ユリアとガブリエル
ユリアの出番はここまでだ。
そう、そのはずだった。
「ユリア、踊りましょう」
ユリアの返事を聞くこともなく、誰かに強引に手を取られた。
それは、ガブリエルだった。
こんな予定はなく、戸惑うユリアのことなど気にせずに踊り出す。
「ガブリエル様!?こんな予定はなかったはずですが?」
強引なステップに振り回されるように踊りながら、ユリアは抗議した。
「ユリアがどうにも気の毒で、ついつい来てしまいました。やはり、ロイズアス殿下はユリアがお気に召さなかったようですね。あのように美しい方ですので、ユリアが婚約者になるなど最初から無理があったのです。まあ、しょうがないかと。どうぞ、お気を落とさぬように……クスクス」
ガブリエルは、ユリアの顔をジロジロ見て、蔑むようにニヤニヤと笑った。
「ああ、そうだ。ユリア、私以外の婚約者候補はみな辞退しました」
ユリアは、愕然とその言葉を聞いた。
「ユリアは私と結婚するしかないですね」
ガブリエルは、その整った顔に歪な微笑みを浮かべた。
そして、曲が終わると同時にガブリエルはユリアの手を強く握り、ズンズンとどこかに進んでいく。
(アルマとセシリアは?)
ユリアは焦って周りを探すが、大分離されていてなかなか見つけられない。
ユリアが、有無を言わさず連れて来られた先はバルコニーだった。
今までの華やかで煌びやかな空間とはうって変わって薄暗く不気味な感じがした。
「ユリア、ここには私と二人きりですね。王女が二人きりなんてまずいですよね?騒いだらあなたの瑕疵になります」
男女が二人きりは、密室では完全にアウトだが、バルコニーはまだそこまでではない。
ただ、ユリアは王女だ。
誰かに見られたら、この状況は嫌な噂になってしまう。
「何をおっしゃっているのですか?私も一緒ですが?」
その瞬間、凛とした声と共にセシリアがユリアのそばに立った。
「ユリア様、大丈夫ですか?」
「ええ、話していただけよ」
セシリアの額に汗が滲んでいた。
急いで駆けつけてくれたのだろう。
「ガブリエル様、話したいことがあるのでしたらお早く願います。私はもう部屋に戻ります」
悔しげに奥歯をギリと噛み締めたガブリエルであったが、フッと勝ち誇ったように笑った。
「ユリア。三人の婚約者候補が辞退した今、婚約者候補は私だけです」
それは先程も聞いた言葉だ。
「でも」
ガブリエルがそこで言葉を切って、意味ありげに笑った。
「私も辞退することにしましょうか」
(え?)
何を言われたかわからず、ユリアはガブリエルを見た。
「婚約者候補全員に辞退された王女。その地味な容姿ではしょうがないとみんな憐れみますね〜?まあ、醜聞好きの貴族達はおもしろおかしく噂するでしょう」
「王女殿下に無礼ですよ!」
セシリアがユリアを庇うように前に出て抗議するが、ガブリエルは不快げにセシリアを睨んだ。
しかし、何かを思いついたようにニヤリと笑った。
「そうだ!撤回してあげてもいいですよ?今すぐ陛下に私と婚約すると伝えるなら、あなたで我慢して差し上げましょう」
ユリアは嫌悪で鳥肌が立った。
しかし、婚約者候補が全員辞退という事態は確かにまずい。
ユリアの醜聞は、父と兄の足を引っ張ってしまうことになる。
どうしよう、どうしたらと頭がグルグルして考えがまとまらない。
「それと。その平民をクビにしなさい。私かその平民、どちらを選ぶべきかは言うまでもないでしょう」
ガブリエルは、そう言うと勝ち誇ったように笑い出した。
ユリアはその瞬間、スンと表情を消した。
どうやら、怒りは突き抜けると胸が冷え冷えするようだ。
ユリアは阿呆のように高笑いするガブリエルを、冷ややかに見つめた。
「どうぞ、さっさと婚約者候補から降りてくださいませ」
薄暗いバルコニーに、雲間から月明かりが差し込む。
高笑いが止まり、月明かりに間抜け面を晒して、ガブリエルがポカンと口を開けたまま固まった。
「は?」
ユリアは婉然と微笑んだ。
「お前如きとセシリアのどちらかを選べと?そんなの悩むまでもありませんわ。お前なんかいらない。こっちから願い下げですわ!」
ジワジワとガブリエルの顔が屈辱に赤黒く染まっていった。
「セシリア、部屋に戻ります」
「はい。ユリア様」
ユリアはサッとドレスを翻し、ガブリエルを残し背を向けた。
「この!ユリアー!!貴様ー!!」
激昂したガブリエルが、ユリアの前に出て庇うセシリアを突き飛ばし、ユリアに殴りかかってきた。
ユリアはフッと口角を上げた。
そして、その拳を避けずにあえて受けた。
「ユリア様!」
なおも執拗に殴ろうとするガブリエルから、セシリアはユリアを守るようにきつく抱きしめた。
ガブリエルはセシリアを容赦なく殴るが、セシリアは全身でユリアを庇った。
「ユリア様!」
ガブリエルの足が宙を浮き、そのままドュークリフに押さえつけられていた。そしてすぐさま、ガブリエルを縛り上げた。
「ユリア様!セシリア、大丈夫ですか!?」
ドュークリフのその顔は真っ青で、心底後悔している表情をしていた。
ユリアは、そのドュークリフの表情で裏にいる人物がわかった。
「ユリア様が、リビアル様に殴られました」
セシリアが慌てて返事をし、ユリアの怪我を心配した。
「ユリア様、お怪我はございませんか!?」
しかしユリアはそれには答えず、そっとセシリアの腕の中から抜け出した。
そして、縛られても口汚く喚くガブリエルを見下ろすと、うっそりと微笑んだ。
青白い月明かりに照らされたユリアの微笑みは、冴え冴えと美しかった。
「これで……リビアル公爵家も終わりですね?」
ユリアは、ガブリエルにだけ聞こえる声でひっそりと囁いた。
その瞬間、ガブリエルは真っ青になり、カクリと気を失った。
貴族至上主義の王太后派の筆頭のリビアル公爵家は、この国には不要だ。
愚かなガブリエルがいい働きをしてくれた。
王女に手を上げた。なんて素晴らしい口実だろう。
(ほんの少し私が痛い思いをするだけで潰せるものなら安いものだわ)
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