初めてのデート 後編
大通りの両脇には様々な出店が並んでいた。
「セシリアさん、これ星が入った小瓶だそうです」
「珍しいですね」
私は、手のひらにすっぽり収まるサイズの小瓶を手に取り、中を覗いた。
サラサラと中の砂が揺れる。
「シュリガンさん、何で星なんでしょうか?」
「はい。普通の砂に見えますね?」
私達は、マジマジと小瓶の中を見つめた。
「あ、この砂は星の形をしていませんか?」
シュリガンさんが、小瓶の中を指差した。
「あ!本当ですね。すごい。一粒一粒が星みたいです」
嬉しくなってシュリガンさんを見ると、私が持っている小瓶を二人で覗きこんでいたので、思ったよりお互いの顔が近くにあった。
「す、すみません!」
「いえ!私の方こそ」
私達は慌てて離れた。
「お二人さん、どうだい?星の小瓶。今日しか買えないよ」
そう言われるとほしくなってしまう。
「はい。買います」
「僕も買います」
私がお金を払おうとすると、シュリガンさんが慌てて私の手を止めた。
「僕に払わせてください」
そのあまりの必死な様子に、私は思わず頷いた。
「どうぞ」
シュリガンさんから小瓶を受け取った。
「ありがとうございます」
何だかとてもデートっぽくてドキドキした。
「混んで来ましたね」
「はい。キャッ」
私は、向こう側から来た人とぶつかりシュリガンさんの腕から手が離れてしまった。
「大丈夫ですか?」
「はい」
少しぶつかっただけなので、特に痛めたところはない。
シュリガンさんは、意を決したように私の手を握った。
私はびっくりしてシュリガンさんを見た。
「混んでいるので、はぐれないように手を繋ぎましょう」
シュリガンさんの手はほっそりとして大きく、中指のあたりに硬いペンだこができていた。文官の仕事をがんばっている人の手だと思った。
そして、すごくドキドキしているのが伝わってくる。
シュリガンさんの顔は、耳まで赤い。
「はい」
私も、とてもドキドキした。
どうにも気恥ずかしくて、お互い何もしゃべれず黙々と歩いた。
広場に着くと、平民達が陽気な音楽を奏で、みんな楽しそうに踊っていた。
「セシリアさん、踊りませんか?」
「はい」
私は、ニコリと微笑んでシュリガンさんの手を取ると、私達も踊りの輪の中に入った。
貴族の夜会のダンスと違って気楽だ。
みんな思い思いにパートナーと両手を繋いで、クルクルと回って踊る。手拍子の部分だけ合わせれば大丈夫だ。
「うわ、目が回りますね」
「本当ですね」
輪に入ると、思ったよりスピードが速い。クルクルと回って、シュリガンさんの眼鏡がずり下がっていく。
多分、私の眼鏡も同じだろう。
私達はクスクス笑った。
ジャジャンと音が鳴ると、隣のおばさんに手を取られてクルクル回った。
シュリガンさんは、おばさんの旦那さんに手を取られてクルクル回った。
「お嬢さんの彼氏、いい男だねぇ」
クルクル回りながら、おばさんがニコニコと話しかけて来た。
「彼氏ではないですが、真面目でよい方です」
「あら、そうなのかい?もったいない。踊っていてお嬢さんがぶつからないように、一生懸命庇っていたんだよ」
全く気づかなかった。
私がシュリガンさんを見ると、グルングルンとおばさんの旦那さんに回されてオタオタとしていた。
「いい旦那になるよ。うちの旦那と違ってね!」
おばさんがガハハと笑った時、ジャジャンと音が鳴り、また元のパートナーに戻った。
シュリガンさんは、ヨロヨロと私の手を取った。
いつもきっちり七三に分けられている藍色の髪が、乱れて額にかかり色っぽく見えた。
「シュリガンさん、大丈夫ですか?」
「はい。何とか」
シュリガンさんの足がもつれよろけたのを、抱き止めた。
「す、すみません」
大丈夫ではなさそうだ。
「少し休憩しましょう」
私は、シュリガンさんを支えて踊りの輪から外れた。
星祭りから少し逸れた池の前にベンチを見つけたのでシュリガンさんと座った。
「面目ない」
シュリガンさんが、ガクリと項垂れた。その顔色は真っ青だ。
「ちょっと待っていてください」
私は、澄んだ池の水にハンカチを浸し絞るとシュリガンさんの首筋に当てた。
「どうですか?」
「はい。気持ちいいです」
シュリガンさんが、ホッと息を吐いた。
しばらくすると、顔色も戻ってきた。
「ありがとうございます。もう大丈夫です。情けないところを見せてしまいました」
シュリガンさんが俯いた。
