婚約者候補とのお茶会
お昼は、買ったパンにバルドさんが作ってくれた燻製肉を薄くスライスして、レタスと挟んでサンドイッチにした物を持って来た。
シュリガンさんも、自分でお弁当を作って来ているが、少しずつ凝ったおかずが詰められるようになってきている。
その料理の上達が羨ましい。
「セシリアさんのお弁当は、今日はサンドイッチだけですか?珍しいですね」
「バルドさんは、お仕事の都合で王都から出ているのです。自分で作って来ました」
「え!?セシリアさんの手作りですか?」
シュリガンさんが驚いたように言った。
私は、あちこちで料理ができない女性と思われているようだ。
「サンドイッチなら私でもできますよ?と、言ってもこの燻製肉はバルドさんが作ってくださった物ですが」
私は苦笑して言った。
「いえ、そんなつもりではなくて。セシリアさんの手作りのサンドイッチを食べてみたいなと思って……」
シュリガンさんが、顔を赤くしてあたふたと言った。
バルドさんの燻製肉が、美味しそうに見えたのかもしれない。
「よかったらお一つどうぞ」
私がサンドイッチを一つ差し出すと、シュリガンさんは感激したようにサンドイッチを食べた。
「美味しいです!」
「バルドさんの燻製肉、美味しいですよね」
私も頷いた。燻製の香りが味わい深い肉なのだ。
「いえ、そうではなく」
「え?バルドさんの燻製肉、お口に合いませんでしたか?」
シュリガンさんは燻製の香りが苦手なのだろうか?
「いえ、美味しいです!」
シュリガンさんは食い気味で答えた。
「それならよかったです」
私はホッとして答えた。
「そういえば、ユリア王女殿下はそろそろご婚約者様をお決めになるようですね?」
「はい。よくご存知ですね?」
急なユリア様の話題に驚いた。
「文官をしていると、お金の流れでいろいろな情報がわかるものです。よい方とご婚約できるといいですね」
「はい。あの、シュリガンさんはリビアル公爵のことはご存知ですか?」
私はシュリガンさんに、リビアル公爵のことを聞いてみることにした。
意外な情報を聞けるかもしれない。
「リビアル公爵ですか?そうですね……。リビアル公爵は、貴族至上主義の考えに凝り固まった方ですね。彼が絡んだ案件は、平民のためのお金も貴族に流れることが多いようです」
なるほど。やはり、根強い貴族至上主義の貴族家のようだ。
そうなると、ご子息も貴族至上主義に染まりきっている可能性が高いかもしれない。
「シュリガンさん。貴重な情報をありがとうございます」
私はお茶会に向けて、気持ちを引き締めた。
◆
そうして迎えた婚約者候補達とのお茶会当日。
それはわかりすぎるほど、よくわかった――。
私とアルマ様はリビアル様を探るために、わざと私一人がユリア様の側についていた。
お茶会室では、一見和やかにお茶を楽しんでいるように見えた。
しかし、よく見ると侯爵令息の二人はまるで太鼓持ちのようにリビアル様に慮り、辺境伯令息であるカロドール様はそんな様子を笑顔ではあるが冷ややかな目で見ていた。
リビアル様は、すでにユリア様の婚約者のように振る舞い、他の婚約者候補の方々を下に見るような言動が目立った。
そして、ユリア様に対しても下に見ているように感じるのは気のせいだろうか。
「ユリアは慎ましい容姿ですが、私は気にしません」
「ユリア、私の母上は父上の言うことに逆らったことは一度もありません。妻の鑑だと思いませんか?」
話す内容も引っかかる。
ユリア様はリビアル様に貼り付けたような笑顔を向けながら、他の婚約者候補にも会話を振るのだが、二人の侯爵令息とリビアル様によって、すぐにまたリビアル様ばかりがしゃべっていた。
何より気になるのが、リビアル様のユリア様を見る目だ。
この目は嫌というほど見覚えがあった。
私の容姿をずっと貶し続けた、ヘンリーと同じ目だ。
その目が、ふと私を見た。
