防御特化と廃墟探索。
今回の戦闘で手に入った物は、まず第一目的だった本。
そして、メダルが三枚だ。
これはかなり幸運だったと言える。
メダルを三枚持っているプレイヤーならば高レベルプレイヤーとの戦闘は極力避けるからである。
サリーも普通の装備のままでは逃げられていただろう。
負けたプレイヤー達が持っていた三枚という数よりも多い五枚のメダルは、三人から冷静さを奪うことに成功した。
メダルが一気に三倍近くになる誘惑に抗うことは出来なかったのだろう。
「ミイラ取りがミイラに…ってね」
そう言うとサリーはインベントリからあの古びた本を取り出した。
「さて、読んでみようか?」
「うん!そうしよう!」
二人で大きな石レンガに腰掛けて本を覗きこむ。
ボロボロになっていてどのページもまともに読み取ることは出来なかったが、パラパラと捲っていると途中に一ページだけ、読み取れる部分を見つけた。
「【古ノ心臓】、湧水ニ導カレ、淡イ光ノ中、ソノ姿ヲ現サン。勇敢ナル者ヨ、魔ヲ払イテ、青ク静カナ海へ」
「どういうこと?」
「【古ノ心臓】に湧水が関わってて…それがあればダンジョンに行けるのかな?戦闘もありそうな感じ」
「……湧水っていうくらいだし…噴水とか?」
二人が探索した結果廃墟群には四つの噴水があった。
廃墟の中央に大きな噴水があり、そこから離れた所に小さな噴水がある。
噴水の頂点は菱形の赤い水晶で出来ていて綺麗だった。
といっても水の気配はなく枯れてしまっている。
「取り敢えず真ん中の大噴水で試してみようか」
「うん、そうしよう」
少し歩いて二人は大噴水にたどり着いた。
すると、サリーには何か考えがあったのか、かつては水が溜まっていたであろう噴水の受け皿の部分にすっと乗った。
「【大海】!」
サリーの足元から水が広がる。
それは、受け皿を満たしていく。
それと共に噴水が淡く青色に輝き始めた。
「おおっ!?」
「どう?」
しかし、その光は次第に薄れていく。
受け皿に溜まっていた水も噴水に吸い込まれるようにして消えていった。
耳を澄ましてみるものの、何かが作動したような音はしなかった。
「んー…何も起こらない?」
「…そうみたい。でも、この噴水は何かあると思うよ」
「うん、私もそう思う。他の噴水でも試してみよう」
二人は他の噴水でも同じようにしてみたところ、どの噴水も淡く輝いたが、それ以上の変化は起こらなかった。
「サリー、あの本はまだ最後まで読みきってなかったよね?もう一回ちゃんと読んでみようよ?」
「……そうしよっか。他にもヒントがあるかもしれないしね」
行き詰まってしまった二人はもう一度じっくりと本を読む。一ページ目から見ていくもののやはり読める文字は無かった。
そして、読むのを止めたあの文章までやってくる。
「淡い光っていうのはあの噴水の光で、湧水はあれでいいだろうし…」
考えてみるものの新たに何かを思いつくことは無く、一旦置いておいて先のページを見る。
「おっ?」
「これ……絵?」
最後のページ。
ボロボロになってしまってはいたもののそこには絵が描いてあったのだ。
「壺?…いや、水瓶?」
四つの噴水の周りにそれぞれ壺らしきものを置く人々の姿。絵の上部には丸い何かが浮かんでいた。それは赤色に塗られている。
「これが、【古ノ心臓】?」
メイプルが赤い丸を指差して言う。
「……かもしれない。んー…水瓶に入れて周りに置かないと駄目とか?分かんないなぁ…」
二人はうんうん唸りながら考えていたがこの絵から得られた情報が曖昧過ぎて、いい考えに繋がらなかった。
「ちょっと休憩しようか。このまま考えていても何も思いつかなさそう」
「確かにそうかも」
二人は廃墟の中央で座り込んでくつろぐ。
変に隠れるよりも見晴らしのいい場所にいた方が、プレイヤーからの接近に気付きやすくリラックス出来る。
「このイベントも今日を合わせて後三日かぁ…」
サリーが呟く。
イベントももう折り返し地点を過ぎている。残りは僅かだ。
「すっっっごく濃厚な四日間だったと思うよ?今までのプレイ全部よりも内容が濃いかも!」
「あはは、確かにね!」
ゴブリンの王を倒し、亡霊の彷徨う森で一夜を明かし、雪山では圧倒的強さの怪鳥との戦いを制しシロップと朧を味方につけ、その後は竹林を探索した。
渓谷では偽物との戦いがあり、砂漠ではカスミと共にカタツムリから逃げ回りながらの探索した。
海ではカナデと出会い新たな繋がりを得て、メダルも手に入れた。
メイプルの言う通り、二人は非常に濃い内容のイベント期間を過ごしてきた。
「この廃墟と…あと一つダンジョンを探索出来れば御の字かな」
「五日目は丸々廃墟に使う?」
「うん、そのつもりでいよう。それくらいはかかるかもしれない」
二人は休憩もそこそこに再び廃墟の探索を始めた。
一回目とは違い、時間をかけて地下室や隠し部屋を探そうとしているのだ。
理由は先程の古びた絵である。
二人はこの廃墟内のどこかに絵に描かれていた水瓶があるのではないのかと予想したのだ。
絵の状況を再現するには水瓶が必要になるだろう。
あの絵が絶対に正しいという訳では無かったが、二人には今の所手掛かりがそれしか無かったのである。
二人で、時には手分けして、探索を続けたものの結局なにも見つからないまま日が沈もうとしていた。
「どこか屋根の下に入って休もう」
「そうしようか」
思うように成果が出なかったことに肩を落としながら、二人は食事をした。
「何も無かったねー」
「……夜になったらまた何かが変わるかもしれないし…時々交代で探索に出ることにしない?」
「うん、いいよ!」
二人同時に探索をせず、片方は休むことにしたのは、まだ明日も探索が待っているからだろう。
余裕を持って行動しなくてはミスが起こるとカタツムリ達からの逃亡で学んだのである。
夕食後にしばらく話をすると、まずはサリーが探索に出かけた。
「いってらっしゃい!」
「いってきます」
メイプルはシロップを呼び出して戯れている。他にすることがないのだ。
とはいえ、時には休むことも立派な仕事となるのである。
二人で決めた以上、約束を破って探索に向かう訳にはいかない。
しばらくするとサリーが戻ってきた。
その様子から察するに成果は無かったのだろう。表情も明るくなかった。
さらに、少し時間をおいてメイプルが出発する。
それを何度か繰り返し、何度目かのメイプルの番が回ってきた。
「いってくるね」
「うん、何かあるといいなぁ…」
メイプルが廃墟内を探索する。
まずは大噴水からだ。
今までもまずは大噴水からだった。
そして全体を見回りながら小さな噴水を確認するのだ。
メイプルは空を見上げる。
「綺麗な月……」
空に浮かぶ満月は静かに淡い月明かりを地上に浴びせていた。
現実世界は電気の光で溢れているため、ここまで月明かりの明るさを感じることは出来ないだろう。
メイプルが大噴水へと向かう通路を歩いていく。
「ん?」
メイプルが立ち止まる。
大噴水には待ち望んだ変化があった。
噴水は、二人が何もしていないにも関わらず薄く輝いていたのである。