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セシリアの決意

「……ユリア様、私の顔を美人と思われますか?」

「え?」

 ユリア様は、急な私の質問にキョトンと涙の顔を上げた。


「私の顔は美人ではありません。毎日鏡を見るたびに、ブスな顔と自分で思っておりました」

「そんな!セシリアは凛として綺麗よ」

 驚いた顔をしてユリア様が言った。


「私の母と妹は、華やかで整った容姿をしているのです。私も二人に似たかったと思っておりました」

 ああ、というように私の状況を察したようだ。

「私と似ているわね……」


「誤解がないように言いますが、私はユリア様のお顔は、とても可愛らしく整っていると思っております。ただ、家族に美人がいると周りは比べてくるので、嫌な思いをしますよね」

 苦笑する私に、ユリア様も苦笑を返された。


「そうね……私は王女だから、面と向かってはっきり言ってくる人は少数だけど、がっかりしたように見られたり、同情するような目で見られると、とても惨めな気持ちになるわ」

「嫌ですよね……」

 私達はしみじみ頷き合った。


「でも、ユリア様。最近わかったのですが、顔は化粧でなんとでもなるのですよ」

「え?」

 私はユリア様に了承を得て、自分の化粧道具を持って来て一度化粧を全て落とした。


 貧弱な顔をユリア様に晒すのは恥ずかしい気持ちもあるが、だからこそ見ていただいた方がわかりやすい。

 百聞は一見に如かずだ。


 そして、キャサリン様とアーリヤさんに教わった夜会向けの華やかなお化粧をしていく。

 私がお化粧する姿を不思議そうに見ていたユリア様は、小さく「え?」と呟かれ、段々その目を見開いた。

 最後に口紅をきっちり塗り、ティッシュで押さえてユリア様に顔を向けた。

「いかがでしょうか?」

「セシリア、顔が違う……?え?目がいつもよりずっと大きい?鼻が高い?何で?魔法?」

 ユリア様が私の顔を間近で見つめては、驚きの声をあげた。

「このように、顔はお化粧でどうにでもなります。所詮は面の皮一枚なのですよ」

「面の皮……」

 ユリア様が反芻し、私の顔をまじまじと見つめた。


「マーバリー様曰く、こんな面の皮一枚に騙されるのは愚か者くらいだそうです。いくら地位があったとして、そんな者がこの国の役に立ちますか?」

「確かに……」

 ユリア様が、考え込むように顎に指を当てた。


「美しさは武器の一つに過ぎません」

「なるほど。その武器が弱いのなら、他の武器を磨けばいいだけなのね」

 ユリア様の目が爛々と輝き出す。


「武器が多いに越したことはないかと存じます。私が今この場にいられるのも、勉強をがんばってきたおかげです。それも、一つの武器ですね」

「美しさは目に見えるから、わかりやすい武器だわ。だから、みんな褒めやすい。でも、それだけでは愚か者しか釣れないという訳ね。私は容姿が劣る分、その他で侮られることがないよう勉強も礼儀作法も社交も全て努力してきたわ」

 ユリア様の目に強い力が宿りはじめる。


「はい。素晴らしいことです」

「それも私の武器なのね」

「強力な武器かと思われます」

 もうユリア様に涙はなかった。


「セシリア。もしもよ?もし、私がアルロニア帝国に嫁ぐことになったらついて来てくれる?」

「はい。喜んでどこまでもお供いたします」


 それは、びっくりするほどすんなりと口から出た。

 一つの迷いもなく、それは当たり前のようにしっくりとした言葉だった。

 そして、その言葉は私の心の真ん中にストンと落ち着いた。

 私はユリア様に一生ついていこうと思った。

 ユリア様も迷いもなく言い切った私に、目を丸くしていた。


「セシリアは、家族や恋人から離れてもいいの?」

「実家は商家ですので、家族はフットワークが軽いです。会おうと思えばどこでも会えます。恋人は……婚約破棄した時に、仕事に生きようと決めております」


「え?結婚しないの?」

「ご縁があればくらいですね」

「私がいい人見つけてあげるわね?」

 ユリア様が拳を握りしめて言った。


「よい方が余っていたらくらいで大丈夫ですので」

「任せて!」

 そうして、ユリア王女はゆっくり立ち上がった。


「セシリア。私はあなたの主人として誇れる王女になってみせるわ」

 もうユリア様の目に涙はなかった。

 代わりに、揺るぎない自信と強い眼差しがその目に宿った王女がいた。


 のちにアルロニア帝国の賢妃といわれる王女は、この瞬間誕生したのかもしれない――。

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