第28話:なんとかかんとか覇斬
八匹の魔物を倒した後も、幾つかの群れを潰して回ったシラキリはぴょんぴょこ走ってライラ達の所へと戻った。
「もどりましたー!」
「お帰り~。どうだった?」
「三十匹倒しました!」
どうだと言わんばかりに魔石を取り出し、ミリーとライラへと見せ付ける。
冒険者に成り立てとしては明らかに異常な戦果であり、センスだけでは済まされるものではない。
「凄いねー。怪我とかはない?」
「はい! 一発ももらっていません!」
「……本当にこれまで戦った事はないのだな?」
狼の宴は初心者なら、魔物に翻弄されて瞬く間に殺される。
逃げるにしても足の速い狼から逃げるのは至難の技だ。
いくら獣人だからと例外はない。
「この前のゴブリンが初めてです!」
例外……はない。
「シスターサレンも、こんなのをどうやって拾ったのか……。シラキリが問題ないのならば、中層まで行っても問題ないか?」
「ここで無傷のまま戦えるから、問題ないだろうねー」
先程までの険悪なムードは消え失せ、シラキリの前では普通にしているライラとミリー。
低層である十階層までは魔物の数が増えるだけで、種類は増えない。
三十体を相手に無傷ならば、そうそうやられる事はないだろうとミリーは判断した。
深層までの大雑把な地図はミリーの頭の中にあり、下手に探索せずに降りる事が出来る。
突っ切れば一層辺り十分もあれば降りる事も可能だ。
「私は中層まで行きたいです。それで、もっと稼ぎます」
「了解。んじゃ行きましょうか。道は私が知っているから付いて来てね」
走り出したミリーは四層に来るまでよりも早く、ライラは少しだけ顔をしかめた。
「無理をしない程度に走れ。何かあれば我に言え」
「はい!」
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走る事約一時間。たまに見かける冒険者達は全員ミリー達を見ては驚いていた。
中にはミリーの事を知っている者も居たので、なんだミリー……えっ! っと、ミリーではなくライラとシラキリに驚く者も居た。
ミリー単体ならともかく、その後ろを付いて行くどう見ても幼い二人を見て驚かない者はいないだろう。
そんな周りの驚きなど無視し、中層と呼ばれる十一階層までたどり着いた。
「ここらで一度休もうか。時間的にはまだまだ余裕があるしね」
「因みにだが、中層での注意事項は?」
「そう言えば、行ったら話すって言ってたね」
どっこいせとミリーは岩に寄っかかりながら座った。
その前にライラとシラキリは座り、聞く体勢を取る。
ライラの息は乱れていないが、シラキリの方は少々疲れたのか汗を流している。
「低層と中層の一番の変化は魔法を使える魔物が増えるのと、群れを統率するリーダー格が出現する事だけど、あんたら二人ならどうとでもなりそうなのよねー」
「だからと情報も無しに戦う程馬鹿ではない。雑兵が指揮官を殺す事などもあるのだからな」
たかが魔物との戦いに戦争の例をだすライラに若干呆れるが、どんな戦いも慢心してはいけないのはミリーも賛成だった。
死角からの不意打ちや、避ける事も出来ない同時攻撃。
死ぬ可能性はいくらでもあるのだ。
「はいはい。基本的に使ってくるのは土系統と水系統だね。威力はEからD、若しくは下級程度だけど、注意しといてね」
ふむ、とライラは頷き、その程度なら問題ないだろうと思案する。
「後はフェイントや駆け引きをしてくるけど、ぶっちゃけ力でねじ伏せれば問題ないわね」
「基本的には我とシラキリが戦うって事で良いか?」
「別に良いよ。今回は引率みたいなものだし、今回ちゃんと頑張ればランクも上がるし、多少は融通が利くようになるだろうからね」
冒険者ギルドはルールを守り結果を出せば、相応の対応をしてくれる。
逆にルールを守らず結果を出した場合は、相応の罰を与える。
心構えや知識。人柄や戦闘力なども確認するが、Dランクまでは厳しい査定もなく上げられる。
Cランク以上は試験も必要となり、上げるのに苦労することとなる。
