいい物ってありますか?」
「えっ? はい。この鉄塊とかどうでしょうか?」
何故鉄の塊を持っているのか疑問だが、硬さ的に丁度良いだろう。
先ずは手に持ち、何気なく握る。
冷たい感触だが、鉄塊に変化はない。
この時点でいつもと違うのだが、今度は強く握るのを意識する。
すると鉄塊は鈍い音を立てて変形を始めた。
「へ?」
魔力の流れとかは分からなかったが、力の調整がかなり楽になった。
これまではかなり注意していないと木を握り潰したり、砕いたりしていた。
ピアノを弾いてる時も少し気が気ではなかったが、今なら楽に弾けるだろう。
「魔力は分かりませんでしたが、力の加減が出来るようになりました」
「力の……加減?」
あれ? マチルダさんには言って無かったっけ?
「あれ? 話していませんでしたっけ?」
「いえ、魔法が使えないこと以外は何も」
二人揃ってこてんと首を傾げる。
お互い見た目通りの年齢ではないので、少々違和感がある。
おかしいな。絵面だけなら多分良いと思うんだけどな。
「何故か力が強いんです。凄く注意しないとこの鉄塊の様になっていたのですが、今は簡単に調整できているんです」
「それは身体強化の類ではなくですか?」
「はい」
マチルダさんは唸りながら何かを考え始め、 少しの間行ったり来たりと歩き始めた。
何をそんなに悩んでいるのだろうか?
「確かサレンさんは記憶が無いんですよね?」
「はい。一部の事を除きさっぱりですね」
「これは私の予想なのですが、本来放出されるはずの魔力が、記憶……頭の中を守るために作用しているのではないかと思います。その関係で必要以上に力が出ているのだと思います」
マチルダさんが言いたいのは、脳のリミッターが外れやすくなっているという事だろう。
だが、記憶がないってのは嘘なので、マチルダさんの予想は外れだ。
しかし魔力があるはずなのに魔法は使えないのか…………折角の異世界だというのに悲しい。
「そうなのですね」
「ですが、祈り……加護について普通に使えているんですよね?」
「はい。何度か使いましたが、特に問題はありませんでした」
「そこが不思議ですが……専門家ではないので、これ以上私からは何とも。ですが、魔力を感知できない以上は……」
申し訳なさそうに視線を下げ、通常の魔法を使うのは無理だろうとマチルダさんは告げた。
仕方ないが、駄目なら駄目とキッパリと諦めるとしよう。
力の調整が出来るようになっただけで、儲けものである。
「分かりました。魔法については諦めることとします」
「お力になれず、すみません。ですが、あの件だけは何卒宜しくお願いします」
あの件って、そう言えば黙っておく代わりに講習をしてくれって頼んだんだったな。
引きこもっていいたせいで講習を受ける条件の事を忘れていた。
「あれはミリーさんが言い始めた事ですから。私は最初から言いふらす気なんて無いですよ」
「……本当ですか?」
「本当です」
少し詰め寄りながら、マチルダさんは確認してくる。
このエルフ少し面倒くさいな。
だが、取引先…………じゃなかった。ギルド内の人間と知り合いになっておくと何かと便利だろうし、突き放すのは止めておこう。
「そうですか……あっ、今日ってサレンさん空いてますか?」
何かを思い出したのか、申し訳なさそうにしていた雰囲気は何所かえと飛び去り、ポンと手を叩いた。
「はい。空いていますが、何か?」
「少しお願いしたいことがありまして」
どうせ暇だし構わないが、俺なんかに出来る事なんてあるのだろうか?
マチルダ「(サレンさんって怖い顔だけど、よく見るととても整った顔立ちなんですよね。胸も大きいですし)」
サレン「(この人一体何歳なんだろうな? 最低でも五十歳は超えてそうだけど)」