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防御特化と脱線。

メイプルはしばらくの間空中散歩を楽しんでいたが、そこで急にメッセージの通知音が鳴った。


「ん…?誰だろう?」

メイプルが差し出し人を確認すると、全部で三つのメッセージが届いていた。

それぞれ、クロム、カスミ、イズからのメッセージである。

まるで示し合わせたように内容は似通っていた。

どのメッセージも今回のところはイベントに力を注ごうといった内容だった。


「見つけ次第倒しているんだけど……やっぱり速度が足りないかな」

メイプルは三人に頑張りますと返信して空を飛んでいく。


「平原以外にもいるらしいし、あっちに見える山の方に行ってみようかな」

メイプルは遠くに見える山の方に向かって進んでいった。



三人がメイプルにメッセージを送ったのはあることに気づいたからである。

メイプルを一人にしてしまっていることである。

そのため今回のところは不思議なことに首を突っ込まずに、イベントに力を注ごうと言ったのである。

目を離すと何かしらが起こる。

それがいいことばかりとも限らない。


三人は今回は遠回しにそれを抑制しにかかったのだ。





メイプルはしばらく空を進み山へとたどり着いた。


「この辺りは人がいないね」

急な斜面に木々が生えている山には牛が少なかった。

運営の言う通り湧かないことはないが、湧くスペースが限られているためである。

これでは他のプレイヤーがいなくても効率は悪いだろう。

ただ、競争相手に簡単に先を越されてしまっていたメイプルは元々の効率が最低だったため効率が上がっていた。


「私はこの辺で一人で戦うのがちょうどいいかも」

シロップは指輪に戻して一人山を登りつつ牛を倒していく。

羊毛装備が整っていたため羊毛装備を準備していなかったプレイヤーと比べればメイプルも張り合えている。


「カスミやサリーは上位にいくかな?」

楓の木内ではこの二人が高い機動力を持っている。

羊毛装備も揃っている二人ならばメイプルの二、三倍は軽く狩れるだろう。


「マイペースでいこう。スキルまでは間に合いそうだし!」

そう言ったメイプルの足元の岩がぐらりと動いた。


「あっ!?」

メイプルがバランスを崩して咄嗟に木にしがみつく。


「あ……駄目だ……」

しかし、それも数秒しか持たなかった。

メイプルは瞬時に何か出来ることはないかを考えたが斜面を転がり落ちる方が先だった。





メイプルの体が何かにぶつかって止まった。


「【VIT】に振っててよかった……気をつけないと……」

【VIT】に極振りしていなければ今頃は街に強制送還である。

しかし転がっている内に【悪食】はなくなってしまっていた。


「あー……仕方ないか。あとちょっと狩りをして今日は止めようかな……ん?」

メイプルは立ち上がり周りを見渡したことで、自分が大樹にぶつかって止まったことに気づいた。


「おおー……大きい……あ」

大樹を観察していたメイプルは理解することが出来た。

大樹の下の方がメイプルの大盾の形にパックリと裂けていたのである。

最後の【悪食】の犠牲になったことは間違いなかった。


「ご、ごめんなさい!」

メイプルが裂け目の中を覗き込むと、そこにはメイプルの作った裂け目とは別に顔を入れられるくらいの小さな空間があり、メイプルはそこで一つの錆びた歯車を見つけた。

メイプルが裂け目から上を見ると微かに光が見える。

木の内部に小さな長い穴が続いており、そこを通って落ちてきたのだろうことが推測出来た。

メイプルは歯車を拾いあげる。


「アイテム名……【かつての夢】?」

スキルもなく、装備品でもない。

効果もなく、説明文もない。

メイプルにはギルドホームに飾るくらいしか使い道が思いつかなかった。


「取り敢えず持っていこう。あとは…この木を治せるかな?」

メイプルは白装備に変えるとポーションを飲んでHPを回復する。


「よし!【慈愛の光】!」

メイプルから激しくダメージエフェクトが舞う。

それと共にメイプルの手元から溢れ出た光が大樹を包み込む。


「……駄目かぁ。これが私の最大の回復手段だったんだけどなぁ」

【身捧ぐ慈愛】に含まれるスキルには回復スキルもいくつかある。

ただ、どのスキルも自分自身を回復する能力はない。


「本当…ごめんなさい!」

メイプルはもう一度頭を下げてその場を後にした。

どうやらクロム達のメッセージは無意味に終わってしまったようだった。


「まずは森から出て、シロップに乗って帰ろう」

メイプルは装備を戻して歩き出す。

メイプルはその後牛と何度か遭遇しつつも短刀で切り抜けて森を出た。




その頃クロムは牛を倒しながら歩き回っていたのだが、急に足を止めた。


「………何だか嫌な予感がするな」

クロムの第六感が何かを察知した。

大盾と鉈を構えて警戒するものの、特に何も襲ってこない。


「……気のせいか?」

気のせいではなかったが、遠く離れた場所で起こった何かを察知したことにクロムは気づかなかった。






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