防御特化とボスと中ボス。
「さて……帰るか…」
舞い散る赤いエフェクトとプレイヤーの死亡エフェクトの中でサリーが呟く。
もしも、このゲームで攻撃した際にエフェクトではなく血液が出ていたとしたならばその綺麗な青い装備は綺麗な赤い装備に変わっていたことだろう。
イベント後に、突然発生した徘徊型ボスではないかとちょっとした騒ぎになる殲滅劇は終わりを迎えた。
理由はメダルが二枚見つかったからである。
「持ってる人ってやっぱり少ないんだなぁ…私達の運が良かっただけかぁ」
既に日が落ちつつあった。
移動しつつ、五時間程戦っていたのである。
かなり遠くに沈みかけの太陽に照らされてメイプルのいる山が見えた。
そこは既に十キロは離れているだろう。
倒したプレイヤーの数は百を超えてからは数えることを止めていた。
それでも手に入ったメダルはたった二枚である。
サリーの言うように二人は運が良かった。
また、発見したダンジョンを攻略するだけの強さがあったことも他プレイヤーとの大きな違いだった。
「きっちり持ち帰らないとね」
サリーは走り出した。
途中で出会ったプレイヤー達が数人、光となってしまったがそれは仕方ないことだった。
「よし!到着!」
サリーがさっと中に入る。
道順は覚えているのでメイプルの元へと急いで向かうが、途中で足を止めた。
「うわ……」
メイプルのいる場所に繋がる通路に毒の壁が出来ている。
壊したとしても地面や壁が毒まみれでまともに進めないだろう。
「メイプルか…メッセージ送るか…」
メイプルにメッセージを送るとしばらくしてメイプルが毒壁を通り抜けて出てきた。
「メダル取ってきたよ」
「おお!凄い!」
サリーがメイプルにメダルを渡す。
これで二人のメダルは二十枚。
後は守りきるだけである。
「どうする?二匹の育成に入ってもいいと思うけど」
「あ!そうそう!それについて言いたいことがあったんだ!」
「何?」
「着いて来て!」
「いや…無理なんだけど…」
毒まみれの床を進んでいくのはサリーには出来ないことだった。
「んー…じゃあ、大盾に乗って?」
メイプルがカプセルを解除して毒壁を消すと地面に大盾を置く。
「乗るけど、どうするの?」
サリーが大盾に乗る。ちょうど、そりのような感じだ。
「頑張って押す」
「え?」
「頑張って押す」
「無理じゃない?」
「いけるいける!」
メイプルがぐっと押す。
大盾は五十センチ程動いたところで止まった。
「……いけない」
「うん、だと思った。それで?話したいことって?まずそれを聞きたいな」
「ああ、えっと…私のいた場所とはまた違う行き止まりに小部屋があって、そこに20センチくらいの蟻のモンスターが出たんだけど、それが弱くてシロップと朧にちょうどいいかなって!」
二人は洞窟内をそこまでしっかり探索していなかったため気付かなかった。
メイプルは暇だったため、毒で安全を確保した後に散歩も兼ねて探索をしていたので見つけることが出来た。
「ずっと出てくるの?」
サリーが聞く。
時間経過でいくらでも出てくるのならそこでの育成もありかもしれないと考えたのである。
「十分ごとに三匹出てくるよ!」
「なら…悪いけどメイプルだけでやってくれる?私は行けそうにないから…」
「分かった!頑張るね!」
サリーが大盾から降りるとメイプルは大盾を装備し直して洞窟の奥へと消えていった。
「うーん、やることなくなっちゃった」
サリーは取り敢えず洞窟を引き返す。
まだ全域が毒に覆われている訳ではなくおよそ三分の一といったところだ。
サリーは入り口から少し進んだところにある広間に座り込む。
一辺約二十メートルの正方形で、壁には装飾がされている。
元は中ボスの部屋だったのかもしれないとサリーは思った。
「メイプルを守ってあげるか」
ここは魔法陣で転移するダンジョンではない。
ダンジョン内は既に攻略されているためかモンスターの湧きも悪い。
メイプルの言っていたような場所が何箇所か残っているだけだった。
もっとも、サリーは数箇所あることは知らなかったが。
では、サリーが何からメイプルを守るか。
