恋と愛について
漠然としたよくわからない不安と寂しさが胸を締めつける中、私はいつもの生活を送った。
バルドさんも、いつもと変わらない様子で私と過ごした。
そう。いつもと同じ生活を、バルドさんと二人で作っているようなそんな不自然な空気の中、私達はいつもと同じ生活を過ごしていた。
◆
「セシリアさん、待たせてしまいましたか?」
「いえ。私も今来たところです」
はにかんで微笑むシュリガンさんに、私も微笑んだ。
いつもの中庭のベンチで、私達はお昼を過ごす。
「今日も、バルドさんのお弁当は豪勢ですね」
「はい。すごいですね」
星祭りの日以来、シュリガンさんから想いを伝えられることはなかった。
星祭りまでのシュリガンさんと変わらない。
もしかしたら、あの告白は私の見た夢なのかもしれないと思うほどだ。
でも、あれは夢ではない。
私は一生懸命考えている。
シュリガンさんの素敵なところを百個以上言える。
好きか嫌いか聞かれたら、好きなのは間違いない。
では、恋かと聞かれたら? 愛しているかと聞かれたら?
それがわからなかった。恋とは一体何だろう?
本屋さんで恋愛の本をたくさん買って読んだが、当たり前だが一冊一冊内容が違う。
これが、恋だという決め手がわからない。
主人公達は、どうやって『これは恋だわ』なんて気づいたのだろう。読めば読むほど混乱していく。
好きと愛してるの違いは何だろう?
好きがもっと大きくなったら、愛しているに変わるのだろうか? だとしても、好きの気持ちは目で見てわかるものではないのに、どうやってその大きさがわかるのだろう?
それとも愛している気持ちは、はじめから愛しているなのだろうか? だとしたら、好きと愛しているの違いは何なのだろう?
ああ、はじめの疑問に戻ってしまった……。
「……セシリアさん。僕の気持ちは負担になってしまっていますか?」
シュリガンさんが、心配そうに私に尋ねた。
「いえ、そんなことはありません。シュリガンさんのお気持ち、嬉しかったです。だからこそ、私も真剣に考えてお返事をしたいと思いまして、恋と愛について悩んでいました」
「恋と愛……?」
シュリガンさんが、キョトンと首を傾げた。
「はい。お恥ずかしながら、恋が何かわからず、好きと愛しているの違いもわからないのです」
私は、神妙な顔で答えた。
「真剣に考えていただき、恐縮です」
シュリガンさんが、生真面目に頭を下げた。
「あの、シュリガンさんは恋と愛がわかるのですよね? 申し訳ありませんが、教えていただけませんか?」
「それは、なかなか言葉にすると難しいですが……」
シュリガンさんが、考え込むように長い人差し指を顎の下に当てた。
「僕は……学生の時からセシリアさんを素敵だと思っていました。でも、その時は天上の人に憧れるような気持ちだったので、まだ恋ではなかったと思います」
天上の人……? 何だかすごい言葉が出てきた。
「セシリアさんと一緒にお弁当を食べるようになって、すごく可愛い人だと思いました。このタイミングで恋をしたというよりは、気づいたら恋をしていたという感じです」
気づいたら、恋をしていた……なるほど、深い言葉だ。しかし、結局恋についてはよくわからないままだ。
「では、好きと愛しているの違いは何でしょうか? 私は、間違いなくシュリガンさんを好ましく思っています。でも、愛しているとはどういうことかわかりません」
「それは……」
シュリガンさんが、じっと私を見つめた。その瞳に燻るような熱を感じた。
「僕は、セシリアさんに触れたい、自分だけのものにしたいと思います。それは、好きでなければ思わないのではないでしょうか?」
シュリガンさんの熱にあてられ、ジワジワと頬が赤く染まった。
「セシリアさん、手に触れてもいいですか?」
「ピャッ! ……コホン、失礼しました。はい、大丈夫です」
私がハンカチで手を拭いてから差し出すと、シュリガンさんが少し苦笑して、そっと私の手を握った。
これで、恋と愛について何かがわかるのかもしれない。
私は真剣にシュリガンさんの手に集中した。
「どうですか?」
どう……? どうとは?
残念ながら、まだ恋も愛も理解できていない。
正直にわかっていることだけを答えた。
「男の人の手だと思います」
「それだけですか?」
他? 私は、握られた手をじっと見つめ考える。
恋と愛が理解できる要素が他にあるのだろうか……?
「指にタコがあって、文官らしい働き者の手だと思います」
「働き者の手……」
シュリガンさんが、ガクリと肩を落とした。
「ドキドキはしませんか?」
ドキドキ……?
今更ながらに手を繋いでいる状況に気づいたが、恋と愛について悩む私はドキドキする余裕がない。
「すみません……」
「いえ。セシリアさん、僕がんばります」
シュリガンさんが、拳を握りしめた。
「私もがんばって考えますね」
私も、拳を握りしめた。
◆
仕事が終わり帰ると、下宿屋の部屋の前に立っている女性がいた。
多分、リリアと同じか少し上くらいの若い女性だ。
「あの、私の部屋の前でどうしましたか?」
私が声をかけると、女性がパッと顔を向けた。
榛色の大きな瞳に、肩ほどのフワフワのピンクブロンドのとても可愛らしい顔立ちの女性だった。
服装から貴族だろうか。
「え?あの……、ここはバルド・ガルオス様の部屋じゃないんですか?」
その女性が慌てたように尋ねた。
どうやらバルドさんのお客様のようだ。
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