歓迎の夜会
アルロニア帝国の皇太子である、まだ十二歳のロイズアス殿下は、護衛として将軍であるダザ・グルブズと共にランガルドフ王国に訪れた。
ランガルドフ王国では、ロイズアス殿下の歓迎の夜会が盛大に催されることになった。
本来であれば、まだ十二歳であるユリア様は夜会に出られる年ではないが、訪問の目的がユリア様とのお見合いなので、ユリア様もロイズアス殿下のダンスのパートナーとして、この歓迎の夜会に出ることになった。
フワフワの淡いピンクのドレスを着て、前髪をすっきり編み込み一つにまとめて耳の横で流し、ピンクの薔薇の飾りを挿したユリア様はお世辞抜きで愛らしい。
「とてもお似合いです」
アルマ様も満足げに頷いている。
「ロイズアス様と一曲踊ったら退出するだけなのに準備は一日がかりね」
ユリア様がそっとため息を吐いた。
ほんの三十分程歓迎の夜会に出るために、朝からずっと準備で少しお疲れのようだ。
ユリア様は、ロイズアス殿下のエスコートで入場し、ダンスを一曲踊ったあとはすぐに退場することになっている。
「戻られましたら、美味しいお菓子を準備いたします」
「フフフ……。ありがとう、セシリア。それを楽しみにがんばるわ」
「では、そろそろお時間ですので参りましょう」
アルマ様が、時計をチラリと見てユリア様を会場に促した。
ホールの前で待っていると、すぐにロイズアス殿下とダザ将軍が来た。
ダザ将軍は、白髪を刈り上げガシリとした体格の強面だった。もう老人と言われる年齢だが、正装でもわかる筋骨隆々のその体躯は衰えを知らないようだ。
隣に立つ小柄な少年がロイズアス殿下だ。
麗しいと聞いていたが、実際に見ると噂以上に整った綺麗な顔立ちだった。
艶々とした宵闇色の黒髪にオニキスの涼やかな瞳、その瞳を縁取るけぶるようなまつ毛、スッと通った鼻筋に薔薇のような唇……まるで熟練の人形師が人生を懸けて作り上げたような美しさだ。
しかし、生まれた時から王妃殿下と王太子殿下という、これまた人外の美しさに見慣れているユリア様は、特に思うことはないようで、綺麗なカーテシーをとって挨拶した。
アルマ様と私も、その後ろでカーテシーをとった。
『お初にお目にかかります。ようこそランガルドフ王国へおいでくださいました。歓迎いたします。私はランガルドフ王国第一王女ユリアと申します』
ユリア様が、流暢なアルロニア語で挨拶した。
『歓迎を感謝いたします。アルロニア語がお上手ですね。私はアルロニア帝国皇太子ロイズアスと申します。今宵はどうぞよろしくお願いします。可愛らしい姫』
ロイズアス殿下も挨拶をし、エスコートの手を差し出した。
ユリア様は、ニコリと微笑んでその手に手を載せた。
その可愛らしい二人に、ダザ将軍のその厳めしい顔が好々爺のように目尻が下がった。
「アルロニア帝国皇太子ロイズアス様、ランガルドフ王国第一王女ユリア様ご入場です」
扉が重々しく開く。
護衛としてダザ将軍はロイズアス殿下の斜め後ろにつき、専属侍女である私達は中に入るとそっと壁際に立った。
二人が入場すると、その麗しいロイズアス殿下にため息がそこかしこで漏れた。
同時に隣でエスコートされているユリア様には、比べるように憐憫の眼差しが向けられた。
しかし、ユリア様は真っ直ぐ前を向きゆったりと微笑んでいた。
「ユリア様、何かお変わりになったような……?」
アルマ様が不思議そうに呟いたが、私はユリア様を見つめた。
二人は陛下達王族がいる壇上に上がり、陛下が両国の平和を願うお言葉を話すといった一連の流れのあとはダンスタイムだ。
それぞれのパートナーと煌びやかな装いの貴族達がフロアに進み出る。
陛下と王妃殿下、王太后殿下は壇上に座り、王族からは王太子殿下とエリザベート様が踊るようだ。
真ん中のスペースは、ロイズアス殿下とユリア様だ。
そして、管弦楽団の軽やかなワルツが流れる。
ユリア様は勉学や礼儀作法も素晴らしいが、ダンスもとてもお上手だ。
ロイズアス様と踊りながら、時折何かを話して二人でクスクス笑ったりと、とてもいい雰囲気だ。
そして、最後の一音が鳴りお互いに最後の礼をとった。
二人ともニコニコと微笑み合っている。
この後は、ユリア様は退場の流れだ。――そのはずだった。
しかし、そこに待ったをかけた者がいた。
ユリア様の婚約者筆頭ガブリエル・リビアル様だ。まだ十二歳である彼は呼ばれていないはずだ。
しかし、その堂々とした姿に誰も疑問に思わないようだった。
誰に止められることもなく、貴公子然とした笑顔を貼り付け、ユリア様にダンスを申し込んだ。
ユリア様は、戸惑うようにリビアル様を見たが、相手は公爵令息だ。
もちろん、断って恥をかかせることはできない。
ユリア様は、リビアル様とも踊ることになってしまった。
ロイズアス殿下と踊っている時とは違って、明らかに作り笑いとわかる微笑みでユリア様は踊った。
「アルマ様、どういうことでしょう?なぜ、リビアル様が……」
「わかりません。そのような話は聞いていません」
アルマ様も困惑の表情を浮かべた。
そうこうしているうちに、踊る貴族達に紛れてユリア様達がアルマ様と私がいる場所から離れていく。
「ユリア様達がどんどん遠ざかってしまわれていないですか?」
これではダンスが終わった時、私達がすぐユリア様の元に行けない。
「セシリアさんはユリア様の方へ行ってください。私はエリザベート王太子妃殿下に知らせに行きます」
エリザベート様はすでに王太子殿下と壇上に戻り、こちらの状況に気づいていないようだ。
本来であれば、陛下か王妃殿下に知らせるところだがあまり当てにはならない。
アルマ様はエリザベート王太子妃殿下に助けを求めることにしたようだ。
「はい」
私はユリア様を見失ってしまわないよう、ユリア様達が踊る方向へ追いかけた。
しかし、ユリア様達を見ながら焦っていたせいで誰かにぶつかってしまった。
「申し訳ございません」
「セシリア?あれ?ユリア様と退出しなかったの?」
そこには公爵令息の格好をしたドュークリフ様がいた。
私は手短かに訳を話すと、ドュークリフ様は厳しい顔つきになった。
「ガブリエルが?」
「はい」
「わかった。僕も一緒に行こう」
ドュークリフ様は、私と一緒に駆け始めた。
曲が鳴り終わり、人混みの向こうに青い顔をしてリビアル様に手を引かれるユリア様が見えた。
そのまま、二人はバルコニーに出てしまった。
ドュークリフ様は、顔を険しくされた。
「セシリア、ユリア様の側へ。僕は、姉上に場所を知らせるから頼めるか?」
「はい。お任せください」
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