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防御特化と友達強化。

PV100万。ブックマーク1万。

それぞれ突破しました。

ありがとうございます!

「よし、到着!」

理沙が辿り着いたのは森の奥の小さな家である。ログハウスだ。

その家の真横には澄み渡る小川が流れていて水車がゆっくりと回っている。

家の前には小さな畑と薪割りの後に残されたままなのだろう割られていない薪が幾つか置かれていた。


小鳥のさえずりが心地よく響く。

理沙は家に近づくとコンコンと扉をノックしてそのまま待つ。

少しして扉が内側から開かれる。

出てきたのは杖をついて白い髭を長く伸ばした男性だった。


「こんな所に人が来るとは珍しい……取り敢えず上がっていきなさい。この辺りは厄介なモンスターも多い」

そう言って老人は理沙を家の中に通す。理沙は素直に従って家の中に入る。

AGI値が足りないと老人は家におらず、イベントが発生しないのだ。


家の中は最低限の家具があるくらいだ。

唯一気になることといえば、端の方にある棚の上に、古びてはいるものの確かな存在感を放っている短剣があることぐらいだろう。

理沙はその後言われるままに、テーブルの近くの椅子に座る。

老人はそんな理沙の前にお茶の入った湯飲みを置いた。


「飲むといい、少しは体も休まるはずだ」


「えっと…ありがとうございます。いただきます」

理沙がお茶を飲む。老人の言う通り確かに体が休まった。

具体的には、MPが全回復した。

HPは減っていなかったため分からなかったが、情報によると回復するらしい。


「ふむ……しばらく休んでいくといい。わしは【魔力水】を汲みに行く」

【魔力水】は魔力が回復する水が湧き出る泉から汲んだ水のことだ。その泉の場所は第二層の町でNPCから聞くことが出来る。

現在地からおおよそ三十分の結構遠い場所である。

ここで、理沙が待ってましたとばかりに口を開く。


「はい、じゃあ、私が代わりに汲んできますよ」


「ん、そうか?…ここは甘えておこうか……最近は足の調子も悪くなってきた」

老人はそう言うと理沙にガラス瓶を渡す。

理沙の前に青色のモニターが現れる。

Yes、Noという表示がある。

理沙はYesを押してクエストを受けた。



【魔力水】は二層に入ってすぐ生産職プレイヤーが検証を行ったが、どうやっても泉から汲み上げることは出来なかったのだ。

その場で飲んで、MPを回復することは出来たとのことだが、現時点で持ち帰ることは不可能だ。

唯一汲み上げられるのが、このイベント途中で渡されるガラス瓶を使った場合だ。

しかし、それも汲み上げてから一時間でインベントリから消えてしまう。

つまり、このイベントの為に用意されたスポットといえる。


「それじゃあ、行ってきます!」


「すまんな…頼んだ」

そして、理沙はログハウスを飛び出して泉へと向かう。

この辺りに生息しているモンスターは主に三種類。

一体目はビッグスパイダー。

その名の通りデカイ蜘蛛である。その大きさは一メートルで対象を拘束する蜘蛛糸での攻撃が厄介だ。

二体目はスリープビートル。

対象を眠らせる状態異常攻撃をしてくるカブトムシである。大きさは通常のカブトムシより少し大きい程度なので、見逃しやすく不意打ちの怖いモンスターだ。

三体目はトレント。

木に擬態しており、奇襲攻撃を得意とする。

しかし、この森の中で唯一赤い木の実を付けている木という特徴がある。

そのため事前に知っていれば回避率は上がるだろう。しかし、それを除いても枝や根を伸ばしての攻撃はリーチが長く、周りを塞がれてやられるプレイヤーも多い。




理沙は森の中を駆けていく。

下調べの通りモンスターは一匹も現れない。

そして、きっちり三十分程で泉へと辿り着くことができた。


「綺麗……」

どこまでも透き通るその水は薄く輝いて周りの木々や草花を照らしていた。

その幻想的な光景に理沙もしばし足を止めて泉を眺める。

そして、泉の水を飲みMPを回復させると集中力を高める。


「ここから…だね」

理沙はガラス瓶に泉の水を汲み、インベントリに入れる。制限時間は一時間。

時間内にログハウスまで戻ることが出来なければイベントは失敗に終わる。

そして、行きには全くいなかったモンスター達が、待ってましたとばかりに森に溢れかえる。


「行くか…」

理沙は振り返ると、森に飛び込みそのまま駆ける。蜘蛛の嫌な鳴き声が響く。

このイベントはここからが本番だ。

モンスター無しで三十分の道のりをモンスター有りで一時間以内に帰る。

【超加速】を手に入れるにはこの試練をくぐり抜けなければならない。

蜘蛛の糸が木の上や茂みからヒュンヒュンと音を立てて飛んでくる。これに当たれば捕獲されてお終いだ。


「よっと!……っ!【蜃気楼】!」

理沙が駆けていく、その体にスリープビートルが大量にぶつかっていった。