なので、ギルド出張所で男は驚いていたのだ。
「魔石ってどれくらいで売れるんですか?」
「雑魚なら一個数百。魔法が使えるのとリーダー格なら千ちょっと位かな?」
倒せば倒す程儲かるわけだが、狼の宴の中層以降はかなり不人気である。
たたでさえ魔物が多いのに、魔法を使われたり低層以上の連携を取ってくる。
それなら低層で数をこなした方が楽だと判断するのだ。
中層以上で見れば、狼の宴より稼ぎやすいダンジョンはいくらでもあるのだから。
「ほんじゃあ、私は後ろで見てるから頑張ってね」
「分かった」
返事と共にライラは立ち上がり、続いてシラキリも立ち上がる。
「頼みがあるのだが、出来るだけ魔物を集めて来てくれ。試してみたい事がある」
「どれくらい集めてくれば良いですか?」
「好きなだけ集めてよい。場所はそこの大きな岩の辺りで良いだろう」
中層はサバンナの様な気候だが、大きな岩があちこちに鎮座している。
その中の一つをライラは指差し、シラキリは大きな返事をした後に走り出して行った。
「一体何するの?」
「折角手に入れた武器を本気で使ってみるだけだ。これを持っておけ」
ライラは家宝である剣を取り外すと、ミリーへと投げて渡した。
落とさずに受け取ったものの、渡された意味が分からず、きょとんとした。
「どゆこと?」
「少々本気になる故、持っていてくれ。抜いても構わぬぞ」
ライラなりの歩み寄りだった。
この剣がどれだけ大事なものかをライラは正確に理解しており、ミリーの素性次第では剣が本物かどうか、知りたいだろうと理解している。
先程の話し合いで、持って逃げるような事はしないだろうと踏んでの行為だ。
「なるる。ライラちゃんのスタンスは分かったよ」
「ふん」
笑みを浮かべるミリーとは裏腹に、ライラは鼻を鳴らして歩き出した。
鞘から剣を抜くと、思わずミリーは「あっ」と声を出した。
言質も取ったし、そうだろうと予想もしていた。
けれど実際に実物を見て、これから面倒なことが起きるだろうと察してしまった。
(戦争……までは行かないと良いな~)
ライラ自身が帝国に敵対していないとしても、グローアイアス家の家宝。それもユランゲイア王国の王家が欲しがっている剣が帝国に有る。
火種以外の何ものでもないが、そんな事をライラが理解していないとは思わない。
疑問は尽きないが、後の判断は上に放り投げれば良いかと、 ミリーは思考を放棄した。
下っ端の団員は上の命令に従っていれば良いのだ。
剣を鞘へと戻し、ライラが指定した大岩の上へと飛び乗ったミリーは、走り回っているシラキリを眺める。
ほんの数分だというのに、その背には沢山の魔物を引き連れている。
兎を追いかける狼とは何とも童話にありそうな風景だが、その兎は先程狼を三十匹殺している。
頑張れば今追ってきている狼達を、殺す事も出来るかもしれない。
そして集め終わったのか、方向転換してライラの方へと向かい始めた。
ライラの方に視線を向けると、腰に差していた剣を抜き、二本に分離させていた。
とある鍛冶屋の馬鹿が作った魔導剣。
十全に使うには無属性を含めた七属性を使える必要があるのだが、そんなに属性が使える人は伝説の中にしかいない。
さらに言えば、それだけの魔法が使えるならば剣など持たず、杖を持った方が活躍できるだろう。
仮に剣を使うもの居たとしても、これ程まで使い勝手の悪い剣を使おうとは思わないだろう。
高いし。
(ライラちゃんはどう戦うんだろうね~)
剣と一口に言っても、グローリアを形成する剣は全てバラバラである。
長さ。重さ。属性。
それが単体や組み合わせで変わってくる。
下手に分離させるくらいならば、七本全てを合体させたままの方が良さそうだと思うが……。
「連れてきましたー!」
「そのままミリーさんと合流しろ。後は我がやる」
シラキリはライラとすれ違い、大岩に向かって大きくジャンプした。
しかし少しだけ飛距離が足りず、ミリーがキャッチして事なきを得た。
