防御特化と奇策。
二人と別れたサリーは一人、木の上や茂みの中や岩陰などを素早く動いて身を隠しつつ他のギルドのある位置を確認していた。
サリーがかなり遠出をして見つけたギルドは合計五つ。
その中には最小規模のギルドだけでなく中規模らしきギルドも含まれていた。
サリーはマップにそれらをメモして位置を記録した後、見つからないようにその場を離れたのだった。
「中規模は廃墟の中心…オーブ周りは天井はあるものの壁はなし…か」
サリーはマップを閉じると木の幹にもたれて思考を巡らせる。
先程の戦闘は結果としては消費をギリギリまで抑え勝利をもぎ取ったものの、次も上手くいくとは思えなかった。
また、サリーはフィールドを偵察してアイテムがほとんどないことに気づいた。
あるのはこのフィールド専用の装備耐久値回復アイテム。
ポーション系統は素材が尽きれば作ることすらままならない。
「激しい戦闘はあちこちで起こってる……五日目にはMPポーションも限界になる?」
HPポーションに比べMPポーションは消費が激しい。
五日目ならば魔法による支援も弱まる可能性があった。
「んー……でも先に稼いでおかないと追いつけなくなるかもだしなぁ」
「……さっきのことを考えると正面突破にはメイプルが必須だけどそれは無理だし……なら、今出来ることは……」
サリーは思考をまとめると、ローブで全身を隠して木の上を飛び移りプレイヤーを探しに向かった。
サリーがしばらく探索していると三人組を見つけた。
木の上から話し声を聞いているとどうやら偵察部隊らしかった。
武器は杖と大剣と盾持ち片手剣ということまで確認すると、サリーはその場から離れ静かに地面に降り、茂みを引っ掛け音を出しつつ三人組の近くを通る。
見つかったという苛立ちを表現するための舌打ちも追加する。
偵察部隊とはいえ三対一の状況。
しかも明らかに自分達を嫌がっているとなれば三人が攻撃に転じても特におかしくもないことだった。
チラチラと後ろを確認するサリーに魔法が飛んでくる。さらに、追撃とばかりに大剣の突進攻撃が勢いよく迫る。
サリーは魔法を避けると、突進をバランスを崩しつつ避ける。
待ってましたとばかりに攻撃してくる片手剣をダガーで逸らして躱すと続け様に飛んできた三発の風の刃も転がって回避した。
「【跳躍】!」
サリーはスキルで距離を取ると体勢を立て直し両手にダガーを構えてじりじりと後ずさる。
相手が逃げ腰であることを確認した三人はすぐさま追撃する。
「【跳躍】!」
「【重突進】!」
大剣が正面からの突進、片手剣は跳躍でサリーの背後に位置取って退路を塞ぐ。魔法の支援も止むことはない。
相手は完全に押せ押せである。
サリーのことはあと一押しで倒せそうに見えているだろう。
そうして避け過ぎだと相手が疑念を抱く寸前。転がり土にまみれつつサリーは全速力で森の中を逃げ出した。
地形のせいもあって三人はサリーを再発見することが出来ずに諦めた。
「行くぞ、あいつはほっとけ」
「ああ、そうだな」
追っ手を撒いたサリーはもう一度同じことをする為にプレイヤーを探す。
サリーの目的はただ一つ【剣ノ舞】の効果を最大まで上げることである。
そして、二十分後。サリーは目論見通り【剣ノ舞】を最大まで上げることに成功していた。
「準備完了。朧、行くよ」
サリーは首元に朧をくっつかせると見つけたギルドのうちの一つへと向かった。
「……よし、オーブ確認」
中規模のギルドはどちらも外からオーブが確認出来た。ただし障害物も適度にあり、防衛プレイヤーと合わせて攻略難易度は十分高い。
サリーが見つけた中規模ギルドは二つ。
そのうちの一つにやって来ていた。
中規模ギルドなだけあって、うじゃうじゃとプレイヤーがいる。
