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一生ついていきますわ〜

「じゃあ、もう行っていいよ。別にクリフがいるし平気だから。さよなら、ロザリー」

 エリザベート王太子妃殿下は、その美貌を冷たく微笑ませ、扇子を下で振った。


「そんな……」

 ロザリー様が縋るようにお二人を交互に見つめたが、ロザリー様を見るお二人のその目はさっさと消えろとばかりに冷たい。


「お前のせいで!」

 ロザリー様はギリと私を睨むと、踵を返して足音も荒く去って行った。


「セシリア、頬は大丈夫か?悪かったな」

「とんでもございません。庇っていただき、ありがとうございました」

 私は、深々と頭を下げた。


「クリフ。彼女を医務室まで送ってやって」

「え〜、さすがに姉上を一人にはできないよ」

「ああ、そうか」

 エリザベート王太子妃殿下が、しまったというように顔を顰めた。


「お心遣い感謝いたします。しかし、あとで自分で冷やしておけば大丈夫です」

「だって〜、姉上。エリザベート王太子妃殿下、これ以上王太子殿下をお待たせするのはまずいかと」

 フィン公爵令息はスッと口調を変え、護衛騎士の顔になった。


「そうだな。これ以上はトスカを待たせられないか。すまないが行かせてもらうよ」

「メイド長に、代わりの侍女が必要になったことをお伝えいたしますか?」


 お付きの方が護衛騎士一人というわけにはいかないだろう。

 姉弟が顔を見合わせてニヤリと笑った。

 その表情はさすが姉弟だ、よく似ていた。


「ああ、頼むよ」

「かしこまりました。王太子妃殿下、この御恩は忘れません。心から感謝いたします」

 私は心を込めて、深く頭を下げカーテシーを取った。

 私ができる最上級の形だ。


「またね?」

 そう言って、エリザベート王太子妃殿下とフィン公爵令息は軽やかな足取りで去って行った。

 

 私は安堵の息を大きく吐き、頭を上げた。

 良かった。キャサリン様のことは大丈夫そうだ。

 私は慌てて床に蹲ったままのキャサリン様に駆け寄った。


 力一杯床に押し付けてしまった。

 どこか痛めたりしていないだろうか。

「キャサリン様、大丈夫ですか?申し訳ございません。高位の貴族の方に大変失礼な真似をいたしました」


 キャサリン様は、ガバリと顔を上げた。

「なんで、なんで、自分が木桶を倒したなんて嘘を言ったのですか!?下手をしたら鞭打ちだってあったのですよ!?」


 キャサリン様の上げた顔は、涙でグジャグジャだった。

 まるで雨に濡れた絵画のように色が下に流れている。


「キャサリン様!お顔が!お顔が大変なことに」

「そんなことはいいのですわ!何で私を庇ったのですか!?」

 その流れた化粧も気にせずに、私に詰め寄った。


「私は別にキャサリン様を庇ったつもりはありません。それが私の仕事だからです」

「仕事?」


「はい。私はメイド班長です。キャサリン様を侍女試験に臨めるようにすることは私の務めです。なにより、今回あなたが木桶を倒すことを未然に防げなかったのは、メイド班長である私の責任であり、その失敗の責任はもちろん私にあります。私は自分の務めを果たしただけですので、お気になさらずにお願いします」

 キャサリン様は、しばらく呆けたように私を見つめてポツリと呟いた。


「私はどうしてもエリザベート王太子妃殿下の侍女になりたいのですわ」

「はい。がんばりましょう」


「この世界に生まれるずっと前から、エリザベート王太子妃殿下が本当に好きなのですわ。オシなのですわ」

 生まれる前から?オシ?

 よくわからない言葉に首を傾げたが、彼女が王太子妃殿下の侍女にどうしてもなりたいということはわかった。


「先程の失敗で、それが叶わなくなるところでしたわ」

「申し訳ございません」


「違いますわ。セシリアさんは止めたのに、失敗ばかりで私は焦ってしまったのですわ」

 ああ、なるほど。だったらやはり私が悪い。

 ちゃんと安心できるように、伝えなければならなかったのだ。


「キャサリン様。他の貴族令嬢は早い方でも、三ヶ月かかっております」

「侍女試験を受けられるようになるのにですか?」

「いえ。私に仕事を教わることです」

「そんなことに三ヶ月!?」

「はい。私は平民ですので、やはり貴族の方は教わるのに抵抗があるようですね」

 私は遠い目をした。


 だいたい始めは、嘲笑されながら無視される。

 そして次に生意気と罵られ、教わらないと何もできない自分に気づくと八つ当たりされ、それを乗り越えてやっと私の話を聞けるようになり、やっと本格的に仕事を教わるスタート地点に立つという長い道のりなのだ。

 本当に犬や猫に仕事を教える方が、まだストレスフリーなのではと思うような三ヶ月を過ごす。


「比べるようなことを本当は口に出してはいけませんが、キャサリン様は初日から教わる態度なので、今までの貴族令嬢方よりスタートダッシュが大分早いのですよ」


 キャサリン様は、また滂沱の涙を流された。

 その頬は、青と黒と白でグジャグジャだ。

 私は、ハンカチでそっと拭った。

 涙を拭って現れたお顔は、高い鼻はそのままだが、ちょこんとしたつぶらな瞳の可愛らしいお嬢様だった。

 思わずリリアを思い出し、頭を撫でて微笑んだ。


「大丈夫です。キャサリン様は素晴らしい侍女になれますよ」

「セシリアお姉様!一生ついていきますわ〜!」


「いえ、早く侍女になれるようがんばってください。それと、お姉様は止めてください」

 ギューギューしがみつくキャサリン様に、私はスンと表情を戻して言った。


 そう、素直で可愛らしいキャサリン様が、早く憧れのエリザベート王太子妃殿下の侍女になれるよう私は応援したいのだ。

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