断罪
そして次の日、ユリア様とマーバリー様、アルマ様は、王女宮の侍女達を厳しい表情で呼び出した。
「ジル・ミッズリー、ジュナ・ミッズリー、ジェシカ・ミッズリー、それからセシリア、前に出なさい」
「はい」
厳しい声でマーバリー先生に呼ばれた三人は、紙のような顔色で震えながら前に出た。私もその隣に立った。
目の端で、ロザリー様がニヤリと笑ったのが見えた。
「あなた達のせいで、危うく王女殿下のお茶会が台無しになるところでした。何か、申し開きはありますか?」
「私達はロザリー様に言われて」
藁にも縋る思いで三人はロザリー様を見たが、ロザリー様はコテリと首を傾げた。
「まあ、私は何も言ってませんわ。責任者であるセシリアさんが間違ったのでは?」
「そんな!」
「ひどい!」
「確かに言ったわ!」
三人が必死でロザリー様に詰め寄るが、ロザリー様は心底困惑しているという表情を浮かべた。
「セシリアさんにそう言えと言われたの?ひどいわ」
ロザリー様は、ショックを受けたような表情を浮かべて涙ぐんだ。何も知らない人が見たら信じてしまっていただろう。
「そこまで!」
ユリア様がパンと手を叩いた。
「本当にロザリーは知らないのね?」
「はい。もちろんです。だって、薔薇の花の責任者はセシリアさんでしょう?私は関係ございません」
「そう。ではセシリアは?」
「先日、お話した通りでございます」
ユリア様は頷くと、マーバリー様を見た。
「では罰を言い渡します。薔薇の注文を間違えたジル・ミッズリー、ジュナ・ミッズリー、ジェシカ・ミッズリー、それからその責任者のセシリアには半年間の減給を罰として与えます」
「謹んで罰をお受けします」
「「「え?」」」
私が罰を受け入れる隣で、三人は呆けたようにマーバリー様とユリア様を見た。
「ユリア様の面子を潰すところでしたのに、それではあまりにも甘すぎる罰です!」
ロザリー様の思う罰ではなかったのだろう。
慌てたようにロザリー様は、ユリア様の決定に異議を唱えた。
「ロザリー様、無礼ですよ」
アルマ様が叱責した。
「今後のためにも辞めさせるべきですわ!」
それでもなお言い募るロザリー様に、ユリア様はニコリと微笑んだ。しかし、その目は全く笑っていない。
「結局、セシリアの機転で素晴らしいお茶会となったわ。それに、今回の件にセシリアは全く関係ないわ」
「は?責任者であるセシリアの指示ミスでは?」
マーバリー様が、ひたりとロザリー様を見据えた。
「いいえ。セシリアはミスのないよう、逐一私に注文する数を書いた紙で確認をとって、その紙をそのまま三人に渡していました。そのうえで三人に確認のサインももらっていたのだから、セシリアには全く責任はありません」
ギョッとした顔でロザリー様が私を見た。
今回のお茶会では、ロザリー様は私の指導侍女から外れた。だから、念には念を入れてマーバリー様に確認を取りながら進めていたのだ。
まさか、ユリア様のお茶会を台無しにするようなことをしでかすとは思わなかったが……。
「それでは、なぜセシリアさんにも罰を与えるのですか?」
ジル様がおずおずと尋ねた。
「お茶会が幸い無事に成功したとはいえ、三人の注文ミスは許されるものではありません。しかし、セシリアが責任者である自分も罰を受けるからと、三人の減罰を願ったのです」
三人が驚いたように私を見た。
「私達は散々セシリアさんを無視したのになぜ?」
「それが私の務めだからです。今回、私は責任者となりあなた達の上に立ちました。上が下を守るのは当たり前のことです」
今回、三人の罰はクビ一択だった。
その後の三人の行く末を思うと、私はそれを何とか回避したかった。
「セシリアは三人のミスをカバーするために、庭園でのお茶会を願い出た時、床に跪いて頭を下げてまで頼んできたわ。だから、私はお茶会の場所を庭園に許したのよ」
「セシリアは、私とアルマ様にも三人がクビにならないようにと懸命に頭を下げに来ました」
マーバリー様がそう言うと、アルマ様も頷いた。
今回はあちこちで跪いて頭を下げることになったが、この頭を下げることでどうにかなるのなら下げる価値がある。