しかしそれはグニャリとその形を歪めて空気へと溶けていく。

それを尻目に理沙はスリープビートルの群れを突破する。


「危ない危ない…っと!」

理沙の足元から鋭い木の根が伸びてくる。

理沙のステータスなら一撃死は免れない。

理沙が木の根を避けつつ周りを確認する。

赤い木の実がついた木が三本。間違いなくトレントだ。


「【ファイアーボール】!」

燃え盛る火の玉が動きの鈍いトレントに当たりその幹を激しく燃やす。

トレントの怒りの声が森に響き渡る。


「これは…っ!ミスったかも…」

トレントの声に引き寄せられて近づいてくるモンスター達が、理沙の【気配察知II】に引っかかる。


「【蜃気楼】!」

理沙は泉方向に幻想の自分を走らせる。

カブトムシはそれで上手く誘導出来たが蜘蛛はそうはいかなかった。何かのスキルを持っているのか理沙の方向に向かってくる。


「バレてるし!【スラッシュ】!」

蜘蛛の糸を交わしつつの二連撃。

HPバーが確かに減るが、まだ七割程は残っている。とても倒している暇はない。


「くそっ……トレントも鬱陶しい…!」

敵の数が尋常ではない上にそれぞれが別の意思を持って動いている。

その上蜘蛛のAGI値はかなり高い。理沙と大して変わらないのだ。

そもそもがAGI特化が挑戦するクエストなのだから当然なのだろう。


「【大海】!」

理沙の足元から水が薄く広がる。追ってきていた蜘蛛がそれに突っ込んで減速する。


「【スラッシュ】!…【ウィンドカッター】!」

トレントが伸ばした枝と根を断ち切って理沙はさらに前へと進む。

蜘蛛との距離がじりじりと開く。

しかし、理沙の神経もすり減る。

走り抜けなければ捕まってしまうが、ここは森の中である。


乱立する樹木に、足元の茂み、どこにぬかるみがあるかもしれない。

もし、足を取られてしまえば一気に状況は悪化する。

理沙の耳に羽音が聞こえ、ばっと音のした方を振り返った。


「またカブトムシ!?………嘘でしょ」

この森に生息しているモンスターは【主に】三種類。

そう、滅多に遭遇しないとはいえもう一種モンスターがいるのだ。

背後から迫るのは巨大な蜻蛉だった。

その名は風蜻蛉。

その名の由来となった風魔法で加速しながらまるで木など無いかのように高速で飛んでくる


「運が悪いっ!…くそっ…!【ウィンドカッター】!」

風の刃を背後に放ち威嚇する。

この状況で戦っている暇は無い。何としても逃げ切らなくてはならない。今もじりじりと距離は詰まっているのだ。

練度の高い風魔法が理沙の周りを風切り音と共に通り過ぎていく。木を盾にして風魔法を避けつつ【大海】を広げて蜘蛛を牽制する。

右から飛んできたスリープビートルは【蜃気楼】で逸らす。そうして、走り続ける内に再びモンスターに囲まれていく。

理沙に焦りの色が浮かぶ。


「前から蜘蛛が来てる…左はトレント。これは左!」

【気配察知II】をフル活用して出来るだけの情報を仕入れて最善のルートを選ぶ。

少しでも木々が茂り、蜻蛉の飛びにくい方向に。目の前には三体のトレント。勿論相手にしている暇など無い。


「【蜃気楼】!」

トレントはあっけなく引っかかり、その何十本と伸ばした鋭い枝を理沙の幻影に向けて突き刺した。

トレントには確かな感覚があったのか勝ち誇ったように気味の悪い笑い声を上げる。


「ありがとう!本当助かる!」

理沙が安堵と共に呟く。

貫いたのは理沙ではなく。



風蜻蛉の羽、その内の一枚である。



風蜻蛉と言えど予想外の攻撃を完全に回避することは出来なかったのだ。

羽を破られた風蜻蛉のスピードが落ちる。

理沙との距離が開いていく。

ギチギチと嫌な音を立てつつ、風蜻蛉は風魔法を理沙に放つが、苦し紛れのその攻撃が理沙に届くはずもなかった。










「はぁ…はぁ…到着!っはあ!本気で一番疲れたかも…」

理沙の目の前にはログハウスがあった。

かかった時間は五十二分、ギリギリで間に合った。

理沙がログハウスの扉を開ける。


「戻りました!」


「おお!待っていたぞ、無事そうで何より何より…」

数十回の死地をくぐり抜けた理沙は微妙な顔をするが、老人はそれは気にもせず話を続ける。


「ふむ…お礼をせねばならんな…どれ、ちょっとまってるといい」

そう言うと老人は一つの巻物を引き出しから取り出して持ってきた。


「スキル【超加速】を覚えられる。役に立つはずだ…遠慮は要らんぞ」

そう言うと老人の姿が霞んで消える。


「わしには必要無い物だ」

理沙の背後から声がして、理沙が慌てて振り返る。

そこには悪戯が成功した少年の様な嬉しそうな笑みを浮かべる老人がいた。


「ふふ…精進するといい」


「は、はい!」

思わず返事をして、理沙はログハウスを後にする。

新たな力を手に入れて。









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