「ふぅ……よし、いける、いける!」
サリーは頬を叩くと集中して警備の一番手薄な場所から中規模ギルドに突っ込んだ。
「侵入者!一人だ!」
見張りに発見され、オーブを防衛する者達が一斉にサリーの方を向く。
「【跳躍】!」
サリーは【跳躍】し、左斜めに逃げる。
「囲め!」
侵入者を囲むために防衛の一部が侵入者に向かい、見事袋叩きにすることに成功した。
が、それは霧のように空気に溶けて消えていく。
驚愕する面々に侵入者再発見の指令が入る。
何と侵入者は右側に現れたのである。
第二陣が防衛に向かう。
そして、これもまた完璧な連携で叩き潰すことに成功した。
が、またもやその姿は霧散する。
サリーは朧と合わせて二回の【蜃気楼】により目線をずらし、防衛に隙を作った。現実は真っ直ぐに進んでいただけだったというのに、彼らは自らオーブへの道を譲ったのだ。
「【超加速】!」
気づいた時には時すでに遅く。
サリーは最後の一押しにより、ついに一人も倒すことなくオーブを掠め取った。
ただ、ここから逃げることもまた容易ではない。
「【スラッシュ】!」
スキルによる追撃と両手のダガーでの攻撃は、状況を飲み込めていない彼らを容易く抉る。
そして、火力を限界まで上げたサリーのダガーは相当痛い。
【超加速】が残っているうちに手当たり次第に斬りつけて道をこじ開ける。
事前準備のお陰で、サリーはダメージで体勢を崩すことが出来た。
正面から戦っても厳しい相手ばかりだと理解したサリーは、一度きりの奇策によってオーブを盗み取ることに思い至ったのである。
サリーの力はそれに適していた。
まだ情報がなく、守り方も甘い一日目だからこそ成功する奇策だった。
「【ウォーターウォール】!」
水の壁を作り上げ魔法攻撃の到達を遅れさせ、ついにサリーは偏ってしまい包囲の弱まっていた部分から脱出する。
「もう、ここからは取れないねっと。よし……きた……!」
目の前でオーブを奪われて防衛の面々が黙っているはずがない。
彼らは攻撃にかなりメンバーを割いていたものの、それでも四十人はいる。
もう守るオーブはないのだ。全員でサリーを追いかけてくる。
サリーは逃げる。
もう一つの中規模ギルドの方向へ。
追いつかれないようにしかし離し過ぎないように、サリーは走り続けて、ついに中規模ギルドが見えてくる。
サリーを先頭とした軍団を見て防衛陣が敵襲だと身構える。
サリーを追う者はそこがサリーのギルドだと考え、攻撃に向かう。
両者は食い違いつつも、戦い合う結論に至った。
サリーが狙うは同士討ちのどさくさに紛れてのオーブ奪取。そのための戦力を引き連れてきたのだ。
「朧、【瞬影】」
戦いが始まり、サリーから皆の意識が外れた一瞬。
朧のスキルで、サリーは一秒だけ完全に姿を消した。
そして、そのまま茂みに隠れて様子を窺う。
両者はどうやらほぼ互角の様だった。サリーが引き連れて来た軍団がオーブを取り返すために全力のため、少し押していた。
乱戦の中、サリーが何処へ消えたか確認している暇などない。
サリーの追手が一方向から攻めていたため、オーブを守る方向も偏っていた。
サリーは廃墟の中をそろりそろりと進むと狙いを定めた。
「……【跳躍】!【ダブルスラッシュ】!」
守りが五人の方向から急に飛び出し対応出来ないうちに斬りつける。
【剣ノ舞】はここでも大いに役にたった。
「よしっ!」
オーブをその手に収めると自慢の回避とカウンターで生き残りを屠ると、完璧な安全地帯である【楓の木】へと急ぐ。
「帰れば、メイプルがいる!持ち帰れば……終わり!」
乱戦が終わるにはまだ時間がかかる。
彼らに和解はない。追手に割ける人員も少ない。
サリーにとって逃げ切ることは容易だった。