ユリアの婚約
ランガルドフ王国に、一週間ほど滞在したアルロニア帝国の一行が国に帰る日が来た。
ロイズアス殿下とダザ将軍を見送るために、陛下と王妃殿下を真ん中に左側に王太后殿下とユリア様、右側に王太子殿下とエリザベート様が大広間の前方に並んだ。
中央を開けてその両脇に貴族達が並び、私達侍女は壁の前にズラリと並んだ。
ロイズアス殿下は、怪我をした(ことになっている)ユリア様をよくお見舞いに来てくれたり、王城の庭を散歩したり、街に出かけたりと、二人はよい友人として仲良く過ごしていた。
ユリア様の顔も、どことなく寂しそうだ。
「ユリア。其方、婚約者候補がいないなぞ前代未聞の話じゃぞ。王家に泥を塗るとは何事じゃ」
「申し訳ございません」
まだアルロニア帝国の一行が来てないとはいえ、他にも貴族がいるここで話すことでもないだろうに、王太后殿下はユリア様を叱り出した。
「母上。今そのような話は……」
周りの貴族がユリア様に憐憫の目を向けた。中には嘲笑うような顔の貴族もいた。
「何を言う。可愛い孫を思っての言葉じゃ。のう、王妃」
「お気遣いありがとうございます」
王妃殿下がおっとり微笑んだ。
「ほら、王妃も感謝しておるではないか」
「はあ」
陛下がその勢いに負けた。
「しょうがないから妾が婚約者を決めてやろう。オルガモ侯爵はどうだ?年は大分離れているが侯爵じゃ。文句はなかろう?」
ホクホクと王太后殿下は言うが、確かオルガモ侯爵は既婚者の三十八歳ではなかったか。もちろん、貴族至上主義である。
周りの貴族達もざわめいた。
「王太后殿下、オルガモ侯爵には奥方と子供がいたはずでは?」
エリザベート様が眉を顰めた。
「ちょうどよく離縁したようじゃ。子は奥方が連れて行った」
素知らぬ顔で言うが、ユリア様と結婚するためにオルガモ侯爵は離縁したのだろう。
周りの貴族達の反応は、ユリア様を気の毒そうな顔で見る貴族と、成り行きをおもしろそうに見る貴族にわかれた。しかし、一様にそれもしょうがないという空気が流れている。
「さすがに年が離れすぎてはおりませんか?」
しかし、珍しく王妃殿下は反対の姿勢を見せた。
「他に相手がおらぬのじゃから仕方あるまい。何か?王妃は妾に異を唱えるということか!?」
段々と王太后殿下が威圧するように語気を強めた。
「いえ……そういう訳では」
王妃殿下がその圧に負けて、困ったように陛下を見た。
「母上。その話はまた落ち着いてお話いたしましょう」
陛下は断るでもなく、問題を先送りした。
ユリア様が、小さくため息を吐いた。
「王太后殿下。心配には及ばなそうですよ?」
ただ、王太子殿下だけはどこか楽しそうだ。
「お待たせして申し訳ない」
その時、ロイズアス殿下とダザ将軍が大広間を真っ直ぐ並んでいる王族達の前まで足早に歩いて来た。
職人が魂を込めて作ったような丹精な美しい顔のロイズアス殿下は、ダザ将軍が途中で止まる中、そのままユリア様の前まで進むとおもむろに跪いた。
ユリア様も、隣の王太后殿下も、目をパチクリさせた。
「私、アルロニア帝国皇太子ロイズアスはランガルドフ王国ユリア王女に婚約を申し込む」
ロイズアス殿下が、ランガルドフ語ではっきりと宣言した。
時が止まったような静寂が大広間に広がった。
「此度の各国の訪問は婚約者を探すものではなかったのでは?」
ユリア様が、真っ直ぐロイズアス殿下を見つめて尋ねた。
「はい、しかし……。ユリア、俺はお前に惚れた。断ってもいいが、アルロニア帝国の王族はしつこいから覚悟しろ。何としても口説き落とす!」
ロイズアス殿下はユリア様を熱く見つめながら、傲慢にニヤリと笑った。
ユリア殿下は、必死に表情を取り繕ってはいるが、その顔は首まで真っ赤だ。
