マダム・リンダの誕生会
「アッハハハハ……。バルド、大変だったわね!」
「ゲラゲラ……バルド兄ちゃん、ドンマイ!」
マダム・リンダの部屋で、アーリヤさんとジャックル君がお腹を抱えて容赦なく笑っている。
マダム・リンダも、ヒョッヒョッヒョッと笑いが止まらないようだ。バルドさんの背中をバシバシ叩いている。
「もう、本当に申し訳なく思っているので笑わないでください」
私は困ったように眉を下げた。
今日は、マダム・リンダの自称二十歳の誕生日だ。
毎年マダム・リンダの誕生日には、部屋にみんなで料理を持ち寄ってお祝いするのだそうだ。
私はケーキの担当にさせてもらった。
バルドさんと私、アーリヤさんとジャックル君、そして初めてお会いする住人、新聞記者をしているスミスさんの五人がマダム・リンダのお部屋にお邪魔した。
スミスさんは甘めの垂れ目がちな栗色の瞳に、金茶色の華やかな顔立ちの青年だ。アーリヤさん情報だと、随分と浮き名を流しているそうだ。
私相手にも、開口一番今夜どう?なんて誘ってくる方だが、人懐こい明るい笑顔になんとも憎めない人だった。
どうやらスミスさんも女性とあのお店にいたようで、バルドさんがシュリガンさんと一緒にいたのを見かけて話題に出したのだった。
そして、訳を聞いたマダム・リンダとアーリヤさん親子が大爆笑。
私はジト目でスミスさんを見ると、パチリとウィンクされてしまった。
「クックックッ、嬢ちゃんのおかげで貴重な経験ができたよ。そろそろ、ケーキ出さないか?」
「やったー!俺、一番でかいの食べたい!」
「よし、パパに任せろ〜」
「スミス兄ちゃん、パパじゃないだろ?」
「未来のパパだぞ〜」
「絶対ごめんさね!」
アーリヤさんがいい笑顔で断ると、スミスさんが泣き真似をしてまたみんなが大爆笑だ。
「嬢ちゃん、取り皿とフォークを運んでくれるか?」
「はい」
ケーキの方はバルドさんが運んでくれた。
「セシリアの買って来たケーキ、すげぇ!生クリームの上にマダム・リンダの似顔絵だ!」
「フッフッフッ!これは私が描いたのですよ」
興奮してケーキを指さすジャックル君に、私は自慢げに胸を張った。
「こりゃ!セシリア、皺の数が三本多いよ!」
マダム・リンダが言うとまたみんなで大笑いした。
「ロウソク全部立てたら穴だらけになっちまうな?」
一応年の数の七十七本ロウソクを用意したが、さすがにバルドさんの言う通りだ。
「一本でいいよ。穴だらけのあたしの顔なんてごめんだよ」
マダム・リンダがそう言うので、ジャックル君が慎重に顔を避けてはじにロウソクを挿した。
ロウソクに火を点けると、マダム・リンダは手を組んで願い事を心で唱えた。
その真剣な顔を、みんなで温かく見守った。
「よし!フッフー!」
マダム・リンダが勢いよくロウソクの火を吹き消した。
「じゃあ、切るぞ」
バルドさんがケーキを切り分けていく。
私は、バルドさんが包丁の横腹に載せたケーキをお皿で受け取り、本日の主役マダム・リンダにケーキを渡した。
「この一番大きいのはジャックルのな」
「はい」
「ヤッター!」
ジャックル君が目を輝かせた。
「ほい。これで最後」
バルドさんは最後のケーキをお皿に載せると、クリームのついた包丁をキッチンに戻しに行った。
「ありゃ、セシリア、これスプーンだ」
「あ、フォークに紛れてたみたいですね」
私はフォークを取りにキッチンに行くと、バルドさんが包丁を洗っていた。
「嬢ちゃん、どうした?」
「一本スプーンだったので、フォークを取りに来ました」
洗い終わり、振り向いたバルドさんのその頬には生クリームが付いていた。
「バルドさん。頬に生クリームがついていますよ」
「ん?ここか?」
「いえ。ここです」
私は人差し指で頬についた生クリームを取る。
「結構ついてたな」
「はい」
私はもったいないのでパクリと人差し指についた生クリームを舐めた。
「クックックッ、今度は嬢ちゃんの口の脇についてる」
バルドさんが私の唇の脇を親指の腹でなぞるのと、私が口の脇をペロリと舐めるのは同時だった。
私はバルドさんの指を舐めてしまった。
目が合った瞬間、私達は真っ赤になった。
「すみません!」
「いや、悪い」
お互いなんともソワソワとするような、気恥ずかしいような空気に目を彷徨わせた。
「セシリア〜、フォークはまだかい〜?」
間伸びしたマダム・リンダの声に、フッと空気が緩む。
「主役を待たせたら大変だ」
「フフ……そうですね」
二人で戻ると、みんなが早く早くと手招きした。
「ほれ、ケーキが逃げちまうよ。さっさと食べよう」
マダム・リンダが待ちきれないように言ってパクリと食べた。
「うん!うまい!」
「セシリア、このケーキすげぇうまい!」
ジャックル君も大はしゃぎだ。
とても楽しいひと時だった。
この時の私は、この先もずっと続くものだとばかり思っていた……。
第七章スタートです!