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おまけの話 

 おまけの話――。

 

「トスカ。そこに膝をついて座れ」

 愛しいエリザベートが、冷んやりした声で床を指差した。

(え?なんかご立腹?)

 トスカはピッとすぐさま床に座った。


 エリザベートはおおらかで優しい。トスカがやらかしても、大概、まったくお前は!と叱りはしてもすぐに許してくれる。

 だが、この表情のエリザベートは駄目だ。絶対許してくれない。


「リ、リズ、床の上に座るのは痛いなぁ。あ、もしかしてそういうプレイ?……な〜んて?」

 場を和ませようとして、さらにブリザードのような視線を浴びた。トスカは凍えそうだ。でも、ちょっとドキドキする。


「クリフに貴様は何と命令した?ギリギリまで助けるな?で?ユリアとセシリアがあの阿呆に殴られた?あ゛!?」

 エリザベートはユリアを実の妹のように可愛がっている。そして、セシリアも大事に思っている。


(どうしよう、すごく怒ってる……)

 トスカは、キョトキョトと視線を彷徨わせた。

 そして、部屋の隅に小さくなっているドュークリフと目が合った。


「ドュークリフ!お前がちくったな!?」

 ドュークリフはプルプルと首を横に振り、エリザベートにお尻ペンペンの刑を受けたお尻をさすっている。

(では誰が?いや、それよりリズのお怒りを鎮めなければ!)


「リズ、ごめん。ユリアとセシリアに怪我をさせるつもりはなかったんだよ」

 トスカは、何の躊躇いもなくガバリと土下座した。

「トスカ、お預け一ヶ月だ」

「そんな!」

(ひと月もリズを抱けないなんて干涸びてしまう!)

 トスカは涙目でリズの足に縋りついた。


「リズ、やだ。無理。耐えられない」

「……ユリア。どうする?」

 スッとエリザベートの後ろから、ユリアが出て来た。

 トスカに対してとはうって変わって、エリザベートは優しくユリアの頭を撫でた。

(あ、こいつがちくったんだな?)

 トスカは寸時に理解した。

 ユリアがニヤリと笑った。


「お義姉様、私はお父様とお兄様のお役に立てて嬉しく思ってますわ」

「ユリアは優しいね」

 可愛くてしょうがないといった顔でエリザベートはユリアを抱きしめた。


「でも……嘘はいけませんわよね?」

 ユリアがニコリと笑った。

「お兄様、ちゃんとごめんなさいできたら、お義姉様にお尻ペンペンで許してもらえるようお願いしますよ?」

「ユリア様、ごめんなさい」

 トスカはお手本のように綺麗な土下座謝罪した。


   ◆


「嬉しそうですね。ユリア様」

 よく見ないとわからないほどの小さくうっすらとした痣にわざわざ大きなガーゼを貼って、リビアル公爵の謝罪を受けに玉座のある大広間に行ったユリア様は、それはそれは満足そうな笑顔で戻って来た。

 私も、殴られはしたが所詮は十二歳の甘やかされた坊ちゃんのヘナチョコパンチだ。

 実は、怪我など一つもない。


「フフフ……。セシリア、リビアル公爵は領地を半分に減らされて子爵に降爵、ガブリエル様は廃嫡されて幽閉になったの」

 ご子息が王女を殴ったのだ。しょうがないとはいえ、随分と重い罰が降ったようだ。


「あとね、婚約者探しにロイズがこの国に来たなんて嘘の噂を広めたお兄様を、お義姉様がしっかり叱ってくださったの。お兄様が私にちゃんと謝ってくださったわ」

「それはよかったですね」

「ええ!」

 ユリア様が、この上なく満足そうに微笑んだ。


「そういえば、辺境伯令息のセンガ・カロドール様はリビアル様のことをあまりよく思っているようには見えませんでしたが、なぜ婚約者候補を辞退されたのでしょう?」

 私はふと気になったことを聞いてみた。


「それは、ユリアさまとカロドール様は利害が一致した婚約者候補だったからですよ」

 アルマ様がクスクスと笑って答えた。

「ええ。あれにはびっくりしたわよね?」

 ユリア様もクスクス笑った。


「カロドール様は他に好きな方がいるそうです。でも、身分が釣り合わず、家族を説き伏せるためにも、他からの婚約は断固阻止したいから、婚約者候補に入れておいてくれと、まだ八歳でいらしたユリア様に涙ながらに訴えて……クスクス。四年かかって、やっと家族を説得できたそうですわ」

 アルマ様がおかしそうに笑った。


「私もガブリエル様に対抗できる家の方がいらっしゃった方が、ギリギリまで婚約を回避できるから了承したの。センガ様がいらっしゃらなかったら、ガブリエル様と早々に婚約させられていたわ。その場合は、リビアル公爵家を内側から崩していたと思うけど、どうせ結婚するのなら、愚か者ではない役に立つ男と結婚したいわ」

 ユリア様が、ニコリといい顔で笑った。


「でも、婚約者候補がいなくなってしまいましたね……」

 アルマ様が心配そうに言った。


「別に大丈夫よ。だって、あのお兄様よ?そのうち私をちょうどよい駒として、この国のためにちゃんと役立ててくださるわ」

 そう胸を張るユリア様だったが、それは思ったより早く訪れた――。

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