防御特化と弟子強化。
八十話ですね。
毒竜をボコボコにして三層のギルドホームに帰ってきたメンバーのユイとマイは翌日、サリーと共にギルドホームに属するとある施設内にいた。
そこは結構な広さの部屋で【訓練場】と呼ばれる場所である。三層に到達したことにより解放された施設で、魔法陣に乗ることで転移した先である。
ここではHPはゼロにならずスキルを使うことも出来るが、新たにスキルを取得することは出来ない。
まだイズが納得のいく装備を作れていないため二人の装備は間に合わせの大槌二本だ。それぞれが両手に一本ずつの大槌を持って待機する。
「この【訓練場】なら誰にも見られず鍛えることが出来るね」
「何をするんですか?」
「その大槌二本をある程度まともに使えるようになりたいんでしょ?」
「「はい…」」
遥かに強くなった二人は一層で人に見られないように二本の武器で戦ったが、全く上げていない【AGI】では回避が上手くいかず思ったように戦えなかったのだ。
一撃死させることが出来る力を手に入れたものの、一撃死させられるHPだということも変わっていない。
「私が回避を教えてあげる。二本の武器の扱いも。ギルド的には貫通攻撃の回避は身につけて欲しいのが本音かな」
貫通攻撃さえ回避できればメイプルと共に戦うことが出来る。
「で、でも私達サリーさん程速くないです……」
ユイの言うことはもっともで、サリーと二人では【AGI】に差があり過ぎる。
二人では回避しにくいのは当然だ。
「確かにどこから斬られるか分からない状況でその攻撃を回避するのは難しいと思うよ。だけど…スキルは決まった動作をなぞるだけ。なら、ミリ単位で避けることも出来る」
「「そ、それは……」」
ユイとマイは思った。
言うは易し行うは難しである。
それが出来れば全員がスキルを回避出来てしまう。
「まあ、流石に無理だと思うけど。でも…【貫通攻撃スキル】は違う」
「えっと…どこが違うんですか?」
「【貫通攻撃スキル】は私が知る全てのスキルで発動までにほんの僅かな【タメ】の時間がある」
サリーが言うには他のスキルが名前を言いきってから即発動なのに対し、貫通能力を持つスキルのみ注意しないと気づかないくらいの遅れがあるとのことだ。
二人に説明し終えるとサリーはインベントリから紙を二枚取り出した。
「私がかき集めたありとあらゆる【貫通攻撃スキル】の名前がそこに載ってるから、一ヶ月の内にそれを全部覚えておいて」
「「は、はい!」」
貫通スキルを発動するまでの僅かな間の利用、さらにスキル名を記憶しておくことで先手を打って回避に移ることが出来る。
「でも……それでもまだ足りない」
「そ、そうなんですか?」
不安気に聞くマイにサリーはインベントリに並ぶ多くの木製のアイテムのうちの一つ取り出しつつ答える。
「イズに作ってもらった槍型の棒。これを私が振るうから…実践練習だね」
「えっ…?サリーさんは短剣のスキルしか使えないんじゃ……」
「うん。だから、動きと速度。全部覚えて練習して…再現出来るようにした」
「「えっ…?」」
サリーのしたことは人間業ではなかった。もはや異常としか言いようのない嘘のような現実。
「二人はここに来る間に役に立つ為なら【何でもする】と。そう言ったよね?だから……回避出来るようになるまで頑張ろう?」
ユイとマイの一人目の師匠はメイプルであり、メイプルは異常性を受け継がせ、
二人目の師匠となったサリーはその回避能力の一部を受け継がせようとしていた。
その頃メイプルはギルド内をうろうろしていた。
「カスミー!サリーは?」
「ユイとマイと一緒に【訓練場】だ。用事か?」
クロムとテーブルを挟んで話していたカスミが答える。
「うーん…一緒に三層を見て回ろうと思ったんだけど…まあ、いいか」
そう言うとメイプルは三層の町へと出ていった。
その姿を見送ってカスミとクロムが話し始める。
「俺の勘では、メイプルはまた何か強化して帰ってくるとみた」
「その勘…当たるのか?」
「さあな…そもそも目を離した時に強くなるからな。ユイとマイもそうだしな」
「確かに……それを言えば…最近カナデの姿を見ないな?」
カスミとクロムはここ数日カナデがギルドにいる時間が短くなっていることに気付いていた。
「ん?ああ、何でも二層の図書館に入り浸ってるらしい。拠点が二層の時もそうだったらしいが……」
イズ曰く、たまにやってきては本を読んでいるとのことだった。
「うちのメンバーはどこで強くなってるのかよく分からんからな…」
そう言ってカスミがクロムをじっと見つめる。
いや、正確にはクロムの装備をだ。
クロムもまたカスミの知らないところで強くなったのである。
口には出さないもののカスミは少し嫉妬した。
「メイプルに念でも込めて貰えば強くなれるかもしれないぞ?割と本気で」
「……割と真剣に考慮しておこう」
クロムとカスミがそんな話をしていた時、二層ではプレイヤーによっては一度も来たことのないであろう図書館のその最奥の部屋でカナデが本のページをめくっていた。
日本語ではない文字で書かれたそれを読み終えると本をパタンと閉じる。
「………そうか。うん、なるほど」
カナデは机の上に置いたルービックキューブを手に取るとそれをしばらく眺め、本を戻して立ち上がり一言呟いた。
「あと……二つあるんだね」
カナデは図書館を出ると二層を歩き始めた。
次回はメイプル回ではない。カナデ回である。