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防御特化と第四回イベント。

光が薄れ、八人の目の前に見えたのは緑色に輝くオーブとそれが乗った台座である。ここが自軍であることはすぐに理解出来た。

広い部屋から伸びる通路は三本。

サリーとカスミは台座の後ろ側にある二本の通路を素早く探索して戻ってきた。


「こっちは行き止まりで水場があるくらいだったよ。休めそうだね」


「こっちは特に何もなかった。まあ、横になることは出来るだろうな」


「てことは、残る一本が地上へ向かうルートか?確かに防衛しやすそうだ」

一本道なら背後からの奇襲など起こらない。


「じゃあ、私達は攻撃に」


「おう、予定通りいこう」

時間が惜しいとばかりに攻撃組の三人は自軍から飛び出していった。

残った面々はイズから渡されていたローブを着る。イズ自身もそれを着て、自軍に座りこむ。

これは防御力も何もない、ただ外見を隠すだけの布である。

ただし、遠目に見たときにメイプルだと気付かない憐れなプレイヤーにはめっぽう効くのである。

メイプルはヤバイの象徴だからだ。


ヤバイと思えなければ五人の手によって貴重な命を一つ持っていかれる。


「誰か来たらユイとマイに倒してもらおう」


「そうね。取り敢えず、三人がオーブを持ち帰ってくるのを待ちましょう」

五人は入り口を警戒しつつ、体力を消費しないように待機することにした。





「敵を見つけた場合は、問答無用のキルで問題ないよな?」


「はい、大丈夫です……まずは近場を探索していきましょう。周りの危険から順に排除します」

そう言って森の中を進むサリーがプレイヤーの話し声を聞きとった。


「私が適度に潰しつつ誘導します」


「オーケー」


「ここの茂みに隠れておくぞ」

各自持ち場についたところでサリーが木の枝をピョンピョンと器用に渡って声の聞こえた方に向かった。




サリーが声を聞いたプレイヤー達は五人組であり、彼らもまたオーブを探して早速自軍から外へと向かった者達である。


「一つくらいなら近くにあると思うが……」


「大丈夫よ。焦らずいきましょう」

そう言って歩く五人、その最後尾がとある木の下を通り過ぎたまさにその瞬間。


足で木にぶら下がり逆さになったサリーがぬるぅっと姿を現し、背後から両手のダガーで首元を切り裂いた。


「うわあああああっっ!?」

サリーから無慈悲の追撃がかかる。

混乱し叫びつつ光となった男の方を振り返った四人に風の刃が襲いかかった。

一瞬で状況が変化してしまい、残る四人は見るからに動揺している。


「………」

サリーはダッシュでその場を後にする。


「お、おい!待て!」

混乱は全員に広がり、逃げる相手は取り敢えず追いかけるという行動をとってしまった。

前を行くサリーに追いつけそうだと思ったその時。


茂みから振り抜かれた刀と鉈が先頭の男に致命傷を与える。


「やっ…ばっ!」

罠だと気付くものの時すでに遅し。

三人目がカスミに斬り伏せられる。


「撤退よ…っあ!」

逃げようとする女性プレイヤーの背中にサリーの魔法による炎の玉が直撃し、バランスを崩す。


「ふんっ!」

その状態ではクロムの鉈を躱すことが出来るはずもなかった。


「……よし」


「ああ、行くぞ」

三人はわざと一人だけ逃した。

そして、一人ぼっちでは他のギルドを倒すことなど出来ない訳で、そうなると自軍に引き返す訳だ。

ただ、最後の一人になった者はおとなしく死んでおくべきだっただろう。

そうしておけば鬼を自宅に招き入れることはなかったのだから。


二人はマップを開き、サリーの位置を確認する。

そう、二人は逃げ帰ったプレイヤーを密かに追うサリーのアイコンを追いかけるだけでよかったのだ。




「あ、きたきた」

サリーが木の上から二人を呼ぶ。


「あの洞窟がそうか?」

カスミがサリーに聞くとサリーは首を縦に振った。

少し先には木々に入り口が隠され見つけにくくなっている洞窟が見えた。


「そう。私達と同じ最小規模かな。何人いるか分からないけど」

【楓の木】も入れようと思えば五十人まで入れられるのだから、最小のギルドでもそれだけいる可能性はあるのである。

【楓の木】が少数過ぎるだけなのだ。