「ユリア、新しい専属侍女ですか?新しく王女宮に配属になったロザリーの方が、専属侍女に相応しいのではありませんか?」
「ガブリエル様、ロザリーはお祖母様にお返ししました」
ユリア様が答えると、リビアル様はキュッと眉を顰めた。
「どうしてそんな勝手な真似をしたのですか?ちゃんと私に相談してから決めないと」
「ガブリエル様、それはユリア様が決めることです」
さすがに黙っていられなかったようで、カロドール様が口を挟んだ。
「何も知らない辺境に住む者は黙っていてください。婚約者候補筆頭として、ユリアが間違っていたら正すことが、真にユリアを想う者の務めでしょう。ロザリーのことは私もよく知っていますが、ユリアの専属侍女に相応しい令嬢です。それを王太后殿下の好意を無にして返すなど、ユリアがした行為は愚かとしか言いようがありませんよ?」
「それでは、年長者の務めとして言わせてもらいましょう。ガブリエル様は婚約者候補の筆頭というだけであって、ユリア様の正式な婚約者ではありません。王族であるユリア様に敬意を持って接するべきでは?」
「名ばかりの婚約者候補のセンガ様こそ、口を慎むべきでは?」
二人はギリと睨み合った。
「お二人共落ち着いてくださいませ。ロザリーはガブリエル様のおっしゃる通り素晴らしい侍女ですので、私ではなくお祖母様に仕える方がよいかとお返ししたのです」
本当のところは違うが、その場を収めるためにユリア様は表向きのことを伝えた。
「そうだったのですね。私も出過ぎたことを言いました。まあ、ユリアは少し言葉が足りないところがありますからね。お互い気をつけましょう」
「……はい」
カロドール様は憮然とした表情のままだが、ユリア様の困った顔にその場は我慢なさった。
しかし、どう聞いてもカロドール様は間違ったことは言っていない。ユリア様の専属侍女について、リビアル様が口を出すのは余計なお世話だ。
「それで、その者がユリアの新しい専属侍女ですか?」
「はい」
ユリア様が視線で合図したので、私はカーテシーをとり挨拶した。
「セシリアでございます。よろしくお願いいたします」
私が名乗った瞬間、リビアル様が紅茶をパシャリと私にかけた。
「ガブリエル様!?何をするのですか!?」
「こいつは平民ではないですか!?汚らわしい!」
驚くユリア様を恫喝するように、リビアル様は声を荒げた。
「平民如きがなぜユリアの周りをうろついているのですか?さっさと出て行きなさい!」
綺麗な顔を歪めて、リビアル様は私を指さした。
「ガブリエル様、セシリアは私の専属侍女です。そのようにおっしゃらないでください」
ユリア様は毅然とリビアル様に言うが、彼はフンと意地悪く鼻で笑った。
「ユリアは正しいことがわからないようですね。さあ、誰か早くこの平民を追い出してください」
せっかくのお茶会の雰囲気が最悪だ。
紅茶で汚れたままではこのままいられるわけもない。ここは私が引くしかない。
「ユリア様、アルマ様と交代いたします。おそばを離れることをお許しください」
私はユリア様に退出を願った。
「でも、セシリア……」
「ユリア様、私は大丈夫です」
安心させるように私が微笑むと、ユリア様は一瞬泣きそうな顔をした。
ユリア様は、とても優しい方だと思う。
そんなユリア様にこんな表情をさせてしまって申し訳ない気持ちになった。
「さっさと私の前から消えなさい。摘み出されたいのですか!?」
癇癪を起こしたように怒鳴るリビアル様に、ユリア様が私を庇うように前に出た。
「セシリア、そばを離れることを許します」
そして、ユリア様は小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。
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