初めてのデート 前編
「へえ、初デートに星祭りかい。いいね」
「お忙しいところ、すみません。でも、どうしても自分ではわからなくて……」
私は涙目だ。
「相手はバルド兄ちゃん?」
ジャックル君が興味津々で聞いた。
「いえ、違います。文官のシュリガンさんと一緒に星祭りに行きます。ジャックル君は誰と行くんですか?」
「俺は母ちゃんと、スミス兄ちゃんと行くんだ」
意外な名前が出て、びっくりしてアーリヤさんを見た。
珍しくアーリヤさんが顔を赤くしていた。
「あいつがしつこいから仕方なくだよ。そんなことはいいから、早く服を選ばないと」
そうだった。
うまく誤魔化された気もしないではないが、確かに急がないと間に合わなくなってしまう。
「すみません。よろしくお願いします」
「うん。任せときな」
アーリヤさんは、ワンピースを取っ替え引っ替え私の前に当てていく。
「母ちゃん、こっちはどうだ?」
「ん?あ、いいね」
アーリヤさんは、母さん達がプレゼントしてくれた青空のような明るいワンピースを選んだ。
「すみません。それ以外でお願いします」
ヘンリーのことはもうすでに何とも思わないのだが、長年青空の色を嫌っていたせいか、どうしてもまだ青空の色の服は着られなかった。
「じゃあ、こっちはどうだい?」
アーリヤさんが、淡い藤色のワンピースを選んだ。
「はい。これにします」
シンプルだが、襟元に刺繍がしてあるワンピースだ。
あまり普段着ない色合いとデザインだが、アーリヤさんが選んでくれたのなら大丈夫だろう。
着替えてみると、思ったより体の線が出たが、刺繍のお陰かさほど貧弱な体つきは気にならなかった。
「うん、似合うね。セシリアちゃんは体つきが華奢だから、体の線が出るタイプのワンピースを着てもいやらしくならなくて清楚で綺麗だ」
「あ、ありがとうございます」
アーリヤさんに褒められて、私は顔が熱くなった。
「うんうん、いいねぇ。そんな顔を見たらシュリガンとやらもいちころさね。よし、あとはお化粧しちゃおうね」
「あ、お化粧は自分でします。アーリヤさん達の準備が遅くなってしまいます」
お化粧はキャサリン様に教わって何とかできる。
「え〜?せっかくのデートなんだから、仕事の時より甘めにした方が絶対似合うよ。自分でできるのかい?」
アーリヤさんがオモチャを取り上げられた子供のように不満げだ。
甘めのメーク……それはやったことがない。
「すみません。お願いできますか?」
「そうこなくちゃ!ジャックル、あたしの化粧道具箱持っておいで」
「母ちゃんがそう言うと思って、持って来といたよ」
ジャックル君が、アーリヤさんにほいっと渡した。
「察しがいいのは、いい男の条件だよ。ジャックルはいい男になるね」
アーリヤさんに褒められて、ジャックル君が嬉しそうに鼻の下を人差し指で擦った。
「さ、時間もないからチャッチャと化粧するよ」
アーリヤさんが気合いを入れるように腕をまくった。
私はアーリヤさんに言われるままに目を閉じたり、上を向いたり下を向いたり、顔を上下左右に向けていった。アーリヤさんが、流れるように私の顔に化粧をしていく。
そして、最後に口紅を塗ると少し離れて私の顔を見た。
「うん!いいね。可愛い」
アーリヤさんが満足そうに頷いた。
「化粧ってすげぇ」
ジャックル君が感心したように呟いた。
鏡を見ると、いつもより柔らかな形の眉、目尻にフワリとピンク色をのせて甘やかな濃い紫の瞳、唇もいつもよりふっくらとして、全体的に可愛らしい印象を受ける自分の顔が映っていた。
淡く柔らかな藤色のワンピースともよく似合っていた。
「いつもと印象が全然違いますね。さすが、アーリヤさんです。ありがとうございます」
私は心底感嘆して、お礼を言った。
「うん。それじゃ、楽しんでおいで」
アーリヤさんがニンマリ笑った。
◆
街の大通りは星祭りの飾りで華やぎ、たくさんの人が集まり賑わっていた。
待ち合わせ場所に着くと、すでにシュリガンさんが来ていた。
白いシャツに黒い細身のズボン、落ち着いたデザインのジャケットを合わせていた。
筋肉質というわけではないが、その長い手足にスラリとした背がバランスよく格好いい。
藍色の髪はいつも通り七三に分け、シャープな群青色の瞳に通った鼻筋、薄い唇の冷たそうな印象を受ける美形だ。
近くにいる女の子達はチラチラと熱い視線を送っている。積極的な女の子達が声をかけては、シュリガンさんに不機嫌そうに眉間に皺を寄せられて離れて行った。
多分、シュリガンさんはどう断っていいか困って眉間に皺が寄っているだけだろう。
「シュリガンさん、お待たせしました」
「……」
シュリガンさんは嬉しそうに私の方を振り向いて、そのままカチリと固まってしまった。
そうして、ジワジワとこの白皙の美貌を赤らめていく。
「シュリガンさん?」
「す、すみません。セシリアさんがとても可愛くて言葉が出ませんでした」
ストレートに褒められて、今度は私の方が顔が赤くなった。
「あ、ありがとうございます。シュリガンさんも素敵です」
「あ、ありがとうございます」
しばらくお互い顔を赤くして、同じタイミングで話しかけては譲るというやり取りをしたあと、シュリガンさんが腕を差し出した。
「いろいろ出店が出てます。覗いてみませんか?」
「はい」
私は、シュリガンさんの腕に手を添えた。
カチカチに固まっているその腕から、ものすごい緊張感を感じた。
「あの、シュリガンさん、もしかして緊張していますか?」
「ひゃい。ではなくて、はい。お恥ずかしながら、初めて女性をデートに誘いました」
シュリガンさんが、困ったようにへにゃりと眉を下げた。
王城のシュリガンさんは、いつもしっかりしている印象があったから、その珍しい表情に思わず笑ってしまった。
「実は、私も初めてのデートです」
「でも、以前婚約者がいたと聞きました。その方とは出かけなかったのですか?」
「婚約者だった人とは、デートらしいデートをしたことはありません。彼は、いつもすぐ綺麗な女の子とどこかに行ってしまっていたので……」
今思い出してもひどい。あれをデートなんて認めたくもない。
「最低ですね」
シュリガンさんが怒ったように言った。
「はい、最低です。だから、今日が初めてのデートです。初めて同士のんびり楽しみましょう」
「はい」
シュリガンさんが、はにかんだように笑った。
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