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シュリガンの恋 4

「これはまた……」

 バルドが絶句した。その隣でシュリガンも絶句した。


 まさにこの店は、デートのための店だった。

 中に入ると、ピンクの内装の可愛らしい雰囲気で、そこかしこに体を寄せ合ったり、食べさせあったりとイチャイチャするカップルだらけだ。


 テーブルが小さめで、しかも椅子が二人で並んで座るような配置なのだ。

 チラリとバルドを見たシュリガンの目と、バルドの目が合った。

 気まずすぎる。


「すみません。同僚に勧められたお店で、僕もどんな店か知らなくて……」

「ああ、うん。もしかして、前払いか?」

「はい……前払いです」

 このお店は完全前払い予約制のお店で、前に来た時は裏口のレジスペースで支払ったので、店内がこんなだったなんて知らなかった。


「そうか……。じゃあ、食わないともったいないな」

「いえ。別の店に行きましょう」

「いや、金がもったいない」

 そう言うとバルドはさっさと案内されたテーブルに行き、椅子を移動して向かい側に座った。


「気を遣わせてしまって、すみません」

「気にするな」

 シュリガンが恐縮して頭を下げると、バルドはニカリと笑った。

 バルドの太陽みたいなカラリとした笑顔に、シュリガンはホッと肩の力が抜けた。


「バルドさん。お弁当、本当に助かりました。ありがとうございます!」

 シュリガンは、ガバリと頭を下げた。


「いいって。頭あげてくれ。困った時はお互い様だ。弁当代もちゃんともらってるし、二つ作るのも三つ作るのも一緒だ」

 バルドは面倒見がよく、人としての器も大きい人に感じた。


「バルドさん、お弁当はもう大丈夫です。仕事も落ち着きました」

「そっか。よかったな」

 シュリガンが言うと、バルドはニカリとまた笑った。

 こんな人がセシリアのすぐそばにいるのかと思うと、胸がチクリとした。


「お待たせいたしました。恋人達の熱々タンシチューとハートパン、出逢いはそよ風のサラダでございます。アーンのスプーンとフォークは、お二人でお一つでよろしいでしょうか?」

 あまりにツッコミどころ満載の料理名とアーンの言葉に、シュリガンの胸の痛みは吹っ飛んだ。

 とりあえず、スプーンとフォークは二つずつ用意してもらった。


「アーンしないのか?」

「しません!」

 向かい側の席で、バルドはクックックッと笑っていた。最早このお店を楽しむことにしたようだ。

 でも、料理の名前はアレだが味はとても美味しい。

 バルドも目を丸くしていた。


「意外なことにうまいな」

「はい。意外ですが美味しいです」

「このサラダのドレッシング、レモンとお酢と胡椒か?嬢ちゃん好きそうだな。今度作ってみるか」

 バルドが独り言のように呟いたのを聞いて、やっぱり本当は恋人なのではないかと思った。

 自分を傷つけないように、友人と言ってくれただけなのではないだろうか。


「あの、本当に恋人ではないのでしょうか?」

 それならそうと言ってくれた方が、シュリガンも諦めがつく。

 いや、セシリアを諦めるのはやっぱり無理かもしれない。

 いつのまにかセシリアの存在は、シュリガンの中でこんなにも大きくなっていた。

 シュリガンは真剣な顔で尋ねた。

 バルドはジッとシュリガンを見つめると、ポツリと言った。


「シュリガンさんは、嬢ちゃんに本気なんだな」

「はい。セシリアさんが好きです。結婚を前提にお付き合いしたい女性です」

 シュリガンは、真っ直ぐバルドを見つめて答えた。

 バルドはしばらくシュリガン見つめたあと、フッと安堵したような羨ましそうな複雑な表情で笑った。


「俺の正式な名前はバルド・ガルオスだ。侯爵家の嫡男なんだ。あ、かしこまるのはなしでな。今はただのバルドとして接してくれ」

 ガルオス侯爵。確か、武の一門で王家の覚えもめでたい侯爵家だ。


「はい。わかりました」

 バルドは、一つ頷くと話を続けた。

「俺は、いずれは侯爵家を継ぐ立場で、血を繋ぐために貴族の令嬢と結婚しなくてはならない。だから、嬢ちゃんとどうこうなることはない」


 自分自身に言い聞かせるように言うバルドに、シュリガンは、彼もセシリアを想っていることを感じた。

 きっと、溢れそうな想いを必死で抑えてセシリアのそばにいるのだろう。

 しかし、それはシュリガンが言葉にしてはいけない想いだと思った。

「よくわかりました」

 だから、それだけ答えた……。


「食後のデザート小悪魔風ショコラケーキと恋人達の甘いラブジュースでございます。こちらの特製ストローでお飲みくださいませ〜」

 目の前にハートの形のショコラケーキが置かれた。


 そして、ピンク色のジュースは少し大きめで真ん中に一つデンと置かれた。ストローは、下が一つで上は二つに分かれてハートを作ってクロスしていた。

(これはまさか一つのストローで、二人で一つのジュースを飲む仕様か!?)


 シュリガンが先程までの空気を忘れて唖然とジュースを見つめていると、バルドは吹き出した。

「ブッ……クックックッ。すげぇ……。よし、一緒に飲むか!」

「飲みません!」

ご感想をありがとうございました!


次話から、第6章に入ります。

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