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断罪 

 大広間の玉座にはランガルドフ王と王太子トスカ、そして王女ユリア。その階下にリビアル公爵家当主マザランが青い顔で震え、跪き頭を床につけていた。


 普段は優柔不断であちこちにいい顔をする陛下ですら、その顔は厳しい。

 それはそうだ。

 王女であるユリアを、あの阿呆は殴ったのだ。


 さすがの王太后も今回は何も庇うことはできなかった。

 ユリアの頬にはガーゼがあてられている。

 しかも、夜会に呼ばれてもいないガブリエルを、父親であるマザラン公爵が勝手に連れて来ての狼藉だ。


(ちなみに、僕がガブリエルを通しちゃったんだけどね!)

 トスカは内心でテヘペロした。

 

 ランガルドフ王国王太子トスカは、その母親譲りの類稀なる美貌の他は、可もなく不可もない評価の王太子であった。

 しかし、有能な見る目のある者の評価は違った。


 彼の評価は〝アレな人〟の一言に尽きた。


 トスカにとって、エリザベート以外はみんな駒だった。

 父である王は、王という権力はあるけど平凡な駒。

 母である王妃は、王妃という権力と美貌が武器になるのに、ことなかれ主義の使えない駒。


 自分とエリザベートの幸せを邪魔する、王太后とリビアル公爵という駒を、トスカは常々排除したいなぁと思っていた。

 貴族至上主義なんて、馬鹿じゃないか?愚かな貴族が増えるだけじゃないか。


(優秀な臣下が増えなくちゃ、僕の仕事が増えてリズとイチャイチャする時間が減っちゃうよ?)

 トスカの行動の理由は、全てエリザベートに直結していた。

 トスカは、面倒にならないようにいろんな駒を使って、少しずつ王太后の駒を削っていたが、ここにきて新たな駒が飛び込んできた。


 アルロニア帝国皇太子ロイズアスだ。

 なかなか強力な駒だ。

 ロイズアスが婚約者を探しに各国を回り、ランガルドフ王国にもやって来た。もちろん婚約者候補はユリアだ。


(な〜んてね!実は嘘!)

 訪問された国としては、何としても自国の姫をロイズアスに勧めたようだが、ロイズアスは純粋に見聞を広めるために各国を回っていただけだった。


 そもそもランガルドフ王国なんて、アルロニア帝国からみたら鼻息で飛んじゃいそうな小国だ。

 こんな小国の、しかもパッとしないユリアが婚約者候補になるわけがないよね〜なんて失礼なことを、トスカは良心が痛むことなく思っていた。


 でも、そんなトスカが流した噂に、どこぞの阿呆な公爵親子は食いついた。

 万が一、ロイズアスがユリアを婚約者に選んだらガブリエルとの婚約の話なんてあっと言う間に流れる。

 ガブリエルは婚約者面でいるが、約束も何もしていない。ただの婚約者の候補ってだけだ。


 リビアル公爵家としては、ユリアとガブリエルを結婚させ権力を強める予定であったのが崩れる。

 阿呆が焦って何かしてくれるかなぁとトスカが期待した通り、ガブリエルがロイズアスの歓迎の夜会でやらかしてくれた。素晴らしい!

 わざわざ、ドュークリフにガブリエルがことを起こすまで動くなと命令した甲斐があった。


 トスカにとってユリアは、王女というまあまあな権力は持つが、いまいち使い勝手の悪い駒だった。

 生真面目だし、王女としてがんばってはいるが、トスカの興味を惹くことはなかった。


 ユリアは容姿に自信がないのが透けて見えてるから、あの阿呆なガブリエルに舐められるのだと、トスカは冷めた目で見ていた。

 憐れだなぁと見ていたのに、ここにきて大化けした。

 これは嬉しい誤算だった。

 ユリアはチャンスを見逃さず、うまく動いてくれた。


「面を上げよ」

 ランガルドフ王が厳しい声で土下座するマザランに声をかける。

「陛下!これは陰謀でございます!どうか!どうか!お許しを」

 開口一番マザランがほざいた。


「我が妹は、お前の息子に殴られ頬に痣を作ったというのに何が陰謀だというのだ」

 トスカは儚げな美貌を哀しげに視線を伏せた。

(僕の陰謀だけどね!)


「ぐっ……それは」

 トスカは労わるように、ユリアを抱きしめた。

「お兄様……」

 ユリアがその腕でフルフルと震えた。

(ユリア、ナイス〜!ほら、罪悪感マシマシするよね?)


 しかし、このままではまずいとマザランも必死だ。

「さ、幸い誰にも見られていません。子供がしたことです。どうか、寛大なお気持ちでお許しください」

 厚顔無恥にもマザランが言い募った。

 しかも、ニヤリと笑った。


「王女殿下に、婚約者候補がいなくなってもよろしいのですかな?それは些か外聞が悪いのでは?」

「そ、それは……」

 ランガルドフ王は口ごもった。


(あ〜、そこで気弱になるのがなぁ……)

 トスカはやれやれと使えない父をチラと見た。

 しょうがなくトスカが口を開こうとした時、ユリアの震える声が響いた。


「ガブリエル様と結婚するなんて、恐ろしくてできません。それならいっそ修道院に入れてくださいませ……」

「ユリア……」

 ランガルドフ王が心底気の毒そうにユリアを見た。


 マザランもさすがに何も言えず、口をハクハクさせた。

 池の鯉みたいで吹き出しそうだ。

 ユリアは憐れを誘うように震え俯き、ほらお前の出番だとばかりにトスカにチラと視線を送った。


(ユリア、素晴らしい!)

 いつのまにこんないい駒に成長したのか。

「陛下!ユリアにこのような言葉を言わせたリビアル公爵家を許すことはできません。どうか公爵家はお取り潰しください」


「そんな!それだけはどうか!何卒それだけはお許しください」

 マザランが体裁などかなぐり捨てて、必死に額を床に擦り付けた。

 トスカは、やっちまいなとばかりにチラとユリアに視線を送った。


「お兄様!それはさすがにお気の毒です。ガブリエル様を廃嫡し幽閉、リビアル公爵家は領地を半分に減らし子爵位に降爵で私は構いません」

「ユリア王女!」

 救いの声に、マザランは滂沱の涙でユリアを見た。


 ユリアは慈愛のこもった表情で頷くが、これ、初めから言ってたら間違いなく罰が重すぎるとマザランはごねてたろう。

 重めの罰のあとだと、ありがたく受け入れられるから不思議だ。


 ランガルドフ王がゆっくり頷いた。

「わかった。それでは、リビアル公爵家は子爵に降爵、ガブリエル・リビアルは廃嫡とし幽閉に処す。よいな?」

「ユリア王女のご慈悲に感謝いたします」

 マザランが深々と頭を下げた。


(よし!これで邪魔な駒が一つ減ったぞ)

 その瞬間、トスカは心の中でニヤリと笑った。

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