第27話:わんわん
一体なんだこの男は?
それがライラとミリーの感想である。
「はいはい。分かったから静かにしようねー。私達はもうダンジョンに行くから、私達への文句はギルドに言ってねー」
捲し立ててライラとシラキリの手を引いてこの場を去ろうとするミリーだが、その肩を男は掴んで止める。
「待ちやがれ! 子供三人でダンジョンなんてバカな真似は止めろ」
あれ? まさか私も子供と思われてる? なんて少しキレそうになるミリーだが、大人なので簡単にキレたりなんかしない。
ただ、後でこの男の情報を集めて酒場で言い触らすだけだ。
勿論有ること無いことも。
「うるさいねー。これで良い?」
ミリーは自分のギルドカードを取り出し、男へと見せ付ける。
「C……ランク? お前みたいなガキが?」
「これでも二十一歳なんだけどねー。これで問題ないでしょ?」
ギルドランクはGからEまでは簡単に上がるがそれからは一気に上がり難くなる。
C級はわりと凄いのである。
驚いている男を放置し、今度こそ三人はダンジョンの入口付近へと来た。
ソロで来るような者はおらず、全員がパーティーを組んでいる。
「そうそう。あまり時間はないけど、軽くこれを読んどいてね」
バックから薄い本を取り出し、ライラに渡した。
因みに薄いからといって、決して卑猥な本ではない。
渡された本をライラは開き、軽く読んでどんな本なのかを理解した。
この本は初心者向けに書かれた、ダンジョンでの注意事項だ。
大雑把なことは先日の初心者ダンジョンで教えてもらっていたが、この本はもう少し突っ込んだことが書いてあった。
ダンジョンへ入る際に持っていた方が良いものから始まり、有事の際の報告についてまで、必要と思われるようなことが分かりやすく書いてあった。
「何が書かれているんですか?」
「ダンジョンでの行動の仕方とかだ。分からない所があったら聞け」
ぽいっと読み終わった本をシラキリに渡し、ダンジョンの入口を見る。
名前が狼の宴となっているためか、狼の口を模した様な入口になっている。
『時間になりました! 受付済みの各パーティーのリーダーは、ギルドカードを提示してからお入りください』
風の魔法により、大きな声がダンジョンの入口付近に響く。
狼の宴の場合、一度に入れるのは十組五十名程度だ。
大体一時間毎に入る事ができ、出る際の制限はない。
またどれだけ潜るかは事前報告制になっており、日程を過ぎても戻らない場合は救助隊が出される。
この救助も保険があり、保険に入っていない場合は一般冒険者ではギリギリ払えるかどうかの料金が発生する。
ほとんどは救助しに行ったら死んでいたとなるのが普通だが、生き残ってしまったからこその絶望が襲い掛かる。
ミリーやライラなどには全く関係のない話だが、ダンジョンとは怖いものなのだ。
三人は他のパーティーよりも、少し遅れるようにして中に入る。
ダンジョンの中は初心者ダンジョンとは違い、草原となっている。
そよ風が吹き、何故か太陽が輝いている。
「とりあえず四層辺りまで一気に行っちゃおっか。人も多いからねー」
入って直ぐの一層は人が多く、あまりうま味がない。
なのでミリーはさっさとダンジョンの奥へと向かい、地下へと続く階段を下りる。
道中向かってくる僅かばかりの魔物はシラキリが首を狩り落し、シラキリを無視してライラやミリーに向かって来るのは本人達がサクッと倒していった。
魔物を倒した際に出る魔石はしっかりと拾い、ミリーが持っているバックへと仕舞った。
「ここまで来ればそれなりの数の魔物と戦えるはずだよ」
「うむ。あの程度の魔物なら、いくら出てもシラキリなら問題ないだろうが、一度は多対一を経験しておいた方が良いだろう」
「分かりました!」
四層に着き、少し進んだ所でミリーは止まった。
四層は一層とは違い草原の割合が減り、荒野が増えている。
草木が減って動きやすくなる半面、視界も開けるので魔物が沢山寄ってくる。
シラキリは二人の前へと出て小刀抜く。
道中少なくない魔物を斬ったが、刃に陰りは見えない。
死ねば消える実体の無いのがダンジョンの魔物だが、死ぬまでは血肉があり、刃物で切り付ければ刃こぼれなども起こす。
シラキリの腕が良い……訳ではなく、小刀の切れ味が凄まじいのだ。
両手に持った小刀を軽くにぎにぎとしていると、トレードマークである耳がピコピコと跳ねる。
魔物の音を捉えたのだ。
「来ました。行ってきます」
「危なくなったら逃げるのだぞ」
字の如く脱兎し、音のした方に駆けていく。
「頑張らないと……」
冒険者になること。それはシラキリの様な子供には夢の一つである。
ほとんどが夢で終わり、普通の仕事に就く。
スラムに居るストリートチルドレンや孤児も、ホロウスティアでは普通に就職が出来るのだ。
仕事がないから冒険者になるなんて事は、ホロウスティアではあまりない。
お金を稼ぐだけなら方法はいくらでもあるのだ。
だがシラキリは運が良い事に、戦闘のセンスがある。
そしてやりたい事。やらなければと思っていることもある。
それは……。
「私が、サレンさんを守るんだ」
本人が聞けば「守る? 首を狩るのではなく?」なんて思いそうだが、シラキリは本気である。
視界に八体の魔物を捉え、足音を殺しながら距離を詰める。
いずれもただの狼型だが、その鋭い爪や牙を受ければ死に至る可能性もある。