それは、モンスターではなくプレイヤーである。
ダンジョンが残り少なくなっている今、ダンジョンらしき場所ならば、メダルを求めてとにかく入ってみることだろう。
「【毒無効】がいたら終わりだしね」
【毒無効】持ちのプレイヤーは今のメイプルには倒せない。
やることが無いのなら念のために守ってあげるべきだとサリーは考えたのだ。
「ここも…もうダンジョンみたいなものだしね…」
メイプルをボスとして、サリーを中ボスとし、報酬のメダルは三十枚。
モンスターはほぼいない。
破格のダンジョンだ。
「六日目が終わるまでは守り抜かないと……」
七日目に入ってしまえば、メイプルを弱体化させている縛りが解ける。
そこまで耐えればメイプルが復活する。
「この考え方だと…何だかメイプルがどこかの魔神みたいだなぁ…」
周りに多くなっていたプレイヤーのことを考えると、山岳地帯の向こうは探索が粗方終わってしまったのかもしれないとサリーは思った。
「向こうで探索する場所が見つからなければこっちにくるかな?」
サリーがしばらく待機していると正面の通路から話し声が聞こえてきた。
「何かいるぞ!」
武器を構えつつ広間に入ってきたのは四人組だ。
サリーは素早く武器を確認する。
槍、大盾、杖、大剣だ。
いつもパーティーとして行動しているのだろう、バランスのとれた編成だった。
「このダンジョンに何か用?」
「お前…プレイヤーだよ…な?」
あからさまな中ボス部屋に一人佇む豪華な装備の少女がいれば疑うのも無理はないだろう。
HPバーは見えているが、それはモンスターでも変わらない。
サリーがモンスターだと言えばサリーはモンスターになる。
「戦う?」
プレイヤーと明かしてもメダルを奪い取りにくることを考えると戦闘になるだろう。サリーが持っていないと言ったとしてそれを信じる義理もない。
それに、きっと奥まで探索するつもりだろう四人をここでスルーすれば、メイプルの作った毒の通路にたどり着くだろう。
あれは、まだ攻略されていないダンジョンに見えてしまうこと間違いなしだ。
毒の通路を通り抜けられれば終わる。
倒すのが最も安全だ。
それならばいっそモンスターとして立ち振る舞ってみるのも面白いとサリーは思った。
そのため、定型文のように聞こえる返答をする。
「どうやら…当たりだな!」
四人はサリーを中ボスと思い込み、このダンジョンをまだ探索されていないものとして認識した。
「楽しい勝負になるといいね」
サリーの周りから青い光を纏う魚達が現れる。
サリーがモンスターのように振る舞った理由。
それは殲滅劇でちょっと気持ちが高ぶっていたからだ。
もう少し戦闘がしたくなってしまったのである。
モンスターだと思われれば間違いなく戦闘になる。相手も全力だ。
どのみち倒さなければならないなら楽しくやりたかった。
サリーにとって、楽しめてこそそれはゲームなのだ。
「ふふふ…やっぱり、楽しいな」
「気をつけろ!行くぞ!」
「「「おう!」」」
ゲームをする者は誰しもそこに現実とは違った快感を求めているのだろう。
サリーもそして四人のプレイヤーもその例外では無かった。
ところ変わってメイプルは奥の小部屋で寝転がりシロップと朧を応援していた。
「【喰らいつき】!行けー!頑張れ!【狐火】!」
蟻が倒れていくのを見て満足そうにメイプルが微笑む。
「いいよー!いいよ!頑張ってレベル上げて強くなってね!」
メイプルが起き上がって二匹を撫でる。
メイプルが完全装備でなければペットと接する普通の少女の図である。
それは、よくある現実世界のままの光景だった。
メイプルはサリーが上で戦っていることなど全く知らなかった。
メイプルはどちらかというと例外に近いタイプなのかもしれなかった。
このゲームを始めてからはサリーはメイプルに合わせていたので、こういった機会があれば一人でプレイしていた頃のスタイルに戻ったりします。
メイプルと一緒にいる時はそれが最も楽しいと思い、一人でいる時は無双するのが楽しいと思う訳です。
頭のネジ吹っ飛んではないです。
目的が全くなければ戦闘はしません。