シラキリを追ってきた魔物の群れはざっと百匹を超えている。
我先にと追って来ているが、魔物同士での戦いは起きない。
魔物の本能か。それともそれだけシラキリが美味しそうなのか。
そんな魔物の群れに向かい、ライラは駆けて行き、右手に持つ剣へと風を纏わせて投げた。
剣は魔物を貫きながら飛んでいき、ライラの前に一本の道が出来上がる。
そして背中に背負っている剣の片方を、空いた右手で握る。
「さて、どこまで持つか――迅雷怒涛」
ライラの全身から電気が迸り、魔物達の中心へと一気に進み、先程投げた剣を回収して合体させる。
両手の剣を合体させながら周りの魔物を屠り、背中にある残りの一本も手に取る。
右手に握るのが五本の剣を合体させたもので、左手の剣が二本を合体させたものだ。
左手に握ったのは光と水の魔導剣であり、ライラではただの剣としか使うことが出来ない。
分離や合体に必要程度の魔力を流すのでやっとだ。
そんな状態のライラが何をやるのかと、ミリーは呑気に眺める。
ライラは右手の剣を宙へと放り投げる。
するとバラバラに分離しながらライラへと襲いかかろうとしていた魔物へと突き刺さり、命を断つ。
そして…………魔法の嵐が吹き荒れた。
剣を持ち替え、合体させ、分離させ。
剣が舞い、魔法が吹き荒れた、魔物が散っていく。
(低く見積もってもA上位か……例の髪だからって流石に化け物過ぎないかな?)
ライラを相手にして負けることはない。
それは今の戦いぶりを見ても変わらない。
しかしこのままライラが強くなるのならば、遠からずミリーよりも強くなるだろう。
なにせライラは特別なのだから。
そして負ける事は無いと思っていても、普通に戦った場合だ。
今自分が持っている剣の性能次第では…………。
「熾炎楼覇斬」
シラキリが連れて来た魔物をほとんど倒したライラは、止めとばかりに大技を繰り出す。
全ての剣を合体させ、刀身に青い炎が宿る。
身体を回転させながら剣を振り抜くと、全てが灰となって消え去った。
「まずまず……か。重心と魔力の通りに問題があるな」
大量虐殺をしたライラは結果に目もくれず、魔導剣の調子について感想を述べただけだった。
この程度朝飯前だと言わんばかりの態度に、シラキリは目を輝かせた。
圧倒的な力と言うものは、美しいものなのだ。
「お疲れー。これだけで結構いい稼ぎになったんじゃない?」
剣を再び分離させ、鞘に納めた辺りでミリーとシラキリが岩の上から降りてきた。
百匹の魔物なので、低く見積もっても数万ダリアとなるだろう。
喜ばしいはずなのに、ライラは何故か目を逸らす。
「いや、少々やり過ぎてしまったようだ」
最後の一撃として放った熾炎楼覇斬。
その火力が高過ぎたのか、地面に落ちている魔石はほとんどない。
魔石はランクが高い程硬く保有魔力が多くなる。
そして低ければ逆に脆く少ない。
これは低ランクの魔石が供給過多にならない原因でもあるのだが、高火力の魔法で一掃すると、魔石諸共消し飛んでしまうのだ。
剣を振り抜いてからライラもその事を思いだし、少しばつが悪いのだ。
しかも強すぎる魔法はダンジョン内の魔力を掻き乱し、魔物の湧きを抑制してしまう。
深層へ近づく度にダンジョン内の魔力が濃くなるので、強力な魔法を使っても問題ないが、今回ライラが使った魔法は中層では強すぎた。
「あーなるほどね。まあ、時間はまだまだあるし、次気を付ければ良いさ」
剣をライラへと返しながら、ミリーは慰めた。
「凄かったです! こう、ぶわーって感じで、最後もしゅばっと!」
「落ち着け。次からは我が撹乱するから、なるべくシラキリが倒せ。ゆくぞ」
興奮して身振り手振りで話すシラキリをなだめ、ライラはさっさと歩き出した。
些細な失敗であったが、ライラとしては少々恥ずかしいものだった。
ミリー「ライラちゃんの使ってた魔法ってもしかしてオリジナル?」
ライラ「そうだ。複合系の魔法は殆ど本に載っていないからな」
ミリ-「(軽く言ってるけど、オリジナルの魔法を編み出すって相当ヤバいんだよなー)」