「予定通り俺が先頭で行く。まあ、何とかなるだろ」

宣言通りクロムを先頭にして穴の中へと入っていく。

少し進んだ先にはオーブが台座に乗っているのが見えた。

そして、何やらヤバイやつらに会ったと騒ぐプレイヤー達の話を聞いている三十人程のプレイヤーがいた。

当然入り口の方を向いているプレイヤーもいるため、侵入者に気づく。


「皆、構えろ!」

恐らくギルドマスターだろう男が号令を出すと全員が武器を構え始める。


「さて、いくぜ?」

先頭をクロム、その後ろをサリーとカスミが付いていく。

敵の前衛が飛び出してきて、クロムに集団で斬りかかる。

クロムは流石にダメージを受けるものの、集団で斬りかかるということは常に誰かが斬り返されている訳であり、誰かがガードされている訳である。


減った瞬間からぐんぐんとHPが回復していくことに気づいた前衛集団が離れようと逃げ腰になった瞬間、サリーとカスミが一気に攻撃に転じた。

魔法も飛んでくるものの、サリーは当然回避、カスミはクロムがカバーする。

各個撃破でサリーとカスミが削っていく。かといって二人に注意が逸れるとクロムが容赦なく斬りつけてくる。

敵のヒールも集中攻撃の前には追いつかず、一人、また一人と倒れていく。


「う、嘘だろ!?」


「盾役が麻痺だ!畳み掛けろ!」

最後の意地というべきか、状態異常攻撃を受け続けていたクロムが麻痺を受けてしまい、自慢の立ち回りが失われる。

そうなればクロムの回復が間に合わなくなる。


そして彼らは状態異常により動きの鈍ったクロムを八人で囲み物量にものを言わせたスキルと魔法で削りきりかけた。

だが、それはあくまでも惜しいだけだった。

クロムの背後に赤い骸骨が浮かび、HPを1だけ残してHPの減少が止まる。

死ぬはずだったクロム。しかしクロムは装備の効果で何度でも舞い戻る可能性があるのだ。

それこそ、運が良ければ無限にでも。


「はっ、運がいいな?」


「【ヒール】!」

サリーの魔法でHPも回復し、時間経過で麻痺も治ってしまう。

最後の意地も不発に終わり、彼らは元の力を取り戻したクロムも加わっての攻撃に叩き潰された。


「前の装備なら不屈使わされてたか。あれだけ囲まれて普通に耐えられるのはメイプルくらいだろ……」

クロムもトップレベルだが、全方位を囲まれて麻痺した上タコ殴りにされてもHPに余裕を持って耐えれるというようなことはない。

死にかけで止まることがやっとだ。


最も多くのプレイヤーを倒したのはカスミだった。三人のうちの最高攻撃力と高い機動力は伊達ではない。

あからさまに異常だったクロムに、砂糖に群がる蟻のようにプレイヤーが纏わりついたため、クロムのHPがギリギリまで減ってしまったが、温存のためには多少危険な橋を渡る必要があった。

今日はまだ始まったばかりであり、使ってはいけないスキルも決めてあった。


取り敢えず死ぬことにならない確信があるために、クロムは絶対に身を守ることの出来るスキルを使わなかったのだ。


「よっと、オーブを回収して……カスミ、取り敢えずこれを持って帰ってくれる?私はちょっと周りの偵察をしてくる。この感じだと思ったより近くにギルドがあるかも」

どれだけギルドが周りにあるかを確認するためにサリーだけが戦場に残り、クロムとカスミは戦利品を持ち帰ることにした。






カスミとクロムが戻ろうとしている頃に【楓の木】に侵入者ぎせいしゃがやってきていた。


「五人!行けるぞ!」

意気揚々と入って、メイプル達に向かってきた八人組を出迎えたのは、まるで雪合戦のように軽々と投げられた高速の鉄球である。


「「えいっ!」」

可愛らしい掛け声で投げられた鉄球は轟音と共にプレイヤーに迫った。


盾に身を隠した者は次々と飛んでくる鉄球に盾ごと破壊された。

剣で弾こうとした者は剣を叩き折られて爆散した。

逃げ出そうとした者は勢いよく飛び込んだために、あまりに遠い出口に絶望して背中の衝撃を最後に感じて消失した。



ボロボロにされて帰った八人は、だがしかし、ギルドの面々にあそこには決して近付かないように伝えることが出来るではないか。

それだけで、最大級の功績と言えよう。




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