三人はワッと泣き出し、私に深く頭を下げた。
「私達のために、そこまでしてくださっていたなんて……」
「私はするべきことをしただけですので、お気になさらず」
私は大泣きの三人に囲まれて、なんとも身の置き場がなく、スンとした素の顔が出てしまった。
「さて、ロザリー。前へ。セシリアをこんなにも素晴らしい侍女に指導したあなたに、私はとても感動したわ」
ユリア様が、手放しでロザリー様を褒めた。しかし、その目は冷たい。
「ありがとうございます」
そんなユリア様の目に気づかず、ロザリー様は誇らしげな微笑みを浮かべた。企みはうまくいかなかったが、自身の評価が上がったことに満足そうだ。
ユリア様はにこやかな表情を作った。しかし、ロザリー様を見つめるその目は一層冷ややかだ。
「こんなに素晴らしい侍女は、お祖母様にぜひ戻さなければ申し訳ないわ」
「へ?」
ロザリー様は、訳がわからず間抜けな声を出した。
「今日この時をもって、私の侍女を解任いたします。これは侍女長も承諾してます。さっさと王太后宮に戻りなさい」
「ジル、ジュナ、ジェシカ。連れて行って」
マーバリー様に言われて、三人は有無を言わさずロザリー様を部屋から引きずり出した。
「嫌よ!私は戻らないわ!離して!」
部屋の向こうからロザリー様の怒鳴り声が響いたが、段々遠ざかっていった。
こうして一段落かと思った時、アルマ様がユリア様の前に出て頭を下げた。
「ユリア様、このたびの一件は私にも責任がございます。私は老いました……。専属侍女を辞したいと思っております」
「そんな!アルマ様!」
「私達が悪かったのです!アルマ様、どうか辞めないでください」
「アルマ様!お願いします!辞めないでください」
侍女達から口々にアルマ様を引き留める声があがった。やはり、アルマ様はみんなに信頼され、好かれているのだ。
「アルマ。あなたは、私の小さな頃から真摯に真っ直ぐに仕えてくれたわ。今回の一件の責任を取るというのなら、これからもみんなを導いていってほしいわ」
アルマ様が、感極まったように涙ぐんだ。しかし、ゆっくりと首を横に振った。
「ユリア様……ありがとうございます。しかし、もう体力に限界を感じておりました。代わりに、どうか私の後任となる者を育てることをお許しください。私は後任として、ユリア様の専属侍女にセシリアを推薦します」
「アルマ……わかりました。許します。侍女長、異論はないわね?」
「はい。ユリア様のよき専属侍女になることでしょう」
突然のアルマ様とユリア様、マーバリー様の言葉に、私は頭が真っ白になった。
「セシリア」
マーバリー先生に声をかけられて、私はハッとした。
「お、畏れながら申し上げます。私はまだ侍女になったばかりですし、平民です。荷が重いかと存じます」
「問題ありません。私がしっかり鍛えていきます」
アルマ様がキリリと言い切った。
ユリア様も、ゆっくりと微笑んで頷いた。
「私にとって平民など関係ないわ。信頼できる人物であることが大事よ。みんなはどう思うかしら?」
ユリア様が、みんなに尋ねた。
一人の侍女が一歩前に出て、頭を下げた。
「私も異論はございません。彼女はラテアートの講習会で、不器用な私に付き合って遅くまで教えてくれました」
「私も異論はございません。彼女はミルクの泡立てがうまくいかなかった私を、何度も手伝ってくれました」
「私も、お茶会で急に薔薇を描いてほしいと頼まれた時、助けていただきました」
「私も……」
「私も……」
次々と頭を下げ賛成の声があがり、私は目を白黒させてしまった。
「セシリア、みんな賛成のようですよ?諦めて覚悟を決めなさい」
マーバリー様がイタズラっぽく笑った。
「セシリア、お願い」
ユリア様が可愛らしく首を傾げた。
「こんな老体にいつまでも働けなどと言いませんわね?」
アルマ様が、わざとらしく腰をさすって言った。
「……謹んでお受けいたします」
私は恭しくユリア様にカーテシーをとった。
これにて第5章おしまいです!
次話から幕間をはさんで、第6章に入ります。