白いハンカチ
「セシリアさん、課題の書類はできていますか?」
「はい。よろしくお願いします」
私は、アルマ様に課題として出された書類の束を提出した。
アルマ様は、私が書いた書類の束を丁寧にチェックしていく。
私は、その様子を息を詰めて見つめた。
「こことここは、この言い回しを使った方がよいでしょう。あと、この文章は余計です。でも、随分よくなりましたね」
「ありがとうございます」
私はホッとして顔が綻んだ。
「スケジュール管理の書類は、もう任せて大丈夫そうですね。では、次の課題を与えます」
「はい」
私は、どさりと資料を渡された。
「まずは、この資料をしっかり読み込んで来てください」
「これは、いつまででしょう?」
アルマ様が、ニコリと微笑んだ。
「もちろん、明日までです」
「はい」
私は、ビシバシとアルマ様にユリア様の専属侍女として鍛えられていた。
新しいことを学ぶことは楽しい。
アルマ様が、真剣に私を自分の後継として育てようとする気持ちがとても嬉しかった。
「あなたは、ユリア様と似ているかもしれませんね」
「ユリア様ですか?」
私は、不思議に思って聞き返した。
「ええ。私は、ユリア様のお小さい時から専属侍女としてお仕えしています。とても、真面目で努力家な姫様です。学ぶことがお好きで、キラキラした瞳で様々なことを学んでいました」
そんなユリア様に似ていると褒められて、私は嬉しかった。
しかし、アルマ様は憂いを含んだ表情をした。
「でも、最近は少し自分を追い詰めているように見えて、少し心配しております……」
「何かあったのでしょうか?」
「ユリア様は、ご自分の容姿に自信がないのです」
それはマーバリー様も、先日のキャサリン様のお茶会で言っていたことだ。
「私は、ユリア様はとても可愛らしいと思います」
「ええ。私も可愛いお顔立ちだと思います。でも、心ない者達は、ユリア様の容姿と王妃殿下と王太子殿下の容姿を比べて悪く言うのですよ。悪気がなくとも、容姿を比べてはがっかりなさるのです。ユリア様は、聡いお方なので、その空気も意味も必要以上に感じておられるのです」
マーバリー様が教えてくださった以上に、美しい容姿の王妃殿下と王太子殿下をユリア様は気にされているようだ。
その気持ちは、私にもよくわかった。
私も、華やかで綺麗な母さんとリリアと、自分の地味な容姿を比べてどうしても惨めに感じた。
母さんも、リリアも大好きだ。
それと同時に、どうしても妬んでしまう自分の醜さに何度落ち込んだかしれない。
別にユリア様の容姿は醜いわけではない。
卵型の顔にクリクリとした瞳、スッと通った鼻筋にちょこんとした唇の、可愛らしい顔立ちだ。
ただ、王妃殿下と王太子殿下は、艶やかな髪に神秘的なアクアマリンの瞳、まるでお伽話の精霊のような容姿のお二人だ。
ユリア様の周りの方々は、王女であるユリア様が王妃殿下と王太子殿下に似ていればとよく口にされるらしい。
もちろん、ユリア様に直接言う者はそうそういないが、陰で言われていることには気づいているそうだ。
「そろそろ婚約者も決める頃なので、不安なのでしょう……」
アルマ様が心配そうに呟いた。
◆
「嬢ちゃん、本当に大丈夫か?」
「バルドさん、本当に大丈夫ですから」
何度目かもわからないバルドさんの問いに、私は苦笑して答えた。
バルドさんは、任務としてひと月ほど王都を離れなくてはならないのだそうだ。
極秘任務なので私も詳しい内容はわからないが、バルドさんは、私の食生活をとても心配した。
先程から何回も確認されてしまった。
「長期保存のできる物も作ったから食ってくれ」
バルドさんから、燻製肉やら瓶詰めの物やらごっそりと手渡された。
「お気遣い、申し訳ありません」
よほど、以前に倒れたことが心配なようだ。
しかし、今は買い物に出る余裕もある。私も、時間はものすごくかかるが、料理ができないわけではない。休みの日に作っておけば、多少は何とかなるはずだ。
「嬢ちゃんは、たまにうっかりだから心配だ……」
私は、ぐっと言葉に詰まった。
実は先日、私はやらかしてしまっていた。
シュリガンさんから、今までのお礼にお昼を奢りたいと言われた私は、そのままバルドさんに伝えた。
後にわかったのだが、シュリガンさんは、私を誘ったつもりだったのだ。
バルドさんとシュリガンさんは、待ち合わせ場所でそれが発覚。とりあえず予約したお店に行くと、なんとそこはカップル向けのお店だったそうだ。
カップルだらけの中のバルドさんとシュリガンさん……。
バルドさんからその話を聞いた時は、お二人に申し訳なくて、私はひたすら謝るしかできなかった。
バルドさんはクックックッと思い出し笑いをしながら、気にするなと言ってくれた。
シュリガンさんには、また今度誘いますと気を遣わせてしまった。
本当に穴があったら、入ってそのままみんなが忘れるまで冬眠してしまいたいくらい、いたたまれなかった。
「もう、それは忘れてください」
私が涙目で言うと、バルドさんがクックッと楽しげに笑った。
「まあ、何かあったらキャスタール嬢やクリフ達を頼ること。ちゃんと困った時は、誰かに相談するんだぞ?あと、戸締まりをしっかりすること。一人で暗い中、ウロウロしないこと。あと……」
バルドさんが、お母さんみたいだ。
私は、思わず笑ってしまった。
「わかりました」
バルドさんが、安堵したようにポンポンと頭を撫でた。
その瞬間、押さえていた心配な気持ちが湧き上がってしまった。
騎士であるバルドさんが任される任務は、やはり危険があるだろう。
不安に気持ちが揺れた。
「バルドさんこそ……どうか、気をつけて行って来てください」
バルドさんの顔をじっと焼きつけるように見つめた。
「ああ。……嬢ちゃん、よかったらハンカチを貸してくれないか?」
ハンカチ?
私は急にハンカチと言われて、目をパチクリさせた。
もしかして、ハンカチを忘れてしまったのだろうか?
私は男性が持っていてもおかしくないような白いシンプルなハンカチを渡した。
「差し上げますので、どうぞ」
「いや。必ず返す」
バルドさんが柔らかく微笑んで、大切そうに懐にしまった。
私はバルドさんのその仕草に、なぜか胸がトクリと鳴った。まるで、私がバルドさんに包まれたような気がしたのだ……。
本日から第6章開始です!
よろしくお願いします。