切り出された別れ
星祭りの次の日の朝、私はいつもと同じようで同じではない、どこかソワソワしたようなフワフワしたように気持ちがしていた。
私のことを想っている男性がいるというのは、何とも不思議な心地がした。
「嬢ちゃん?それは、もうお皿空だぞ?おかわり持ってくるか?」
バルドさんに声をかけられて、ハッとして見ると、空のスープを私はすくっていた。
ぼんやりしながら食べるなんて、なんて失礼なことを。
「すみません」
「いや、大丈夫だけど、嬢ちゃん変だぞ?もしかして、星祭りで何かあったか?」
ずばり聞かれて、私は顔を赤くして俯いた。
こういうことは言っていいことなのかわからず、私は口ごもった。
「そっか……シュリガンさんに告白されたか」
その口調があまりにも痛みを堪えたような声だったので、びっくりして顔を上げると、そこにはいつも通りのカラリと明るい表情のバルドさんがいた。
「よかったな!嬢ちゃん。シュリガンさんは真面目で優しい男だ」
バルドさんが、嬉しそうに言った。
先程の口調は、私の思い違いだったようだ。
「はい。シュリガンさんは、私にはもったいないくらい素敵な方です」
「何言ってんだ。嬢ちゃんも、負けないくらい素敵な女性だよ」
バルドさんはそう言うと、淡く微笑んだ。
「本当に……」
その言葉は、大事に大事にしまっていたものをそっと渡すように優しかった。
「バルドさん……?」
どうしてだろうか、私は落ち着かない気分になった。
「んじゃ、まあ、ちょうどいいタイミングだったかもな。俺、この下宿屋を出ることになったんだ」
空気を変えるように、バルドさんはカラリとした口調で言った。
しかし、その内容を頭が理解するのにしばらくかかった。
「……え?この下宿屋を出る……?」
理解が追いつかないまま、そのまま繰り返した。
「来月の第二騎士団の半数が参加するトルッカ砦への遠征を終えたら、騎士団を辞めるんだ。元々、仲の悪かった第一騎士団と第二騎士団の間を取り持つためになった騎士団長で、四、五年で辞める約束だったんだ。そろそろ、本格的に侯爵家を継ぐ準備を始めなきゃいけなくてな」
なんてこともないように、バルドさんは言った。
「嬢ちゃんのことは妹みたいに大事に思ってたから、シュリガンさんがいるなら安心だ」
グワングワンと頭が混乱する。
「あとは食事だけが心配だけど、そこはどうするかな」
「大丈夫です。バルドさんがいなくても、いざとなればどうにでもできます。先日のバルドさんの任務の時も大丈夫だったでしょう?」
混乱の中、口が勝手に動いて返事をする。
「今月いっぱいは、今まで通り朝食と夕食を一緒に食おうな。弁当も任せとけ」
「いえ、お忙しいのに悪いです」
まるで、現実味がなく私はしゃべる。
「いや。今まで通りでいさせてくれ」
なぜか、バルドさんが懇願するように言った。
「はい。では、今月いっぱいよろしくお願いします」
私は、どうしようもない胸の痛みに泣きそうな気持ちになりながら、わざと明るく返事をした。
バルドさんが、いなくなる……?
◆
バルドさんがいなくなることを考えないようにしっかり心に蓋をして、午前中の仕事を終わらせた。それでも、胸の中は途方もない不安と寂しさで、今にも決壊しそうな危うさを感じた。
お昼休憩に入ると、キャサリン様とグラビス様にお昼を誘われた。
今日は、シュリガンさんがお休みなので、一緒に中庭で食べることにした。
「で?で?セシリアさん、シュリガンさんとの星祭りデートはどうだった?」
グラビス様が待ちきれないといった様子で尋ねた。
「え!セシリアさん、シュリガンさんと星祭りデートしたのですか!?」
キャサリン様が目を丸くした。
「今日は心ここにあらずといった様子だったよね、セシリアさん。これは間違いなく、何かありましたね」
ニヨニヨとした顔で、グラビス様が言った。
そうだ、私はシュリガンさんに告白されたのだ。
しかし、今私の中ではバルドさんとの別れのことでいっぱいだ。
これでは、失礼だ。私は、シュリガンさんのことを第一に考えなくては。
私は、気合いを入れるようにパンと両頬を叩いた。
「「セシリアさん!?」」
びっくりした顔の二人に、私はニッコリとした顔を作った。
「星祭り、とても楽しかったです」
「そ、それはよかったですわ……?」
「うん。よかったね……?」
なんとも言えない顔で二人は顔を見合わせたが、それ以上は何も聞いてこなかったので安堵した。
こういう話を二人にしていいのかよくわからない。だって、恋をしたことも友人ができたことも今までなかったから……。
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