「ロイズアス様、私の願いを一つだけ叶えてくれるなら婚約を受け入れましょう」
ユリア様は真っ赤な顔のまま、挑むようにロイズアス殿下を見た。
「なんでも叶えてみせよう」
ロイズアス殿下はユリア様の華奢な手を取り、指先に口づけた。まだ、十二歳だというのに色気がすごい。
「ピャ!……ゴホン」
思わずユリア様が変な声をあげたが、仕切り直すように咳払いをした。
「私の専属侍女のセシリアは平民ですが、私が信頼する侍女です。嫁ぐ時、彼女を私の専属侍女として連れて行ってよいなら、喜んであなたに嫁ぎましょう」
「もちろん叶えよう。ユリア、よろしくな!」
ユリア様はロイズアス様の腕を取り立たせると、綺麗なカーテシーをとった。
「ロイズアス様、どうぞよろしくお願いいたします」
そして顔を上げると、幸せそうにフワリと微笑んだ。
「何を言っているのか!?オルガモ侯爵はどうするのじゃ!?」
やっと我に返った王太后殿下は、金切り声をあげた。
「ああ、王太后殿下はお疲れのようだ。誰か部屋に連れて行ってやれ」
唖然とした顔で固まる陛下と王妃殿下を無視して、王太子殿下が近くにいた騎士に声をかけた。
王太后殿下はあっさりと連れて行かれたが、誰もそちらは見もしなかった。
こうして、ユリア様の婚約者はアルロニア帝国皇太子殿下ロイズアスに決まった。
◆
バルドが宰相から受けた任務は、ドルゴン王国への潜入であった。
ドルゴン王国は元々好戦的な国ではあるが、現王が即位すると内政に力を入れるようになり他国への侵攻の数はぐんと減った。国境での小競り合い程度でここ数年は収まっていた。
しかし、宰相の掴んだ情報によるとその現王の体調が思わしくないのだというのだ。
次の王太子はまだ幼児だ。
万が一のことが現王にあれば、間違いなく国が荒れる。
そのため、バルドはドルゴン王国に潜入し探ることになった。
そうして戻って来たバルドの顔は険しかった。
潜入用に付け髭をし、髪の色も茶色に染めたままの姿でバルドは宰相に向かい合った。
「バルド。よく戻った。それで、彼の国はどうだった?」
宰相は、ずばりと尋ねた。
「現王が崩御いたしました。調べた結果、毒殺で間違いないかと思われます」
宰相は苦く顔を顰めた。
「犯人はわかるか?」
「様々な状況証拠から、ヴァイス王弟殿下で間違いないかと思われます」
宰相も想像していた名前に頷いた。
「王太子はどうなった?」
「傀儡として生かされております。実権はヴァイス王弟殿下が握っています」
「そうか……」
宰相の言葉も苦い物が含まれていた。
まだ幼児である王太子にはどうすることもできないだろう。
生かされているだけ、まだマシなのかもしれない。
「王弟ヴァイスは好戦的な人物だ。こちらも備えなければならないな」
「そうなってくると、ユリア王女殿下とアルロニア帝国のロイズアス殿下の婚約はちょうどよかったかもしれないな」
(ユリア王女とロイズアス殿下が婚約?)
バルドは、初めて聞く話に目を瞬いたがセシリアの顔が浮かんだ。
きっと、セシリアもがんばったに違いない。
宰相は髭を何度か撫でると、バルドをひたりと見つめた。
「アルロニア帝国と同盟の打診をすることにしよう。バルド、第一騎士団と第二騎士団の仲はもう大丈夫だな?」
「はい」
バルドも、続く言葉は予想できていた。
「バルド・ガルオス。第二騎士団副団長の任は、アルロニア帝国との同盟が整い次第解くこととなるだろう。侯爵家に戻り、備えてくれ」
「はい。謹んで承りました」
バルドは、予想通りの言葉に静かに頷いた。
これにて第六章おしまいです。
次話は幕間「バルドの想い」を挟んで、第七章「セシリアの恋」に入ります。
引き続き、お付き合いいただけましたら幸いです!