防御特化とイカ退治。
戦闘開始から三十分が経過していた。
「さて…どうしたものか……」
「サリー!何か思いついたー?」
「んー…まだー」
サリーが棒立ちで考え込む。
そんなことが出来るのは最初に触手を攻撃したメイプルに攻撃が集中しているからである。
メイプルは巨大イカの触手でベチベチと叩かれているのだ。
「相変わらず…ぶっ飛んだ防御力だなぁ……」
普通のプレイヤーなら一撃で死亡、もしくは瀕死の攻撃もメイプルならば兎の体当たりと同義である。
今もメイプルは触手に叩かれてお手玉のように宙を舞っている。
「メイプルー!私一回泳いでイカの近くまで行ってみるねー!」
「うん、気を付けてねー!」
風魔法なども試してみたものの分厚い水の層にに阻まれて遠くのイカ本体に届かなかったのである。
メイプルの【毒竜】を水中に撃ち込んで毒殺するという案もあったが、その場合失敗した際にサリーが水中に入れなくなり、どうしようもなくなってしまうので最終手段として残しておくことにしたのである。
サリーが水の壁にズブズブと入っていく。【大海】と同じ水であることを警戒したもののただの水だった。
サリーがイカの元へと泳いでいく。
もちろん、全ての触手がメイプルを襲っている訳ではない。
近づいてくる者を迎撃する触手が残っているのだ。
当然、それはサリーに襲いかかる。
「おおー…流石サリー…」
メイプルが触手に跳ね飛ばされながら見上げた時に見えたものは、触手をヒラリヒラリと躱して本体に近づいていくサリーの姿だった。
「お!HPバーが減った!」
水中ではサリーのダガーが煌めくエフェクトを纏いながら巨大イカを斬り裂いているところだった。
この間もメイプルは触手に叩かれているのだが、メイプルも慣れてきたのか余裕が出始めた。
「んー?思ったよりHPが低い…」
サリーが連続攻撃スキルを五回放ったところで既にHPバーは一割半程減っていたのである。
「んっ!?」
触手が急に攻撃を止めたためメイプルがガシャンと地面に落ちる。
サリーが本体にダメージを与えたことでメイプルからサリーに触手の攻撃対象が移ったのだ。
サリーもそれに気が付いたようで急いで泳いで戻ってくる。
サリーがいくら回避に秀でていても避けられないのが超広範囲攻撃である。
幅の広い触手全てで一気に薙ぎ払い攻撃をされてはひとたまりもない。
「ぷはっ…!」
「【カバームーブ】!【カバー】!」
メイプルは【悪食】はここでは使わなかった。サリーに向かう触手攻撃を受け止めた鎧がガシャンガシャンと音を立てる。
「【毒竜】!」
襲いかかる八本の触手が毒竜に飲み込まれていく。
怪鳥と比べてスピードに欠ける巨大イカには毒竜を当てるための作戦を立てる必要もなかった。
躱せるだけの速度が無かったのだ。
「まあ、再生しちゃうんだけどね」
HPバーには影響がなく、触手はいくら潰しても再生してしまう。
しかし、この行為が無駄という訳では決してない。
触手八本を根こそぎもっていったメイプルが標的となったからだ。
再びお手玉の開始である。
「サリー、任せた!」
「ありがとう!頼りになる!」
サリーは水の中に再び入っていく。
サリーが攻撃してメイプルが敵の攻撃を引き受ける。
攻撃対象がサリーになる度にサリーがメイプルの元に戻ってきてメイプルがサリーから攻撃対象を移す。
パターンが変わるまでは取り敢えずこれの繰り返しである。
簡単そうに見えるが、メイプルでなければ触手八本の集中砲火に耐えることは出来ない。
サリーのように【潜水】と【水泳】のスキルが高レベルでなければイカに近づくこともままならず、まともにダメージを与えることが出来ない。
巨大イカに対して二人の能力が上手く噛み合っているからこそ、有利に事を運べているのだ。
しかし、最後までこの調子ではいかなかった。
サリーがHPバーを残り七割まで削ったところで行動パターンが変化したのだ。
イカの周りに魔法陣が現れてそこから魚が次々と出てくる。
間違いなくモンスターである。
魚は二人のいる方向にそれぞれ近づいていく。
メイプルを襲っていた触手は再びターゲットを変えて水中に戻っていった。
「……空中を泳いでる」
メイプルのいる場所は水中ではないが、魚はそんなことはお構いなしとばかりに水中から飛び出すと、青いエフェクトを纏って空中を泳いでくる。
幻想的な光景だが、魚達はモンスターなのだ。感動している暇はない。
魚達はあらゆる方向から体当たりをしてくる。
「んー…【パラライズシャウト】!」
キンと澄んだ音が響き渡ると魚達はその体の自由を奪われて地面にポトリポトリと落ちていく。
巨大イカと水中の魚は範囲外だったため麻痺することは無かった。
「やっぱりこれ便利!」
「はぁ……っ。逃げ切れたっと」
サリーがバシャバシャバシャと音を立てて水から出てくる。
もちろん残りの魚達と触手もサリーの後を追いかけてくる。
それでもサリーが既に逃げ切れたと言っているのは、そこにメイプルがいるからである。
メイプルの近く、それ即ち絶対安全圏。
「メイプル!」
「おっけー!」
メイプルが先程納刀したばかりの新月を抜き放つ。
紫の魔法陣が刀身から展開される。
何度も発動してきたメイプルの最大威力攻撃であり、お気に入りだ。
「【毒竜】!」
それは向かってきていた魚達をまとめて溶かしつくし、その後ろに迫っていた触手すらも飲み込み、そして。
水中にドボンと入っていった。
「「あっ」」
根元までしっかりと水中に飛び込んだ毒竜は次第にその体を水中に溶かしていった。
水が薄く紫色になっているように見えるのは気のせいではないだろう。
サリーが入ればどうなってしまうのかは分からない。
「ち、ちちちょっとどうするの!?」
「ど、どどどどうする!?」
「そ、そうだ!イカ!イカのHPバー!」
じっと見てみるもののそのHPバーは減る様子がない。
溶かした触手も復活し始めた。
麻痺していた魚達も青いエフェクトと共にふわりと浮き上がり始めた。
新たな魚も追加される。
「と、とと取り敢えずサリーは逃げ回ってて!」
「ついでに魚も倒しつつ逃げるから!」
「ほんとごめん!!」
溢れかえる魚達。
襲いかかる八本の触手。
魚達の攻撃手段は体当たりするだけではなかったらしくその青いエフェクトと同色の水を撒き散らし始めた。
「メイプル!私の【大海】と同じかもしれないよ!」
「も、もう浴びちゃったよ!…動きが遅く……ならない?」
「そ、そっか【AGI 0】だからもうどうせ減らないのか!いや、それならただの水の可能性も…も、もう分からないよ!」
メイプルの凡ミスをきっかけに安定したサイクルは跡形も無く崩れ、地面には毒液と謎の液体。飛び回る魚達にぶんぶんと振り回される触手。
お手玉状態のメイプル。
そんな中二人がわーわー喚きながら次の案を練るという阿鼻叫喚の図となった。