ロイズアスとユリア
ユリアは初めてロイズアスを見た時、ここにも突き抜けた美貌の人がいると思った。
艶々の黒い髪はサラサラだし、極上のオニキスのような煌めいた瞳は涼やかで、その美貌はどの角度から見ても完璧だ。
しかし、思ったのはそれだけだった。
母も兄も、これでもかというほどの美しいお顔だ。
生まれた時からそんなお二人が身近にいたユリアは、正直ポーッとなるには美貌に慣れ過ぎていた。
『お初にお目にかかります。ようこそランガルドフ王国へおいでくださいました。歓迎いたします。私は、ランガルドフ王国第一王女ユリアと申します』
ユリアが動じることなくアルロニア語で挨拶し、カーテシーをとると、ダザがおや?というような顔をされた。
いつもはきっとこのロイズアスの麗しいお顔を前に、みんなポーッとなるのだろう。
『歓迎を感謝いたします。私はアルロニア帝国皇太子ロイズアスと申します。今宵はどうぞよろしくお願いします。可愛らしい姫』
(可愛いらしい姫って、こんな美しいお顔の皇子に言われても……)
ユリアは心の中でほんの少し苦笑しながら、差し出されたロイズアスの手に手をのせた。
そのまま会場に入ると、あちこちからロイズアスの美しさに感嘆の呟きやため息が漏れた。
そしてその隣にいるユリアを見て、気の毒そうな視線や、クスクス蔑むような密やかな笑い声も聞こえた。
前までのユリアだったら俯いていたかもしれない。
しかし、今は全く気にならなかった。
所詮は面の皮だ。
ユリアはそのまま気にせず、ニコニコと微笑み、真っ直ぐ前を見て進んだ。
そしてダンスの時、ロイズアスが口調を一転させた。
『お前、あの嫌な視線とか気づかなかったのか?鈍感なのか?』
その粗野なしゃべり方に、ギョッとしてロイズアスを見た。
『おい、答えろよ』
こんなに天使のような愛らしい容姿なのに、この口調って……。
『なんですか、そのしゃべり方は』
思わず、こちらも本音が出てしまった。
『こっちの方が楽なんだよ。人前ではちゃんとイメージ守ってるだろ?』
『私の前ではイメージを守られないのですか?』
その意図は一体何だろう。
ユリアは挑むような視線をロイズアスに向けた。
ロイズアスの口角が楽しげに上がった。
『その目はいいな!仲良くなりたい奴には、本当の自分の姿を見てもらいたい。ユリアって呼んでいいか?俺はロイズでいいよ』
(仲良くなりたい?)
ロイズアスは人懐こく微笑んだ。
『わかりました。ロイズ様』
『様もいらないよ。敬語もなしで』
『わかったわ、ロイズ』
こんなに気やすげに男の子と会話したのは初めてだ。
ユリアは、ロイズアスのオニキスのような目を見つめて微笑んだ。
すると、ロイズアスが耳を赤くして慌てたように言った。
『あ、でも、誤解するなよ。別に婚約者に選んだわけではないからな。女はすぐ誤解する』
『あら、私もあなたを婚約者に選んでいないわ。そちらこそ、誤解なきよう。男はすぐに誤解する』
ユリアはピシャリと言い返した。
いくら顔がよく、アルロニア帝国の皇太子だとしても愚か者には用がない。
きちんと見定めなくては。
ロイズアスは途端に笑い出した。
『そうだな。俺もまだユリアに選ばれていない』
ユリアもつられるように笑った。
『で、鈍いのかの質問だけど、私もちゃんと気づいているわ。いつも、あの視線に晒されているのだから、気づかないわけないでしょう』
『いつも?どういうことだ?』
ロイズアスは笑うのを止めると、怪訝そうに尋ねた。
『私の母と兄は、あの王妃と王太子よ?』
ロイズアスが、近くでエリザベートとご機嫌で踊っている麗しい王太子をチラと横目で見て納得した。
『嫌じゃないのか?』
『少し前まではとても嫌だったわ。惨めだと思った。でも、私の専属侍女が顔なんて所詮、面の皮一枚だって言ったの。そんなものに釣られるのは愚か者だって。私は愚か者には用がないから、気にならなくなったわ』
ユリアは、自信を持って鮮やかに微笑んだ。
ロイズアスから表情が消え、ユリアを見つめた。
その変わりようにユリアは内心小首を傾げたが、そのオニキスのような瞳から目を逸らさず、強く見つめ返した。
『ユリア……俺は』
その時、曲の最後の一音が鳴った。
ロイズアスはユリアに礼をとると、それ以上は何も言わずにダザの元に戻って行った。
(一体何だったのだろう……?)
トクトクと鳴る鼓動に手を当て、ユリアはそっと息を吐いた。
いつまでもここにいてもしょうがない。
ユリアは予定通り、セシリアとアルマと合流してあとは部屋に戻るだけだ。
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