「そんなことありません。先程踊ったおばさんに聞きました。踊っている時、私がぶつからないように庇ってくれていたのですよね。シュリガンさんのこと、褒めてましたよ。私も、素敵だと思います」
「本当ですか?」
おずおずとシュリガンさんが、顔を上げた。
「はい。シュリガンさんは真面目で優しくて素敵な方です」
「セ、セシリアさん!」
シュリガンさんが、急に私の手を握った。
「あ、あの?」
乱れた藍色の前髪の間から、真剣な群青色の瞳が私を見つめた。
薄い唇が微かに震えたが、キュッと引き結ぶと、ゴクリとその喉仏が上下した。
「好きです!結婚してください!」
そして、叫ぶように告白された。
私は急なプロポーズに目を白黒させた。
「でも、私は侍女の仕事を辞めるつもりはありません」
私は、王太子妃殿下の優秀な平民を登用する政策の先駆けだ。侍女の仕事を辞めるつもりはない。
何より、もうすでにユリア様の専属侍女いることを心に決めている。
「構いません。侍女を続けてください」
私の手を握るシュリガンさんが、ずいと身を乗り出した。
「それに、来年にはユリア様と一緒にアルロニア帝国に侍女としてついて行く予定です」
「僕も一緒について行きます」
「それでは、王太子妃殿下の政策に支障が出ます」
私は慌てて止めた。
「大丈夫です。来年、文官に登用されそうな平民も多く育っています。外交官の文官としてついて行けば政策にも支障はありません」
シュリガンさんが、またずいと身を乗り出した。
「私、料理が苦手です」
「僕がやります」
私の顔の間近まで、シュリガンさんの顔が迫って来た。
そこで、シュリガンさんはハッとして私の手を離し、距離をとった。
「すみません!つい必死で」
シュリガンさんが、ガバリと頭を下げた。
「いえ、お気になさらず」
私は、不思議になって尋ねた。
「どうして……私なんかに、こんなに必死に告白してくれるのでしょうか?正直なところ、私は女性としての魅力は皆無かと思うのですが」
「そんなことありません!セシリアさんは綺麗で魅力的な女性です!」
シュリガンさんが、ブンと顔を上げて言った。
しかし、私も首を横に振った。そんなことはない。もしかして、今日のこのお化粧でそう見えているのだろうか?
「お化粧のおかげで、どうにかなっているだけですよ?」
「違います。僕は学生の頃から、セシリアさんを素敵だと思っていました」
私は、驚いてシュリガンさんを見た。
学園時代なんて、自他共に認める不器量だった。
「学園時代のセシリアさんは、周りに何と言われても凛と立っていてとても綺麗だと思いました。僕の憧れでした」
思いもよらないことを言われて、私はマジマジとシュリガンさんを見た。
「それに、セシリアさんは可愛いです。優しいです。本当に素敵で魅力的な女性だと思っています」
いつもは冷たくも見られるその群青色の瞳に熱を感じ、私はジワジワと顔を赤くした。
しかし、シュリガンさんは止まらない。
「学生の時は憧れでした。しかし今は、一人の女性として本当に愛しています。大好きです」
「わ、わかりました。すみません。もう、そこまでで」
私は止まらないシュリガンさんの言葉に、恥ずかしくてストップをかけた。
「ハッ、すみません」
シュリガンさんは、我に返って顔を真っ赤にして俯いた。
そして、ポツリと言った。
「本当に……好きです」
私は、結婚自体もう考えていなかった。ユリア様の専属侍女として一生を終えるつもりでいた。だから、プロポーズされてもなかなか自分の現実として結びつかない感覚がした。
こんなにも男性から真摯に愛を伝えられたのは初めてで、どうしていいかわからない。
でも、素直に嬉しいと思った。
「ありがとうございます」
「返事はゆっくりでいいです。僕のことを、そういう相手として見てください」
今まで、シュリガンさんのことをいい友人としてしか見ていなかった。正直な気持ちとしては、今はまだ、彼を結婚相手とは考えられなかった。
きっと、並べてもらった条件だけ見たら、すぐにでもこのプロポーズを受けるべきなのかもしれない。この先、こんなにいい人が私の前に現れることはないだろう。
しかし、こんなにも真剣に私に想いを伝えてくれたシュリガンさんに、そんな軽い返事はできない。
彼に対して、私も真剣に考えたいと思った。
お読みくださり、ありがとうございます。
最後までお付き合いいただけましたら幸いです。