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腹筋が割れてしまう……

 私が出勤すると、すぐさまアルマ様と共にエリザベート様に呼び出された。


 アルマ様と共に礼をとると、エリザベート様が満足そうに頷いた。

 隣でドュークリフ様もニコリと微笑んだ。

 さすがに今日は、アルマ様がいるので、手は振らないようだ。


「セシリア、ますます所作が綺麗になったね」

「ありがとうございます。アルマ様のご指導のお陰です」

「いえいえ、セシリアさんの努力でございます」

 アルマ様が、私のことを優しく見つめた。


「うん。うまくやっているようで安心したよ。今日呼び出したのは、ユリアのことだ」

 ユリア様は、エリザベート様の義妹にあたるが、実の姉妹のように仲がいい。


「すぐに正式に通達がいくと思うが、今月中にユリアの婚約者を決めることになった」

 私とアルマ様は、思わず顔を見合わせた。

 そろそろだとは思っていたが、今月中とは思ったより急だ。


「王太后も貴族至上主義の一件で、早くユリアの婚約者を貴族至上主義の者に決めたいらしい」

 どうやらまた、王太后が絡んでいるようだ。


 王族であるユリア様には、婚約者候補が四名いる。

 その中でも一番爵位が高いのが、リビアル公爵家の嫡男ガブリエル様だ。

 年もユリア様と同じで、見た目も艶やかな紫の髪にシトリンのような瞳の綺麗な少年らしい。しかし、彼の家は貴族至上主義の筆頭の貴族家だ。


 次に爵位が高いのは、カロドール辺境伯家の嫡男センガ様だ。

 辺境伯家の一族らしく、筋肉隆々の大柄な青年らしい。

 群青色の短髪にキリッとした太い眉の、凛々しい顔立ちだそうだ。

 彼は二十歳なのでユリア様より少し上だが、貴族の結婚ではそこまで離れた年でもない。

 そして、王太子派寄りの貴族家だ。

 

 次に侯爵家の令息二人だが、年は二人とも十四歳だ。

 こちらの二家は一応中立ではあるが、日和見的な家だそうだ。


「セシリアには、ガブリエルをよく見てほしいんだけど、お願いできるかい?」

「それは、どういう意図でしょうか?」

 爵位的には公爵嫡男であるリビアル様だが、エリザベート様的には貴族至上主義である者は避けたいところだろう。


「リビアル公爵家は王太后の親戚筋で、貴族至上主義の家なのは知っているね?」

 ドュークリフ様に問われて、私は頷いた。

 アルマ様から、ユリア様の婚約者について聞いた時に教えてもらった。


「王太后としてはユリア様とガブリエルを婚姻させて、貴族至上主義のリビアル公爵家に力を持たせたい狙いがある」

 ドュークリフ様が顔を顰めて言った。


「アルマから見て、ガブリエルをどう思う?」

 エリザベート様が、アルマ様に尋ねた。

「ガブリエル様は、やはり貴族至上主義の面もお持ちだと思います。ただ、どの程度かというと平民の方と接する姿を見たことがなく計りかねます」

 エリザベート様が頷いた。


「だからセシリアには、ガブリエルがどの程度貴族至上主義に染まっているか見極めてほしいんだ」

 なるほど。平民の私なら、リビアル様がどの程度貴族至上主義に染まっているのか探るのにうってつけだ。


「それと、ユリアの気持ちも探ってほしい。私が聞いても、聡いあの子は自分の気持ちより王家にとっての利害を考えて答える子だから……。もし、ユリアが彼を好いているなら、それは叶えてあげたいと思っている。そうなったら、貴族至上主義に力を持たせないよう別の方法を考えればいい」


 エリザベート様は、ユリア様の気持ちを第一に思っているようだ。

「かしこまりました」

 私は深々とエリザベート様に頭を下げた。


   ◆


 戻る途中、私はドュークリフ様に呼び止められた。

 アルマ様は察しよく先に戻って行ったが、その顔にニヨニヨとした、わかっておりますよ的な笑顔が浮かんだのが気になる。

「アルマ……誤解したような顔をしていたな」

 ドュークリフ様が、あちゃ〜というような表情をした。


「あとで、誤解を解いておきます。ドュークリフ様、何でしょう?」

「うん……」

 ドュークリフ様が、言いづらそうにその表情を翳らせた。しかし、意を決したように私を見た。


「実は、バルドがデートをしていたのを見かけたという話を聞いたんだ」

 バルドさんがデート……私はヒュッと息を詰めた。


「しかも、相手は綺麗な男性だったって……。どういうことか知っているかい?」

 私は詰めていた息を吐いた。


 相手は男性……もう思い当たるのは一人しかいない。しかも、綺麗な男性……間違いない。

 私は崩れ落ちたい気持ちを踏み止まる。


「セシリア?」

「実は――」

 ドュークリフ様の目が点になった。


 そして次の瞬間、弾けるように大爆笑した。

「ブハッ、アッハハハハ……」

 お腹を抱えて笑い続け、とうとう床にうずくまってしまった。腹筋がやばい……と言いながら笑い続けている。


「もう、ドュークリフ様、そろそろ笑いを納めてください」

 私は申し訳なさに居た堪れない。


「……もう、もう腹筋が割れる……」

「ドュークリフ様……」

 私は半眼でドュークリフ様を見た。さすがに笑い過ぎだ。


「ごめん、ごめん」

 ドュークリフ様が、やっと笑い止んだ。

「それで、ドュークリフ様。その噂は王城に広がっているのでしょうか?」

 私の勘違いのせいで、とんでもない迷惑を二人にかけてしまったのではないか心配だ。


「まあ、一部に異様に広まってはいるけど、実害はないようだね。なるほど、だから最近シュリガンを貴族女性達が追い駆け回すことなく、温かい目で見守っているのか……ブフッ」

 また、思い出すようにドュークリフ様が、吹き出した。


「バルドの方も、特に影響はない様子だよ。任務で王城を離れるのは、ちょうどよいタイミングだったかもしれないね」

 私は、それを聞いて安心した。本当に私の勘違いで申し訳ない……。


「ところで、セシリアは食生活の方は大丈夫かな?」

 ここにも、以前倒れたことで心配をかけてしまった方がいた。


「大丈夫です。バルドさんから長期保存食もいただきましたし、私も休みの日に作り置きする予定です」

「え?セシリアって料理ができるのかい?」


 ドュークリフ様に、心底驚いた顔をされてしまった。

 確かに、食生活をバルドさんに頼りきった私の姿を見てはそう思うだろう。


「できるかできないかで言えばできます。ただ、適当にができず、とても時間がかかります」


 料理本の〝適量〟や〝適当に〟の言葉が本当に苦手なのだ。

 ドュークリフ様が、目をパチクリさせて首を傾げた。

 さすがに公爵令息であるドュークリフ様は、料理本事情を知らないようだ。


「料理本通りに作ろうとしてしまって、とても時間がかかるのです」

 私が補足すると、なるほどと納得の表情になった。

「大丈夫そうでよかったよ。何か困ったことがあったら遠慮なく頼って」

 ドュークリフ様は、ニコリと笑うとエリザベート様の元に戻って行った。

お読みくださり、ありがとうございます。



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