一度深呼吸をし…………駆けた。
「一匹」
狼の群れを駆け抜け、首を狩る。
直ぐに仲間が殺された事に気付いた狼達は周りを見渡し、シラキリを発見する。
「二匹」
しかしシラキリを発見するまでの僅かな間で、また一つ首が落ちる。
「アオーン!」
魔物は敵だ。敵がいるぞと遠吠えを上げる。
「三匹」
その隙をシラキリは見逃さず、すかさず小刀を振るう。
「四匹……五匹」
残りの五匹がシラキリを囲もうと動くが、自分から一番近い狼へと瞬時に詰め、襲い掛かってきた二匹を同時に切り裂く。
狼も避けようとするが的確に首を狙われ、抵抗むなしく殺される。
「六匹……飛んで八匹」
向かってくる一匹をすり抜け様に殺し、小刀に魔法で出した水を纏わし、力一杯振るう。
水の斬撃が残りの二匹を真っ二つにし、全ての魔物を殺しきった。
獣人の特性として放出系の魔法適性が低いのだが、今やったように何かを併用すれば遠距離での攻撃が出来る。
ただ魔力を纏わせても同じ事が出来るが、属性を付与した方が効果が上がるのだ。
何故シラキリがこんな芸当を出来るかだが、先日の訓練中に教えてもらっていたのだ。
その時はモノに出来なかったが、その後ミリーからコツを聞き、今実際に試してみたのだ。
「ふぅ……」
小刀を軽く水で洗い、水気を飛ばしてから納刀する。
難なく勝てたことにシラキリは思わず笑顔になり、ルンルン気分で魔石を拾うのだった。
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シラキリが一人で戦っている頃。ライラはミリーに剣を向けていた。
この時を待っていた……訳ではないが、折角だからと活用しようと思ったのだ。
「これは何かな? ライラちゃん?」
「知れた事よ。お前はどこの誰だ?」
いつものように“さん”付はせず、敵意をむき出しにする。
剣を向けられていると言うのに、ミリーは落ち着いたままだ。
勝てる勝てないは別として、逃げるだけならどうとでもなる。
その自信があるのだ。
仕事柄、ミリーはこれまで何度も命の危機に瀕したことがある。
それでも今も、こうして生きているのだ。
「どこの誰ってただの根無し草の冒険者だよ? ギルドカードも見たでしょう?」
「シスターサレンやシラキリならばそれで良かろう。だが、いささか偶然が過ぎぬか?」
「何のことだが分からないけど、それこそ偶然じゃないの?」
あくまでもミリーは惚ける。内心も穏やかなもので、武器を突き付けられているのに両手を上に上げているだけだ。
証拠は無く、ただの言い掛かりみたいなものだ。
ここでライラが引けばそれだけの話で終わるだろう。
ミリーもまだ大事にする気は無く、サレンの素性が分かるまでは調査に留めるように言われている。
そう。引けば終わる事なのだ。
「フレイムバレット」
向けていた剣の先から熱線が、ミリーに向かって放たれる。
魔法はミリーの頬を僅かに掠め、後ろに居た魔物を貫いた。
「何の真似かな?」
「吐かなければ、次は当てるぞ?」
剣をミリーに向けたまま、家宝の剣の柄を、もう片方の手で握る。
(うーん。どうしたものかなー)
打ち明けるか、ボコボコにして上下関係を分からせるか。それとも…………――殺すか。
ライラの素性を考えれば、帝国の敵になる事はない筈なので、騎士団に取り込むのも一つの手だ。
対人はまだ苦手そうだが、ただ殺すだけの戦いが得意なのは見ていて何となく分かる。
少々我が強いが、サレンとのやり取りを見る限り、恩に仇なすような行為もしていないので、騎士団として働ける素養はあるはずだ。
「私に手を出して……無事で済むと思ってるの?」
「思っていないが、不穏分子が居るのに放っておけるほど、我は寛大ではない」
やれやれとミリーは首を振り、子供は何を考えてるか分からないと内心愚痴る。
「別にどうこうするつもりは無いよ。ライラちゃんも、その剣の事とかあまり知られたくないでしょう?」
「――やはり知っているか」
武器を握る腕に力が入り、視線が険しくなる。
確定情報ではないブラフだが、これでライラの持っている武器が何なのか言質を取ることが出来た。
「何なら本名の方も言ってあげよう…………冗談よ。詳しくは言えないけど、帝国の組織の人間よ。怪しい者ではないって分かれば良いでしょ。それとも……――殺る?」
一度、本気の殺気をライラへと放つ。
濃厚な死の気配がライラの心臓へと突き刺さり、僅かに息が浅くなる。
(これでCランク……やはり偽りか)
アドニスとは比べ物にならない圧力に、やはりと思う。
ここが潮時。
今もう一歩踏み込めば、その先にあるのは殺し合いだ。
勝てる確率は、あまり高くない。
剣をゆっくりと下ろして鞘へと収める。
「敵ではないのなら構わん。だが、敵に回ると言うのならば、お前は我が殺す」
「ライラちゃんは堅いねー。帝国に仇なさなければそんなことにはならないよ。そんな気はないでしょ?」
「まあ……な」
敵はあくまでもユランゲイア王国であり、帝国に関して思うことはない。
何もしてこないと言うならば、それで十分だ。
それはそれとして、本気のミリーと戦ってみたいと思ってしまう、ライラだった。
ライラ「(殺すだけなら可能だが、この剣を使うのはな……)」
ミリー「(逃げるだけなら簡単だろうけど、戦うのはなー)」
シラキリ「首を狙ってスパン!」