本当に現実を生きていないのは?~その後のトゥリオ2~
※「本当に現実を生きていないのは?~その後のトゥリオ~」の後日談です。
続きものなので、「本当に現実を生きていないのは?」「本当に現実を生きていないのは?~ラウラの婚約裏事情~」「本当に現実を生きていないのは?~その後のトゥリオ~」をお読み頂いた後に読んで下さると助かります。(ページ下部にリンクを貼っております)
「お帰りなさいませ、旦那様」
いつものように夜遅くに家に帰ると、ラウラが出迎えてくれた。それ自体は珍しいことではないのだが、あからさまに上機嫌なのを見て首を傾げた。
「ああ、ただいま戻ったよ、ラウラ」
腰に腕を回して頬に口付けた。ラウラは意外とこう言う甘い行為が好きなのだ。これが部屋で人目がなければ首に腕を回して来ていたことだろう。人前だから次期公爵夫人としての威厳で抑えているだけで、口元は緩んでいる。
「ふふ、お腹空いていらっしゃいますよね。着替えて来て下さいまし。すぐに夕食をご用意致しますわ」
「ああ、そうさせて貰うよ」
再度頬に口づけてから部屋に向かう。ラウラも公爵家の仕事をしている為、忙しい。だからわざわざ私が帰ってくるのを待って共に夕食を取ってくれるが、あまりに遅くなりそうな時は先に食べるように伝言を頼むこともある。
今日はそれなりの時間で帰って来られたので、ゆったりできそうだ。
「待たせたかい?」
「いいえ。ちょうど良いお着きでございます」
「そうか。なら食べようか」
「はい」
さっと食事を出して来る侍女達。公爵家は人のレベルも食事のレベルも高いのだ。最初の頃はお礼を言う癖が抜けなくて叱咤されまくったが、今では次期公爵家当主としての威厳もそれなりに身に付いたと思う。
「ところで、ラウラ」
「はい、旦那様」
「何かあったのかい? 随分とご機嫌のようだが」
やはり聞いて欲しかったのだろう。一気に目の輝きが増した。
「ふふふ。実は今日、チモライから書状が届いたのです」
「チモライ? えっと……」
どこだったかな。と頭の中を検索していると、ラウラが答えを言ってくれた。
「我が国随一の港町ですよ。マリガンから戻った船に1人も病人がいなかったことを即座に知らせて下さったのです!」
ああ、と微妙な心情になった。だってこれ、アレだろう? 壊血病。
「旦那様に非常に感謝していると伝えて欲しいとのことでした。後日改めてお伺いしたいとのことです。ガウデンツィ侯爵もこれで何も言えないでしょう」
チモライを所有しているガウデンツィ侯爵は元々クラウディオ殿下ではなく、第二王子のジャンフランコ殿下を後援していらしゃった。そのお陰でクラウディオ殿下が船の病気に対して対策を打ち出した際に色々と反対して面倒事を引き起こしてくれた人だ。
そりゃまあ、いきなり医者でもない者が病気対策をしたところで信じられないのは分かるけど、お陰で色々と仕事を増やしてくれた人だから良い思いはない。クラウディオ殿下が船の病気対策をしようとしたのも港町なんて言う金のなる木を所有している家を野放しにしておきたくなかったという政治的判断があったからなのだろう。それで俺に命じてきたのは意味が分からないが。
「……チモライを代官していたのはガウデンツィ侯爵の傍系であるチェルニック子爵だったよな」
「はい。チェルニック子爵はガウデンツィ侯爵と乳兄弟でもありましたから、こちらにもだいぶ固い態度を取られておりましたが、それが結果が出たことで態度が翻ったようなんです。直接チェルニック子爵がお伺いしたいとのことなので、その日は旦那様もご同席して下さいね?」
公爵家のことには関われていないが、流石にこれは断れないだろう。それに俺自身も本当にアレで良かったのか直に聞いてみたい。知識はあってもこの世界で通用するかは不安があったのだ。
「ああ、その際は殿下に許可を貰って必ず出席するよ」
「ありがとうございます。これでガウデンツィ侯爵をクラウディオ殿下の陣営に引き入れることが出来たら言うことなしなのですが、それはクラウディオ殿下の腕の見せ所ですからね。そこまでは私共が気を回す必要はないでしょう」
まあ、あの殿下なら成功した場合の道筋くらい作っているだろう。ヒロインに惑わされてしまっていたとは言え、元々王族としては優秀なのだから。
「それにしても旦那様は本当に凄いですね。旦那様のお陰で我が家はまた利益を得られそうです。本当に素晴らしい旦那様を得られて私は幸せ者です」
ディナーレ公爵家に婿入りして、現在公爵家の本邸がある敷地内の離れが俺達の住まいとなっている。本邸に一緒に住んでも良いとは言われたのだが、こちらの方が気が楽だろうと公爵様が準備して下さったのだ。本当にこれは有難いことだと思っている。
最初の頃は突然婿入りしてきた伯爵家の三男ということであまり屋敷の者達に良い感情を抱かれていないのは知っていた。勿論、それを表に出して来たりしない辺り、本当にレベルが高い者達なのだ。
それに、傍から見たら仕方のない評価なのは理解出来た。否むしろその反応が正しいと思っていた。でも、あの雛形とトゥペンの件があってから皆の俺を見る目が変わった。ラウラが自慢しまくったことが原因だろう。ラウラが喜んでいたから何も言えなかったけど、安らぐ為の家ですら尊敬の念で見られて胃が痛くなったのは内緒だ。
そして今、ラウラはまたも高揚した様子でいる。これはもう相当に屋敷の者達に自慢しまくっただろうことが予測される。道理で侍女達の目がいつも以上に輝いていると思った。
「……それは良かったよ。私は公爵家の為に殆ど動けていないからね、偶には役に立たないと」
「何をおっしゃっているんですか? 旦那様程家に貢献していらっしゃる方が世の中にどれ程いらっしゃいましょう?」
「あ、あれ? そうかい? それなら嬉しいのだけれど」
「……旦那様……」
何だろう。これ以上自慢しないで欲しいとは思ったけど、残念そうな顔で見られるのもそれはそれで堪える。
「まあ、よろしいですわ。そういうところが旦那様らしいとも思いますもの。私ももっと旦那様に相応しい妻になれるよう頑張りますわね」
「ラウラは十分過ぎるくらい素敵な妻だよ」
「ふふ。では十分過ぎるくらい素敵な妻で居続ける為にも……そろそろお継ぎが欲しいのですが、ご協力いただけますか? 旦那様」
「…………善処します」
その夜、ラウラと久しぶりに閨を共にして、前よりは仕事が落ち着いて来ているのも事実なので殿下に相談してみるかなと思った。
「旦那様?」
「ああ、悪いね。寒かったかい?」
ことが終わった後、1人でこっそり晩酌をしているとラウラが起きて来た。
「いいえ。……眠れないのですか?」
「そうではないんだがな…………なあ、ラウラ」
「はい」
「殿下に許しが貰えたらだが、チモライに行ってみないか?」
やっぱり人に聞くだけでは不安が残る。ちゃんとこの目で見てみたい。人の命に関わることなんだ。出せる案は全て出したとは言え、もしかしたら何か思いつくことがあるかもしれない。何より、きちんと現場に俺の考えが伝わっているかを見ておきたい。
「あら……ふふ。それは素晴らしいお考えですわね。旦那様を讃える声も更に高まることでしょう」
「いや、それは望んでいないんだが……実際に見てみたいと思ったんだ」
「……そんなにご不安そうなお顔をされなくとも、結果に示されているではありませんか」
「だが、見落としがあるかもしれないだろう?」
「ふふ。そうですわね。本当に……旦那様は人が良すぎますわ」
そんなんじゃない。ただ俺は一般人なんだ。国政に関わったり、人の命を救う対策を取ったりするような重責に慣れないだけ。ただ、それだけなんだ。
でも、もうラウラがいる。クラウディオ殿下だって俺は見捨てられない。何もかも放り出せる程、俺は身軽でもないし、考えなしでもない。ここで王太子の側近頭兼秘書として、次期公爵家当主として生きていくしかないんだろう。
それが俺のこの世界で生きて来た結果だ。
「子供が産まれた時に、尊敬できる父親でいたいからな」
「まあ。お継ぎに対して前向きになって下さっていて嬉しいですわ。仕事も大切ですが、今年中にお父様達に吉報を届けられるよう頑張りましょうね」
「……そうだな」
酒の力もあってか、素直にそう返していた。
お陰で笑顔のままラウラにベッドに誘われ、翌日寝不足で王城に上がることとなったが仕方がないと言うものだろう。
それから、クラウディオ殿下にもマウリツィオ陛下にもディナーレ公爵夫妻にも素晴らしいと褒められた。そして現場であるチモライ訪問はあっさりとお許しが出た。我が家に感謝を述べに来たチェルニック子爵も大歓迎するとおっしゃってくれ、俺はラウラと共にチモライ訪問を果たした。
チモライに行くと、チェルニック子爵は大々的に俺の功績と共に俺が来ることを告げていたようで、船乗りだけでなく平民達からも好意的な目を向けられた。その度に俺の功績じゃないと言いたくなったが、前世の知識を使ってここで良い結果をもたらしたのは事実なのだ。学生時代で分かっていたはずだ。例え自分が研究して得た知識でないとしても使い様によって良くも悪くもなると。
だから、良い方に使えた分くらいの称賛は受け入れても良いのだとそう思って耐えた。
「……ラウラ」
「はい、旦那様」
「私は、ラウラに結婚を後悔されるような夫にだけはなりたくないとそう思うよ」
不安に思うのは、不相応なまでに称賛を浴びせられるからだろう。皆が見ている虚像は俺ではないのだと。
「ふふ。後悔ですか。それはあり得ませんね」
「何故だい?」
「例えこのような功績が1つもなくとも、私は旦那様を愛しておりますから」
そうだ。例え功績とズレた俺というのが皆から見た俺であったとしても、ラウラへの愛だけは俺のありのままでありたい。
きっとそこにこそ、俺の居場所はあるはずだから。
「ああ、私もラウラを愛しているよ」
そんな陳腐な台詞しか言えない俺だけど、ラウラが横に居てくれる限り、きっとこれで良いのだとそう思う。
恋愛ジャンルだったのに恋愛要素が少なすぎたからか、ラウラを望まれる声が多かったので恋愛で締めた方が良いかなと思い、このような話になりました。
タイトルがちょっと手抜きになったのは見逃してくれると有難いです。
リクエスト下さった方々の期待に沿えたか分かりませんが、リクエストありがとうございました。